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グラン、呪われる・後編

「おー。おつかれさん。どうだった、首尾は」

 「ルーザーズ・キッチン」に戻ると、マスターが笑顔で出迎えた。

「馬車は倉庫に止めておきました。水も無事調達できましたよ。でも、瓶を一本だめにしちゃって……」

 リブレが言うと、マスターは額に手を当てた。

「おい、嘘でしょ! あれ高いから気をつけてって言ったじゃないの」

「すみません、マスター。私のせいなんです」

 そこにずいとやってきたグラン。

「途中で、かの凶悪モンスター・レイスが出現したのです。奴は姑息にも気配を消していて、優秀な察知能力を持つリブレ君ですら、接近に気づけなかったくらいです。倒すには私の火炎魔法を使うほかありませんでした」

「……へえ、そりゃあ大変だったね。でもレイスだったら、リノちゃんのアンチアンデット魔法があるじゃないの。ていうか、グラン、なんださっきからその口調は」

「いえいえ。か弱い彼女らを前線にたたせる訳には行きませんよ。マスターも女性は大事になさるから、それはよくおわかりでしょう」

 マスターはあごをなでた。

「まあ、うん……そうだけど。グラン、それやめてくれないかな」

「さすが私たちのマスターです。瓶は火炎魔法でレイスをしとめたあと、消火に使いました。本当にすみませんでした。しかし山を守るためだったのです。偉大なマスターならばこの判断が的確だったことは……」

「だーっ、もういい! もういいから黙ってくれ! なんか気持ち悪い!」

 マスターは報酬の入った袋をカウンターに置き、逃げるように奥へ引っ込んでいった。

「わかってくれて、よかった」

 グランは感動した様子で目を伏せた。

「いいのかなあ、このままで」

 アイが小さくつぶやいた。


 豹変したグランの噂は、あっと言う間にサン・ストリートじゅうを駆け巡った。中にはひやかそうとした者もいたそうだが、グランのその憮然とした様子に、結局はなにも言えなくなったらしい。


「リブレ、起きるんだ!」

 ある朝、リブレ宅前でグランが叫んだ。

「な、なんだよこんな朝っぱらから」

 まだ目が半開きのリブレがドアをあけた。グランはこぎれいな白いローブをまとい、髪は櫛でしっかりと撫でつけられていた。

「今日は郵便配達だ」

「知ってるけど、まだ七時じゃないか。二時間も先だよ、それ。一時間ありゃ充分だろ」

 すると、グランは眉間に皺を寄せた。

「なにを馬鹿なことを。早ければそれにこしたことはない。さっきマグン南部郵便局から手紙はもらってきた。後は君をたたき起こしてつれていくだけという状況だ」

「じゃあ、今日はおまえだけで行って来てくれよ」

 グランはリブレに小さな炎を投げつけた。リブレの服に燃え移り、彼は大騒ぎしながら上着を脱いで踏みつけた。

「なっ、なんてことすんだよ!」

「よし、脱いだな。これで目も醒めたろう。さあ、出発だ!」

 グランはにこっと歯を見せた。


「あーあ、かったるいことになったな。この調子じゃこっちがくたびれちゃうよ」

 街道を歩きながら、リブレはグランに聞こえるように独り言を言った。案の定彼は振り返った。

「突然なにを言う」

「ゲレットさんだって驚いてたじゃないか。早すぎるんだって。もう、勘弁してほしいよ」

 しかし、鼻をすすりながら「俺は、こういう日がくるのをずっと待っていた」と感動するゲレットの顔がさっきから頭を離れない。それくらい、インパクトがあった。

「リブレよ、人の信頼を得るためには、まずその人がもっともしてほしいことを考えるのだ。自分の思いやりと他人の幸福感が、最終的に円滑な人間関係を作る。そこから誰を選び、誰を選ばないかの取捨選択をすればいい」

