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別れ

「ねえ、もういいかな?」


「まだー、もうちょっとだけ」


 ロザリーの柔らかで張りがある胸、ニアには甘過ぎる甘い香りの漂うそれが挟むように押し付けられ、時折息の根をとめられそうになりながら、ニアはひたすらじっと絶えていた。

 彼女の膝の上で指いっぽんみじろぎ一つしていないが、耳はせわしなく前後に動き、尻尾は上下にばさんばさんと、いらだったように床を叩く。


「ロザリー?」


「ありがと、もういいわよ。元気でたーっ」


 解放されたニアは急いで彼女の手のとどかない距離に逃げる。

 いまだ尻尾の毛は逆立ったままで、赤く染まった頬を隠すようにフードをまぶかにかぶった。


「なあ、なあちび、今のはなんだ」


「知らない。なんでもないから気にすんな」


「おい女、今のはなんだったんだ」


 ヘッツの問いかけに、ロザリーは溌剌と朗らかに答える。


「ニアのモフモフで癒されてたのよ」


「なんじゃそりゃ。お前らなんでこの状況でそんなに暢気なんだよ」


「あんた達があたし達のご飯を食べたから、荒ぶるロザリーをなだめる為にあたしが身体を張ってたんだよ。そっちこそ、えらく余裕だね」


 ニアは、手足を縛られ床に転がされていた男達の一人、ヘッツの側にしゃがむと耳をつまみあげた。


「俺はいつでもこんなもんだ。それよりこれからどうすんだよ」


「もちろん、下に向かうさ」


「お前馬鹿か。ただでさえこの階はビックバットがうろついてるのに、下はもっと強い魔物がうじゃうじゃいるんだ。ちびな獣のおまえなんて頭からばりばりくわれちまうんだぜ」


「心配してくれてるの?」


「ばーか、そんなわけあるかっ」


 ヘッツが目を閉じ狸寝入りを始め、ニアが彼の頬をつまんだり腋をくすぐって遊ぶ横で、ロザリーはジムのロープを剣で切った。


「ジム、あなたにお願いがあるんだけどいいかしら」


「な、な、なんだ」


 縛られていて強ばった身体をほぐしていたジムは、胸の前で手を組み上目遣いのロザリーに、鋭い目が印象的な強面を真っ赤に染めた。


「これから私達はここから出るけど、その時に外に集まったビッグバット達を一掃するわ。その隙にこの人達を連れて外に出てちょうだい」


「それでいいのか? 正直、旦那や学者達をこのまま自由にしても、お前達にいいことにならないんじゃないか。それより俺達をここに置いて、外に出て協会や組合に報告して人を連れてきてはどうだ」


「駄目だよ」


 ジムとロザリーの間にいきなりニアが割り込んだ。

 そして、真剣な顔でジムの提案を却下した。


「組合や自警団の連中を連れてきたって、蜥蜴屋が素直に罰を受けるわけないよ。それに、ここに残していってもしあたしらに何かあったらどうするのさ。次にここへ人がくるのは今日か、明日か、何ヶ月か先かもしれないよ」


「でもその為に森番の所に申請してるだろう」


「確かにあれは遭難した時に少しでも早く気付けるようにってためもあるけど、でも、ビッグバットが飛び回ってる中で、捜索活動が出来るような腕の冒険者ってどのくらいいると思う?あんた達でも苦戦するんだろ?」


 実際に戦った時のことを思い出したのだろう、ジムは苦々しく顔をしかめた。


「なら、とにかく今あたしたちと一緒にここを出てしまった方が良い。その後どうするかは隊長サンに任せるよ。でもきっと蜥蜴屋のことだ、あんた達を陥れようとしたり契約をたてに無茶を言うかもしれない。だから自警団を尋ねて、この手紙と一緒にヤツを引き渡すといい。まっとうでなやり方をとりそうにないけど、きっとうまく処理してくれる」


「自警団の隊長というと、酒場で見たことがある。シャグとかいう優男だったな」


「それそれ。一応幼馴染みでね、嫌なヤツだけどあいつに任せば少しはましに収まると思う」


 ニアは、しかめっ面で嫌なヤツを思い出したとばかりに首を振ってみせながら、帳面の白いページを破って書いた手紙をジムに托した。

 そして、護衛の男達の縄を順に切ってやる。

 ヘッツの番になると、ニアはナイフを使わずわざと乱暴に縄を引きちぎった。

 そのせいで擦れて赤くひりつく手首をさすりながらヘッツはニアを睨んだが、急に視線を落とした。


「いいのかよ、俺を自由にして」


「うん」


「だって俺、お前にわりとひどいことしたんだぜ」


「割とじゃないよ、すげーひどいことしたし言った。」


「……いいのかよ」


「別にいいよ。あの程度。昔からもっとえげつないことされてたし。それにさっき充分仕返して恥ずかしい姿も見せてもらったしね」


 ニアは歯をむき出して笑い、手をわきわきと動かしてみせた。

 するとヘッツはひきつった顔で、後ずさる。

 ニアは男達をしばりあげた後、皆の見ている前でヘッツをくすぐりの刑に処したのだ。

 涙と涎を流しながら笑い懇願する醜態を晒され、ヘッツはすっかりニアへの敵意を喪失してしまった。


 自由になったジム達は、警護対象だったザンギンと学者達の足のロープだけ解き立たせた。

 来る時は護衛の誰かが背負ったのだろう、明らかに本人には背負えない大きさの鞄は部屋に残したまま、悪態をつくザンギンと怯えて涙目の学者は護衛達に護送されるように囲まれ部屋を出た。

