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神殿の守り手

「人間と戦えないって、なんで? なんでなのさ」


 ニアは大きい声をあげそうになるのをあわててこらえ、彼女に顔を寄せて声をひそめて聞き返した。

 ロザリーは罪悪感からか泣きそうな顔でニアに何度も謝った。


「私にはある事情で、人間を傷つけることは例え身を守る為であっても許されない、暴力の全てを禁じる制約の魔法がかけられているの。ごめんね、先にちゃんと言っておくべきだった。迷宮に潜る警護なら魔物の相手だけすればいいと思っていて……」


「でも冒険者なんでしょ? 冒険者は依頼によって盗賊討伐や、山賊からの隊商の護衛や、街の警備なんて仕事があるじゃない」


「そうよ。だから冒険者協会を通す仕事は避けてたの。自分1人なら危ない時は逃げればなんとかなってたし」


「確かに、ロザリーの腕なら簡単に逃げ切れると思うけど。でもその剣の腕を持っていながらなんてもったいない」


 宝の持ち腐れーーと言おうとして、ニアはなんとなく既視感を覚えた。

いったいなんの時に言ったのだっけ、言われたのだっけと思い返している所に、二人の様子を見ヘッツがやってきた。

 二人がぼそぼそと囁きあっているのを見咎め、足でニアを小突きながら当たり散らす。


「おいお前ら、何をこそこそ話してんだよ」


「いたっ、いなぁ。そっちこそ大人げない、ひっこんでな」


「なんだとぉ」


「ヘッツ、いい加減にしろ。ザンギンさんの命に背くのなら、今すぐ扉の外へ見張りに出してもいいんだぞ」


「ちっ。へいへい、せいぜいこいつらを甘やかすがいいや。きっとつけあがるんだぜ」


「すまないな。あいつは腕はいいんだが難しいヤツで。女性にこんな扱いは不本意で申し訳ないが、雇用主の命令だからしばらくそこで我慢していてくれ。後でなんとかとりなしてみるから」


足蹴にするのをやめないヘッツにニアが歯を剥いて威嚇すると、リーダーの金髪の男がヘッツを離れた所にいる仲間のほうに押しやった。そしてニアに怪我がないか確認するふりをしながら謝罪をささやくと、仲間のもとに戻ろうとした。

その背中に向かって、ロザリーが声をかけた。


「あなたはこの隊の護衛隊長さんなのでしょう。ということはそれなりに経験のある冒険者のはず。ならどうして扉の外に見張りを置かないの。この扉には魔除けがかけられているから随分安心しているようだけど、人が入れば気配で外に魔物が集まる。今から散らしておかないと帰りがきついわよ」


「俺は護衛隊長のジムだ。お前達はここに来るまでにあれに出くわさなかったんだな、幸運な奴らだ。この階にはビッグバットという本来はもっと下の階層に済む魔物が出るんだ。しかも複数で襲ってくる奴らに見張り2人ではきつい。だから今から戦わせて消耗するより、一度に全員で蹴散らして抜けるほうが効率がいいんだよ」


 ニアは不思議に思った。ビッグバットならここに着くまでに散々やりあって、二人で蹴散らしてきた。ニアも手伝ったが、ロザリーが単独で挑んでも軽々と切り抜けるだろう。それをこの体格に恵まれ、金をかけた武器を持つ男達が二人がかりでも厳しいという。

 ジムが嘘を言っているとは思えない。ならロザリーが強過ぎるのか、男達が見かけ倒しなのか。彼らの実力を図りかねていたところで、再びロザリーが口を開いた。


「ビッグバットは、ただ遭遇した敵を襲うだけじゃないのよね。彼らにはもう一つ特性があるってご存知?」


 それはとても柔らかく、「今夜の献立はなぁに?」と台所に立つニアに問いかけるのと同じ甘さを持っている。それを聞いたジムを始め、護衛の男達は不思議な力に強制されたかのように、ロザリーの言葉を待った。


