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遺跡と番人

「ニアってすごく力持ちなのね。剣を持てば、きっといい戦士になりそう」


 前を歩いていたロザリーが振り返って言った。

 ロザリーは剣を振るのに邪魔にならないよう必要最低限の荷をくるんだ包みをマントの下の背にくくりつけているだけの姿だが、小柄な身体で跳ねるように動くニアは、いつもの露店の一式よりは小ぶりな、それでも自身が中に入れそうな大きな背嚢を背負っている。

 荷造りの様子を見ていたロザリーは、その背嚢の中に野営道具や3日分の二人の食糧、そして見た事のない道具まで様々なものが詰め込まれているのを知っている。

 試しに持ってみようとしたが、鍛えている彼女でも少しの間持ち上げることしか出来なかった。


「この馬鹿力は父さんの血らしいよ。力のお陰でこの商売で色々助って感謝してる。それより剣なんか持ったら練習しないといけないんだろ。商売する時間が減っちゃうよ。剣が必要な時はロザリーみたいな護衛を雇えばいい」


「それはそうだけど……。でも、もったいないわ」


 羨望のこもった視線に苦笑するニアは、道の脇に目をとめ軽やかな足取りで駆け寄ると小さな草を摘み、腰に下げた籠に入れてロザリーの後を追う。

 その姿は後から見れば大きな背嚢が勝手に動き回ってるようにも見えただろう。


 日の出と共に家を出た二人は、深い森の中を進んでいた。

 切り開かれた道ではなく、長い間多くの人が踏み固め自然と出来上がった獣道に毛の生えたような林道を進む。

 途中、はぐれ野犬や人ほどの大きさの蛾の魔物に遭遇したが、ロザリーのひと太刀で簡単に一掃される。

 その手際に、ニアは心の中でなんて良い拾い物をしたんだろうと両手をあげて喜んだ。

ニアが雇える冒険者といえば、今までそういった小物すら手間取るような者達だったから。

 お陰で道中野草や木の実を採取しながらも、昼前には遺跡の入り口に辿り着くことが出来た。


 森の中でも特に巨木が茂り空を隠す一帯の中央に、いきなりぽっかりと丸く切り取られたように空が見える。遺跡の入り口付近に人の姿はなく静寂に包まれ、時折風に触れ木立がざわめき鳥の声が響くだけだ。

 入り口脇に立てられた掘っ建て小屋の窓辺で、番人の男が一人うつらうつらと船をこいでいる。

 ニアが前に立ち声をかけると、男は驚いて飛び起き、慌てて無精髭の口元に垂らした涎を拭いながら。


「なんだ嬢ちゃんか、久しぶりだな。そろそろ来る頃だと思ったがよ」


「おっちゃん、相変わらず暇そうだね」


「ぬかせ。ちょうど泊まり連中が全員潜ってったから、ようやく一息ついてるところよ。」


 番人がニアに台帳とペンを差し出すと、それを受け取り紙に記入していく。

 傍らに置いてあるカップの中身を飲み干し、ニアの後で感慨深げに遺跡を見渡すロザリーを見て口笛を吹いた。


「今日の連れは、またえらいべっぴんだな」


「べっぴんな上に、いつもの奴らより腕もまともだよ」


 ニアが台帳とペンを返すと、男はそれに目を走らせる。


「へー、そりゃたいしたもんだ。だから今日は本宮に潜るのか。大丈夫なのか?」


「うん、無理はしないよ。だから頼みがあるんだけどさ……」


ニアは番人に頼み事を告げながら背嚢の口を解き、一番上に入っていた頭ほどの包みを取り出した。それを受け取り中を確かめた彼は喜色を浮かべる。

 そして一枚の紙に乱暴な字で色々書き込むとニアに渡した。


「ありがと。助かるよ」


「無理すんな。最後に潜った連中が言ってたが、久しぶりにビッグバットの野郎が上の方でうろついてるらしいから、気をつけろよ」



 この遺跡は古い神殿跡だと言われており、どこから持って来たのか今はこのあたりで見かけない白く大きな石を積み上げた高床の建物が、長い年月を経て所々崩れ、蔦を絡ませている。

 遺跡に入る前に早めの昼食をとっておこうと、二人は正面のアーチ状の入り口前の崩れかけた外の石段に腰を下ろした。

 ニアは荷物の中から用意していた一式を取り出す。携帯コンロを取り出し水を湧かしてお茶を入れ、その間にパンをおおぶりに切り分け、間に入れた切れ目に細かく裂いた干し肉に砕いたルミと削ったチーズを挿んでロザリーに差し出した。

笑顔で受け取ろうと伸ばした彼女の手を避けると、ニアはまるで母親が子どもに言い聞かせるように念を押す。


「食べていいのはこれだけだかんね。次の休憩は中に入って二階の憩いの間だから」


「え、ええ。分かったわ、大事に食べるわね」


 恨めしそうなロザリーを他所に、自分の分を用意してかぶりつきながら、空いてる手で懐からがさごそと紙を取り出し広げた。

そして鞄から長い紐のついた小さい帳面を取り出す。

帳面には地図が書き込まれ、余白には細かな文字で色々書き付けてあり、更にそこに紙に書いてあることを書き加えていく。


「その紙は?あの番人さんにもらってたわよね」


「うん。おっちゃんが遺跡に入った人達から聞いた情報をまとめたもの。一番新しいネタを持ってるのはあの人だし、遺跡のことを知ってるからこそ必要な情報をくれる」


「じゃあさっき何か渡してたのは……」


「袖の下、というほどのもんじゃないけど差し入れ。去年から漬けた薬草酒に干し肉と隣のおばちゃんが焼いた胡桃のケーキ。おっちゃんの好物なんだ」


 ケーキと聞いて目に不穏な光を宿らせたロザリーに嘆息しながら、ニアはお茶を啜った。


「確かに、私が街で集めた情報は時期が分からないようなものが多かったし、この遺跡は複数あるからどれの情報か分からないものがあったわね」


「でしょ。この神殿の遺跡はこの本宮と、後の左右にある2カ所のの離宮で出来てるんだ。それぞれの建物の地下に迷宮があるんだけど、離宮は小規模で浅いし魔物も少ない。小物だけど遺物の埋蔵量は少なくない。だからだいたいの露店商はそっちに潜るんだ」


