苦手と告白
ドアを開けたロザリーとニアは、部屋の中の光景に目を見張った。
中は意外に広く、ニアの家の全部屋合わせても広い。
壁には精巧な木々や乙女のレリーフが施され、壊れた土器のかけらや錆びた祭祀用の剣や柄が折れた矛、用途の分からない木ぎれや金属片などが散乱している。
部屋の隅々までひと目で見て取れるほど明るい強力なランプがいくつも並べられたそこには、8人の男達がいた。
そのうち護衛の冒険者らしき5人が、警戒しながら等間隔に並び二人に近づいてきた。
「なんだおまえら。ここはこのザンギンさんが先にいらしたんだ。他所へいけ」
「おいおい、珍しいな。女の冒険者じゃねえか。お前さんなら入れてやってもいいんじゃねえか」
「へー、えらく美人だな。俺達に特別サービスしてくれりゃあ、ザンギンさんに頼んでやってもいいぜ」
ロザリーの美しい顔を見て惚けた男達は、彼女が珍しい女の同業者だと悟ると警戒を解き慣れ慣れしげに近づいてきた。
中でも若い口ひげの生やした黒髪の男が彼女の肩に手をやろうとした。だがその手を軽く身体を引いて避けたロザリーは、口元だけ笑みを浮かべおっとりと言う。
「協会の規定では部屋の占有は許されてなかったでわよね。許されるのは発掘地点から両手を広げた範囲の場所だけ。何も問題ないのではないかしら」
「おいおいよくみろよ姐ちゃん。あそこにいらっしゃるのは発掘隊の学者さんだ達だぜ。遺跡の迷宮は発掘隊が許可しない場所は掘れねえって知ってるだろ?皆さんが、この部屋はザンギンさんが掘ってる場所以外は駄目だっつーてるんだ。だから出ていきな」
「それは困ったわね。この場所は既に解放されてるはずなのだけど」
「しつこいな、昨日から駄目になったんだよ。分かったらさっさとーー」
「まあ待てよ、俺としては、姐ちゃんが残ってくれると嬉しいけどなぁ」
口ひげの男は、ロザリーを気に入ったのか、追い払おうとする男達の前に出て執拗に顔を寄せ、瞳を覗き込んだ。
「おい、ヘッツ、仕事中だぞ。弁えろ」
一番年嵩で体格の良い金髪の男が、厳しい顔で口ひげの男を咎めた。
ヘッツはへらりと笑って生返事をするが、なかなかロザリーから離れようとしない。
「お前達、何を騒いどるんだ。学者の皆さんが驚いてるだろう」
入り口での騒ぎを聞きつけ、ザンギンと呼ばれる男が現れた。
丈の短い上着にズボンの裾を靴の中に入れ動き易い格好をしているが、腹が重たげに揺れる恰幅の良い風貌だ。発掘に勤しんでいたようで、頭頂の薄毛が汗ばんだ肌に張り付き、腰をしきりにさすっているところから肉体労働に慣れてないように見える。
「ほほう女の冒険者か、これは珍しい。しかもこの街じゃお目にかかったことのない美人だ。お前さん達が騒ぐのも分からんでもないが払った金のぶん仕事はきちんと仕事をしてくれよ。お嬢さんも、申し訳ないがここは私が発掘隊から特別許可を頂いて掘らせてもらっとるんだ。だから他所をあたるようそっちの主人に言ってもらえるかな。ああそうだ、なんならおまえさん今から私に雇われないかい?殺伐としたこんな場所に麗しい美女がいれば、華やぐってもんだよ」
ザンギンは馴れ馴れしくロザリーに近づき、芋虫のような手でがっちりとロザリーの手を握った。
ロザリーは眉根をあげて不快を示し手を引こうとするが、男は遠慮を見せず離さない。
「おっさん、その手を離しな。気安く触るんじゃねーよ」
「なんだお前は。こんな所に子どもが何故いる」
「彼女の雇い主だよ。相変わらず、”蜥蜴屋”のザンギンさんはやり方が汚いね」
ザンギンの傲慢な態度に我慢ならなくなったニアは、思わずロザリーの前に出ると彼の手を引きはがした。