 あのグラン・グレンがそんなことを言うので、さすがのリブレも絶句せざるを得なかった。


 しばらくして、モンスターが現れた。リブレは既にかんしゃく玉を用意している。

「おっと、思ったより手強そうだ。経験値稼ぎは無理だな。グラン、逃げよう」

「ただの黄色バルーン三体だ、なにを恐れる」

 グランは杖を取り出した。

「ちっ、頑固なとこはそのままなのかよ。俺は逃げるからな!」

「待て。そんな必要などない」

 グランは腕を組んで〝魔力〟を練ると、光を発射して一瞬でバルーンを消しとばした。

「ほらな」

 リブレは返事をせず、少しさびしげに街道を進んだ。


 南ゲートの露店街で買い物中、アイはグランを見かけた。うれしくなって、思わず駆け寄ってしまう。

「やあ、君か」

 グランは静かにほほえんだ。

「最近、グランなんか忙しそうだね」

「ああ。君も知っての通り、私はギルド所属さえままならない状態だ。とりあえずはレベルを上げないと、上位ギルドには入れない」 

 アイは思わず間をあけてしまい、慌てて言葉を返した。

「そ、そうだね。今は、なにを探してるの」

「魔導書さ。『ライトニング3』の魔法を覚えれば、もっと上のクエストが受けられる。ついでにジョセフから相場のチェックも頼まれている」

 アイは驚いた。そんな重要なことをジョセフが頼むなんて。

「……それじゃ、あたし行くよ。じゃあね」

「ああ、明後日のクエストだが、その後予約が入ってしまったから、巻きになるぞ。心してくれ」

 アイは気のない返事をしてその場を去った。

「なんか……違う」


 リノが「ルーザーズ・キッチン」で一杯やっていると、グランがそこに腰掛けた。

「あら、最近話題の優等生くん。えらい評判ね」

「……リノ。きみはまたお酒か。そんなペースで飲んだら体を壊すよ」

「優しいのねえ。でも私がそうなったところ、見たことあるの?」

 グランは苦笑した。

「ないが、心配なんだよ。君もいい年なんだから」

 リノがいっきに真顔になった。

「この先どうするかとか、そういうのは決まっているのかい? 女性一人で生きていくには大変な時代だということはよくわかっているはずだ。なにかあれば、是非私に相談してくれ。できる限りのことをしよう。おっと、クエストの時間だ。では失礼する」

 グランが立ち去ったあと、リノはしばらく無言のまま、その場に座っていた。マスターは周辺のそうじをするつもりだったが、彼女を見て延期を決意した。

 

「いやあ、新しい酒が評判でね。悪いんだけど、また水をお願いできるかな」

 数日後、マスターが再び四人を呼び出した。

「もちろんです。さあ行こう、みんな」

 グランが瞳を輝かせた。三人は浮かない様子で馬車に乗った。

 道中、エンカウントが何回かあったが、グランとアイの活躍もあり、あっと言う間に四人は以前の湖にたどり着いた。

「さあ、今度はドラゴンでも出るかもしれないわよ。さっさと片づけましょ」

 リブレたちはそそくさと水を汲みはじめた。


「ああっ、なんてことだ!」

 その時、グランが叫んだ。

「どうしたの?」

 彼の視線の先には、立て札があった。アイはそれを見た。

『この湖は、マグン王国の宰相ルードリヒ・サイムスの管理する私有湖である。この湖の水を私用することを禁ずる。不審者を見かけた者はマグン王国騎士団まで報告されたし』

「あらら、知らなかった。こりゃ急がないとね」

 アイは作業に戻ろうとしたが、グランはその手を取った。

「あの立て札が読めないのか? この湖は王国の私有湖なんだ。私用は認められない。さあ、リブレもリノも、作業は中止だ! 帰って王国に報告せねば」

 リブレが表情を変えずに立ち上がった。

「報告って、なんだよ」

「マスターは過ちをおかしたんだ。だから罰せられねばならない。彼に罪の精算をさせるためにも、私たちが報告するのだ」

 三人は返事せず、目を合わせてから頷き、そのあとグランを見た。

「なんだ、その目は」

 グランの言葉を無視して、三人はじりじりと近寄っていく。

「おいっ、不気味だぞ、君たち。冗談はやめてくれ」

「冗談じゃねえよ」

 リブレが言って、錆だらけのロング・ソードを背中の鞘から引き抜いた。

「そりゃグランはやな奴だし、クズだって思うわ。でも、あんたほどじゃない」

 リノは『猿でもわかる! 図解・除呪のしくみ』と書いてある本を取り出した。

「あたしたちの言いたいこと、わかるよね?」

 アイが、指をならした。

「え、その、いや……まさか、君たちもグルだったのかい? それなら私が責任を持って」

「いい加減に、しろーーーっ!」

 三人の叫び声が盛大にハモった。



 リノによる自己流除呪作業は、意外なことにすんなりとうまくいった。やっぱり阿漕な商売ね、と彼女が大きく息をついたところで、グランが目を開いた。

「てめーら、寄ってたかって殴りやがって、痛えじゃねえか」

「あれっ、グラン。あれだけ異常だったのに、覚えてるのか」

「〝魔力〟が変質してただけなんだから、覚えてるに決まってるだろ。何週間も放置しやがって、自分で自分が気持ち悪かったぜ」

 グランはリブレにお返しのボディブローを食らわせると、整えてあった髪をぐしゃぐしゃとかき乱して言った。いつものグランの風貌に戻ったのを見て、三人は晴れやかな気分になった。

「じゃあ、レイスを倒したあと、あたしたちに言ったことも覚えてるのかい?」

 アイは少しうれしそうに聞いた。

「覚えてねえ」

「うそね。放置されたことを覚えてたくせに、都合よくそこだけ忘れるわけないもの。『ああ、君たちが無事でうれしいよー』」

 茶化すリノに珍しく言い返せないグランは、舌打ちして背を向けると、瓶を手に取った。

「覚えてねえっ!! おい、さっさと水入れるぞ!」

 三人が笑った。アイは声を上げながら少し、涙すら流した。


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