「彼らは”迷宮の守り手”と呼ばれているの。普段は迷宮内のテリトリー内を巡回しているけれど、遺跡に封じられた重要な遺物に近づいたり、遺跡の力に関わりのある場所を傷つける者がいれば魔法が発動し彼らを呼び寄せるの。ビッグバットは単体ではたいしたことはないけれど、警報が止まるまで彼らはどんどん集まり続けるわ」


 ニアは、あることに思い当たり、横に横たわるロザリを見た。

 彼女は微笑んでいたが、目には初めて見る怒りが宿っていた。


「どういうことだ、ビッグバットがこの階層に出現してるということはその警報のせいだということなのか」


「そういえば森番のおっちゃんが、ビッグバットの目撃情報を聞いたのは、昨日の午後からだって言ってた」


 ニアがロザリーに告げると、彼女はジムに冷ややかな視線を送った。


「あなた方がここに来たのはちょうどそのくらいじゃなくって?」


「馬鹿な。発掘なんてそこかしこでやってるじゃないか。この部屋がなんだと言うんだ」


 赤毛の男が、気味悪そうに部屋を見渡しながら言い、つられて、隣のスキンヘッドの男も腰に下げた剣に手をやる。


「あら、この部屋が何の部屋か聞かされていないの?ここは見ての通り保管庫。浅い層だから重要なものはないにしても、神殿でそれなりに大切なものが入れられていた部屋よ。壁のレリーフを見てごらんなさい。乙女達の手を」


皆が周囲の壁を見やると、森の中にしなやかに立ち舞うような姿の半裸の麗しい乙女達は、皆剣や弓を手にしていた。


「これは神殿の巫女達よ。そして彼女達こそが本当の”神殿の守り手”なの。神殿に仕掛けられた魔法を使った警報は、魔力を持つ彼女達が感知できるシステムなの。その巫女達がいない今も警報は生き続け、巫女達の代わりに同じように警報を察知することが出来たビッグバットが代行者なのよ」


「なぜお前はそんなことを知っているんだ」


「私はそこの人以上に遺跡には潜っているわ。もちろん、ここ以外の遺跡をいくつもね」


「嘘だ、こちらさっきからコソコソとやってたから話を合わせてただけだろう。何が警報だ、俺はもうこの迷宮に5回以上潜ってるけどそんな話は聞いたこともねえよ。それにそんなものがあれば発掘隊の先生達だって止めてるさ。ジムさん、こいつらの言うことを真に受けちゃいけないですよ」


 ヘッツは、そう言うと床に唾を吐き捨てた。

 その言葉に、ロザリーは錫を転がすような笑い声をたてる。

 レリーフを熱心に記録していた学者の男達も、ザンギンも、ようやく何事かとこっちを見た。


「人が親切で教えてあげてるのに、仕方のない人達ね」


 彼らの目の前で、婉然と身体を起こしたロザリーは、服の乱れを直し顔の横で乱れた髪の毛を手でふわりとかきあげた。

 そして彼女の前で、ニアも身体を起こし男達に物騒な笑顔を向けた。


「お前らいつの間にっ、ロープで縛ってただろうが」


「これのこと?あたしをこんなもので大人しくさせれるわけないじゃん」


 ニアは、手にしたロープの端を持ち振ってみせた。その端は結び目ではなく、引きちぎられたようになっている。

 そして垂れ下がった一端を持つと、笑顔で両側に引いてみせ、ロープはぶちりと鈍い音をたてて簡単にちぎり切れた。


「馬鹿なっ、子どもがなんでそんなことを」


「悪いね。私は確かに混血で子どもで女だけど、お陰で力と素早さだけは人間に負けるつもりはないんだよ。私の荷物を奪ったくせに気づかなかったの?やっぱりあんたたちはロザリーの足もとにも及ばないね。じゃあこいつらはあたしに任せて」