ザンギンは今では”ブリリアンティストン”という街に不似合いな派手な名前の看板をあげた大店の店主だが、昔はニアと同じ露天商で、色々とやくざまがいの商売をしてここまでのし上がった。その精神は今でも変わらず、脅しゆすりたかりはもちろん、価値のない遺物を騙して高く売りつけるなど詐欺まがいなことにも手を染めている。
もちろん彼の悪辣な商売を役人に訴えるものもいるが、袖の下が行き届いているようで咎められた事はない。
彼は隠しているが、背中に裕福な者には似つかわしくない蜥蜴のの刺青が入っており、露天商時代の彼を知る商人仲間には”蜥蜴屋”と呼ばれていて、本人はその名を毛嫌いしていた。
そんな、ナンジャム一腹黒い商人の腕を、ニアはためらいもなく押しのける。
ザンギンは不快げに顔をしかめ、あわてて護衛達がニアから彼を助けだした。
だが、下から睨みつけるニアの顔をまじまじと見た彼らはすぐに笑い出した。
「もしかしてこのちびっ子が雇い主なのか」
「お前が商人? おいおい、女でガキじゃないかよ。ははっ、笑っちまうぜ」
どの男も背が高く体格に恵まれた冒険者達だったが、ニアは頭上からの嘲笑に怯む事無くフードの陰から彼らを睨みつけた。
「あんた達は護衛の冒険者でしょ。なら魔物の相手でもしなさいよ。扉の外の見張りを置いてないって馬鹿もいいとこじゃない、三流以下なの? それにーー」
「なんだと?こんガキャ」
「ニア、落ち着いてちょうだい。ここは引いたほうがよさそうよ。後でまた来ましょうよ」
強気で言い放つニアに、ロザリーはあわてて彼女を押し止めようとしたが、ニアはとまらなかった。
背中の荷物で彼女を後に押しやり、まくしたてる。
「見てくれだけの間抜けなあんた達を雇うなんて、たいしたもんだねザンギンさん。それより、そこの学者のおっちゃん達、特別許可ってもちろん協会を通してんだよね。理由は何?金を出してもらってるからとか? 発掘隊への依頼は公的なものだから、商人の仕入れに関して直接関わっちゃいけないはずだよ」
ニアが奥の壁際で落ち着かない様子で固まって立つ4人にも激を飛ばす。
こんな物騒な場所より研究所が似合いそうな色白の男達は、肩をすくませ後めたそうに視線を交わしあっていた。
「はんっ、図星だね。さあ、あたしはこん中に用があるんだよ。だからあたしらのことを放っておいてくれたらこっちもあんたらのことを放っておいてあげるさ」
「なんだとこのガキが、えらそうなこと言いやがって」
ヘッツが襟元を掴もうとしたのを、ニアは払いのける。それが余計に彼らを刺激してしまったらしい。
激高したヘッツと、他の2人の手が伸びて、ニアのマントや荷物に掴み掛かった。
ニアはその手を逃れようとするが、いくら力が強いとはいえ相手は冒険者だ。振り上げた腕を掴まれ後に捻り上げられ、背中の荷物ごと床に押さえつけられてしまう。
「ちくしょう、お前ら離せよっ」
「あなた達、子どもに乱暴しないで」
ロザリーが慌ててニアを助けようと動く気配があったが、すぐに苦しげな声が漏れ、彼女も抑えられたのが分かった。
自分はともかく、軽々と魔物を倒してしまうロザリーがこんな冒険者にあっけなく捉えられたことに、ニアは目を見張った。
だが驚き呆然としている間に腕をロープで縛られ、顔を上に向けさせられフードをはぎとられてしまう。
「ひゅー、お前、雑種かよ」
「獣の分際で、俺達にたてつきやがって」
獣人の混血が珍しいのだろう、ニアを押さえつけているスキンヘッドの男がニアの耳を見て驚いた声をあげた。