 諍いの間に扉の外には沢山のビッグバットが集まっていたが、男達が出発の準備をしている間にロザリーによって一掃されていた。


「お前ら、無茶をせずに生きて戻れよ」


「ありがとう、皆さんも気をつけて。渡した地図の通り、最短の道をいってくださいね」


 ジムに次いで赤毛とスキンヘッドがニア達に謝罪と別れを告げ、一行は出発した。

 二人が見送っていると、殿を守っているヘッツが振り返り手をあげて何かを叫ぶように口を動かした。

 それを見たロザリーは何を言ったのかしらと首をかしげ、ニアは無言で耳を前後に揺らしただけだった。


「さて、私達も行きましょうか」


「待って、あとちょっとだけ」


 ニアは部屋を出る前に背嚢から出して胸元に入れていたものを取り出すと、扉の脇に置いた。

 そして膝を落として胸で手を組み静かに目を閉じ祈りを捧げる。


「ニア、それはもしかして……」


 ロザリアはニアが立ち上がると、遠慮しながらも尋ねた。

 扉の横に置かれたものは、綺麗に見栄え良く乾燥させた花と、文字を刻んだ石板だった。

 そこには、数人の名前が並んでいる。


「このね、一番下があたしの父さんなんだ」


「まさかここで、ニアのお父様が?」


「そ。世間ではこの東奥の通路の先で落盤事故に遭って埋もれてることになってたんだけど、本当は違うんだ。父さん達は護衛していた商人に置き去りにされて殺されたんだよ」


 ロザリーは言葉を失った。

 ニアはくすんだ黄色い花に視線を落とし、淡々と言葉を続ける。


「ザンギンよりもっとあくどいやつでさ。他所の街からやってきた商人で、取り決めを破って護衛に遺物を持たせようとしたんだ。持ち出す為に金に物を言わせて商人から許可証を用意してまでね。父さん達街出身の護衛はそれを拒んだんだ。そうしたら、商人の連れてきた私兵が父さん達をここで殺したんだ。落盤事故もわざと起こしてさ。魔物のせいでまともに救援活動が出来ずきっとその下に埋ったんだろうってことになって、結局1年もこの迷宮の中にいたんだ」


「そんな……なんてひどい。でもどうしてそのことを知ったの?」


「あたしのさ、商売の師匠が許可証を使われた1人だったんだ。父ちゃんの死を不審に思って、行商人だった時のこねを使ってその商人のことを調べてくれてね。で、ちょうどその頃にこの部屋に入った冒険者が遺体を見つけたんだけど、扉が開けてあったせいで魔物に喰われて、骨がほんの一部残ってただけだって。だから遺体と父ちゃん達と結びつける人がいなくて、身元不明者として弔われたんだ。それから遺跡の入り口に番人を置いて名簿をつけるようになったんだよ。でも師匠は真相が分かってもなかなかあたしに言えなかったんだ。それであたしが商人になった日に初めて色々話してくれてね。その時から、いつかここに来て父ちゃんと父ちゃんの仲間の弔いをするって決めてたんだ」


「そのことを街に訴えなかったの? 改めて事故調査をしてもらうとか、遺体を引き取るとか出来るでしょう」


「もう5年も経ってたんだ。母ちゃんも死んじゃったし、それにその商人は国でも有数の大店になっててさ、父ちゃんの件もそいつが手をまわして早々に捜索が打ち切られるようにしたって。子どもの、しかも半獣人のあたしがどんなに騒いだって誰も聞きいれちゃくれないよ。だから今はこれでいいんだ。これから頑張って父ちゃんを殺したやつに届くくらいすっごい商人になるんだ。そして仇をとる」


 ニアはロザリーを見つめ、穏やかな意志が固い口調で意志を告げると、再び花と石版を見下ろした。


「父ちゃん、ようやくここにこれたけどもうここには戻らないよ。あたし、街を出て行商人になるんだ」


 ロザリーはニアのつぶやきを聞きながら横に並んで膝を折り、ニアの知らない手の組み方で聞き慣れない不思議な言葉を唱えて祈りを捧げた。


「じゃあ、先へ進もう」


「ええ行きましょう、迷宮の果てへ」


 二人は手を繋ぐと、いよいよ下の階層に向かって歩き出した。


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