 ニアは縛られて固まっていた身体をほぐすように屈伸をし、後に立つロザリーにを片目をつむってみせると、護衛の男達を睥睨した。


「な、なんだお前、やる気かよ」


「あんたは最後だよ」


ニアはヘッツにべーっと舌を出してみせると一気に前に走り出した。

その動きはまるでビッグバットのようになんとか目視できたが、男達が対応出来る早さではなかった。

一番近くにいたジムの腹にニアは膝を叩き込む。

 皮鎧ごしだったにもかかわらずごぼんと鈍い音がして、ジムはついさっき食べたものを吐き出しながら崩れ落ちる。


「隊長さんは悪い人じゃないみたいだから、加減しといたよ」


 呆然とする他の三人達が我にかえり動こうとしたところで、ニアは傍らに堕ちていた石像の一部、頭ほどの大きさの塊を両手で掴むと赤毛の男に、そしてもう一片を後のスキンヘッドの男に同時に投げつける。

 それはニアの怪力で風をきって飛び、彼らが気付いた時にはオーガに殴られた時のような衝撃を胸や肩に受け、床の上で骨折の痛みに悶絶した。


「貴様っ!ガキがなんてことしやがる」


 唯一無傷のヘッツは、仲間が倒れる姿にあわてて長剣を抜く、とニアに横薙ぎに切り掛かった。


「おっと危ない」


 ニアの予想以上にヘッツの太刀筋は鋭く、髪の毛一筋を切られながらぎりぎりにかわす。


「なかなかやるね」


「なめるなっ」


 よけたものの片膝をついてしまったニアに、ヘッツがためらいもせず上段に構えた剣を振り下ろした。


「そっちこそなめんなっ」


 ニアはそのヘッツの顔面にとっさに掴んだ小石や木片を投げつけると、ひるんだ彼の懐に飛び込む。


「これはさっきのおかえしっ」


 回し蹴りががら空きだった腹に入り、ヘッツは後に吹っ飛び壁に叩き付けられた。

 背中をうちつけ呼吸がとまり、むせながらなんとか身体を起こそうとしたヘッツの鼻先に、自身の剣先が突き付けられる。


「動かないで。あたしは剣の使い方を知らないから、このままぶっさすよ」


「お前、なんなんだよ」


「ただの商人だよ。あんたが嫌いな雑種のね」


「ニアちゃん、あまり乱暴はしないであげてね」


「ロザリー、ちゃんと隊長さんにロープはかけた? って、馬鹿。それは縛ってるんじゃないから。リボン結びをしてどうするんだよ」


「だって、縛ると隊長さんがきつくて痛いじゃない」


 ロザリーはジムの腕をまるで贈り物のように丁寧に美しくロープを結び、ジムは苦笑しながら大人しくされるままになっていた。

 ニアは、彼女が本当に人間に乱暴を働くことが出来ないのだと理解した。


「ああもう、いいよ、あたしがやる」


 騒ぎの間一歩も動けずにいた学者の男達にザンギンも、ニアがあっという間に男達を床に鎮めたことにはもちろん、力の強さに目を剥いた。

 自分の倍以上の大きさで、鎧や剣を下げた男達の重量をものともせず、しかも三人まとめ掴み引きずっていたからだ。

そしてジムのもとにたどりつくと、持参したロープで彼らを素早く彼らを縛った。


「思い出したぞ」


発掘を止めるようロザリーに命じられ、大人しく部屋の隅に追いやられた学者とザンギンだったが、そのザンギンがはたと手を打ち間抜けな声を出した。


「そういえば、商売仲間達で一時噂になったことがあった。仕入れの時に使いたい露天商がいたが誰も口説くことができなかったと。なんでも大きな水の入った水瓶も平気で持ち上げるほどの力自慢だと。まさかこんな混血の子どもでしかも女だとは」


「混血の子どもで女で悪かったな。確かによく声はかけられたけどあたしは商人だから、人の為に稼ぐなんてまっぴらごめんさ。さて、さっきはおっちゃんあたしたちを売り飛ばすって言ってたよね」


 ニアは、指をぽきりと鳴らしながら、一歩、また一歩とザンギンに歩み寄る。

 ザンギンはあわてて走り出したが、すぐに足もとに散乱していた棚の残骸につまづき、埃を舞いあげながら転んでしまった。

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