「でも、今日は違うんでしょ」


「うん。ロザリーがいることだし本宮に挑戦するつもり。こっちは魔物の発生が多めで厄介なのもいる。だから定期的に魔物退治の冒険者が投入されてるけど。あと、発掘隊の研究者がうろついてるのも厄介なんだよな」


「そのへんはどこの遺跡も変わらないわね」


苦笑混じりのロザリーの言葉に、ニアは片眉をあげる。


「どこもそうなんだ?」


「ええ。未だに遺跡迷宮に魔物が発生する理由は解明されていないし、学者さん達ってアレでしょ?出来れば遭遇したくないわよね」


「だよね! 離宮は調査終了になってるから気にしなくて良かったんだけど、こっちはいつも数人いるらしいんだ。とにかく接触は出来るだけ避けていくよ。面倒になった時は逃げて撒くってことでよろしく」 


「分かったわ。それにしてもここは他所よりかなり管理が行き届いてるのね。番人がいて許可制だなんて初めてよ」


他遺跡よそを知らないけど、確かに他を知ってる人は最初は驚くみたいだね。この遺跡は街の生命線なんだ。観光資源ていうのかな。だから荒らされないよう厳重に管理されてるんだ」


 ここには、街から派遣される遺跡の番人が駐在している。

 ニアは加入している商人組合から年間発掘証を交付されているのでいつも好きに入ることが出来るが、そうでない者は予め街で発掘料や見学料を支払って許可証を得なければならない。

 見学であれば2階層までの制限付きで5000カルが必要で、遺物の持ち出しは禁止。

 発掘は商人組合の登録証を持つ者に限られ、1人につき2万カルが必要だが発掘した遺物の持ち出しが可能。ちなみに護衛は1人無料で同行が許され、それ以上は有料で都度追加申請が必要だ。もちろんどの護衛にも遺物を持たせることは出来ない。

 組合が送り込む魔物退治の冒険者や国から派遣された「発掘隊」は、その限りではないが、いずれにせよ街からの「許可証」が必要となる。


 魔術を使えるのが一部の種族やある血筋の人間に限られるこの世界で、遺跡はその珍しい魔術によって管理されていた。

 遺跡全体に魔法がかけてあり、遺跡の外に出るまでは登録証を持つ者しか遺物に触れ持ち出す事が出来ないのだと、ニアは組合から説明を受けている。

 昔、許可制度がない頃に遺跡が荒らされ、死傷者や行方不明者が多く問題となった時、街に逗留した旅の魔術師に依頼して施してもらった遺物の盗掘や無茶な探索防止為の仕組みだ。

 お陰で事故や事件が減り、遺跡の破壊や不当な発掘は無くなったが、一部の商人達にはひどく不評だった。

 商売を休み、手数料を払ってまで来ている上に護衛を雇わなければならない。しかも自分が持てる物だけとなると数に限りがある為、ニアのような怪力の持ち主でなければ量より質、鑑定眼を頼りに選りすぐった遺物を持ち出すしかない。


 食事を終え、荷物をまとめ直したニアは、小さな銀のメダルのペンダントをロザリーに手渡した。


「これ、組合から支給されてる護衛の印。入る前につけておいて、出るまで無くなさないようにね。あと、護衛は何も持ち帰れないから、欲しいものがあれば私に言って」


「ありがとう」


 ロザリーが髪をかきあげ白いうなじの後で渡されたペンダントの金具を留めると、豊かな胸の上で鈍く輝くメダルが揺れた。

 その優雅な仕草にニアは思わずみとれてしまったニアは、我にかえると慌てて自分の首にも銀のペンダントがかかっているのを確かめる。

 ニアのものはプレートが2枚下がっていて、それぞれ細かな文字が装飾のように刻み込まれていた。一つが所属組合を示す商人登録証と、もう一つが発掘証だ。


 二人は並んで階段を上まで登ると、神殿の中へと入った。

 屋根は無く青空が見え天頂近い所で輝く太陽が目をくらませ、石壁が所々草が生える床に短く黒い影を落としている。

 建物の中央奥には、地下へと続く大きな石階段があった。

その奥でぽっかりと広がる暗闇を前に、二人は腰に下げたランプに火を入れる。


「準備はいいわね? 私のすぐ後、腕を伸ばして届く距離でついてきてね。ペースを落としたい時や足を止める時には先に必ず声をかけるのよ。行く方向はニアが指示して。ただし、魔物と遭遇しそうだとか戦闘になったら私に従ってちょうだいね」


「分かった。信頼してるからよろしくね」


ニアが手を差し出すと、ロザリーははにかんだ笑みを見せながらそれを力強く握った。

そして二人は、古代神殿の地下に広がる迷宮”遺跡”に足を踏み込んだ。

更新、大変お待たせしました。

ようやく遺跡まで来ました。


※ニアの鞄を「背嚢」に修正しました。


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