だが、横に立つヘッツはニアの姿に嫌悪を浮かべ、掴んでいた襟元を容赦なくしめあげる。
ニアが息苦しさに顔を歪ませると、赤毛の男が止めに入った。
ザンギンも驚いた顔をしたが、半獣人は珍しくないのか、小さな目を鋭く光らせニアの頭の先から足の先をじっくりと見て頷いたた
「ああ、露天商に雑種の子どもがいると聞いたことがあるがお前のことか。露天商ごときが本宮に潜るとは生意気な。どうせ一攫千金を狙ったんだろう。だが、店持ちの私に逆らうとは恐れ知らずだな」
「はんっ、店持ちがお偉いってか。『目利きの蜥蜴屋』ははったりばかりで値は高いくせに質は最低って噂は聞いてるよ。とんだ”慧眼”だってな」
「なんだと、子どもに何が分かるっ。どうせお前なんぞ道の石ころを拾って磨いて売ってるのがせいぜいだろうが」
「おっさんに比べればましさ。あんたの店に並ぶガラクタ、あたしだったら絶対持ちださないようなものばっかじゃないか。もっとましなお宝が持てなくなっちまう」
「お前、ザンギンさんに向かってなんて口をきくんだ。ええっ」
ニアの頭にヘッツのブーツの底が押し当てられ、そのまま床に強くたたきつけた。こめかみのあたりを打ったせいで一瞬くらりと目眩がし、頬を強く踏みにじられ反対側の頬に小石がめり込み、床のデコボコが擦り傷を作る。
そして、金髪の男が制止すると、腹に重い蹴りをひとつ入れられ、ニアはくの字になって咽せ込んだ。
「あなた達、女の子になんてことを……」
「お前は黙ってろ。ここまでその腕で来た事は褒めてやるけどな、所詮女は剣なんか持たずにベッドに入って男に抱かれてりゃいいんだよ」
「ヘッツ、いい加減にしないか」
どうやら護衛達のリーダーらしい金髪の男が、ヘッツを部屋の隅に追いやり、ニアを抱き上げロザリーの横に立たせた。
「ザンギンさん、こいつらはどうします?」
「どうもこうも、このまま返すと後が面倒だ。それに殺すにはその冒険者は惜しいほど美人すぎるし、雑種を好む好事家も多い。そのまま縛って転がしておけ。なあに、遺物の持ち出しは規制があるが、人間は対象外だ。せいぜい高く売りつけてお前達の報酬にも色をつけてやろう」
ザンギンは嬉しそうに顔をゆがませるとニア達に背を向けて元いた場所に戻り作業を再会した
男達は、ニアの背からとりあげた荷物を勝手に調べ、泊まりを考慮して詰め込んで来た食糧を見つけ、喜んで食べ始めた。
ニアは悔しさに唇を噛み締めながら傍らのロザリーを見やった。
ヘッツに踏まれて頭も顔も痛いが、このくらいのことは昔からしょっちゅうなので慣れたものだ。それよりロザリーが魔物と戦っていた時の覇気を失い、顔はすっかり青ざめているのが心配だった。
「ロザリー、大丈夫か? 怪我はしていない?」
ニアの問いかけにロザリーは小さく首を横に振る。
だが、ただごとではない様子に、ニアはロザリをじっと見つめて再度大丈夫かと尋ねた。
ロザリーはしばらく迷うように目を伏せ床をじっと見つめた。
そして心を決めたのか、ニアを吸い込まれるような瞳で見つめ、口を開いた。
「ニア、ごめんなさい。先に言っておくべきだったことがあるの」
「なに? 調子が悪いとかそういうこと? まさか人と戦うことが苦手とか」
それは軽い冗談のつもりだった。ニアが虫が苦手だと告白した時に彼女が「誰でも苦手な物がある」と言ったときの表情を気にしていたのかもしれない。
笑い飛ばしてもらうつもりだった。そしてロザリーも首を横に振ったので、ああやっぱりとニアは安心した。
だが、次に彼女が口にしたのは、ニアにはもっとひどい冗談に聞こえた。
「実は私、人間とは戦うことが出来ないの」