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餌付けと交換条件

 頬をバラ色に染め、幸せそうに目を潤ませながら紅く柔らかな唇が開かれる。そしてその中に、鍋いっぱいのくず野菜と鶏肉のシチュー、籠に入っていたニアの顔より大きな穀物パン、そしてサラダに果物と、ニアの3日分の食糧が全て消えていく。

 あっけにとられるニアの目の前で、スープ皿の最後の一滴までパンでぬぐい口に入れた彼女は、満足げなため息をついた。


「こんなに美味しい食事をいただいたのはいつぶりかしら。ニアはお料理上手なのね」


「その身体のどこにこの量が入るんだよ」


「だって、ここ2日間、何も食べてなかったんですもの。急ぐためにあまり寝ずに歩いていたから、よく寝て美味しいご飯を食べてもうすっかり元気になったわ。これもニアのお陰よ」


「じゃああれは、飲まず喰わずで行き倒れてたってこと? あんたが?」


「ええ、最近いい仕事に出会えてなくて路銀が心許なくなって。この街に遺跡の仕事があるって聞いたのだけど、まさか街の手前で力つきるなんて思わなかったわ」


 まるでよくある三枚目な男の失敗談のようなことを、ロザリーはナプキンで優雅に口元を拭きながら、こともなげに口にした。

 実際に、道に顔をめりこませ埃まみれになっている彼女を拾い上げたニアでなければ、到底冗談としか思わなかっただろう。



「女冒険者は少ないから女性の護衛とか重宝されるって聞くけど。それにロザリーくらい美人だったら、いくらでもご馳走してくれる男はいるんじゃない」


「それがなかなか条件に合う仕事ってないのよね。それに殿方にご馳走になったら、その後どこかに行きましょうってお誘いがつくでしょう。それをお断りしたら約束が違うと騒がれて面倒なことになったのよ。だから出来ればそういうのは避けたくって」


「そんな正直に困ってどうするんだよ。するなら相手はちゃんと選ぶか、上手く逃げないとだよ。で、その男はどうしたの」


「だって、ご馳走したいってすごく熱心におっしゃるんだもの、断りきれなくて。その方が往来であまりに騒ぐから困っていたら、通りすがりの皆さんが助けてくれたわ」


 確かに彼女が困っていれば周囲の男達が放っておかないだろう。

 世間知らずの田舎者か、深窓の令嬢かは分からないが、ニアはこんな頼りなさげな彼女が一人旅をしていることに驚き、心配にもなった。


「ねえ、なんだって冒険者になったのさ。あんたならもっといい仕事があっただろ。お城でだって働けそうなのに」


「それはね、旅をしたかったからよ」


「それだけ?」


「そう。冒険者になれば、誰にも咎められず自由に世界を見て回れるわ。ニアは旅に出たことはある?」


「ううん。あたいはここで生まれそだって。この街しか知らない。でもさ、行商人や旅人からいろんな場所の話を聞いて知ってるよ。だからあたいはここにいても外のことを知ってるんだ。そんなに外の世界っていいものなの」


「そうなの。子どもの頃、私はお父様やおじ様達からずっと外の世界の話を聞かせてもらって、色々想像して憧れていたわ。いつか私も行ってみたいって。もちろん実際に外の世界は厳しくて大変だけど、自分でその場所に行って空気を吸い、景色を見るのは全然違うわ。もちろん、ご飯の味もね」


「外の世界、か」


 恐らく全く世界がまるで違うだろう境遇で育ったはずのロザリーが、自分と同じように外の世界にあこがれていたことを知って、ニアは彼女に興味を持った。

 だが、彼女は既に想像の世界から外の世界に踏み出している。

 そのことが嫉妬や羨望の針となって、ニアの心をチクチクと刺激した。

 ふいに押し黙ったニアに怪訝そうな目を向けているロザリーに気付き、ニアは話題を変えることにした。


「それにしても街の外でも噂になってるなんて。道理で最近、協会の斡旋で来る貧乏冒険者が増えたと思ったよ」


「あら、私は協会には入っていないわよ」


「じゃあ、はぐれ?」


「ええ、そう呼ばれることもあるわ。協会のお仕事を受けると、保証がつくのはありがたいけど色々拘束されるの。一応私は目的のある旅をしているから、それが面倒でね。ここの遺跡の魔物討伐って、飛び込みも募集してるわよね?」


「うん。街の遺跡管理組合の所に行けば直接募集してるよ。でも、協会通さないからかなり安く叩かれるって評判悪いよ。それに討伐はチームを組まされるから協会からの派遣冒険者との間でもめ事も多いって」


 ニアの言葉に、ロザリーは軽く柳眉を寄せた。それだけでこの憂いを帯びた美女を助けたいと、男達が跪くに違いない。

 

 冒険者協会というのは冒険者を支援するための公的機関で、冒険者資格の審査や講習、登録管理から仕事の斡旋、旅のサポートまで冒険者に関するあらゆる業務を行っている。


 ちなみに冒険者とは、大陸統一以前、在郷軍人の割合が地域によって差があった為、それを解消する策として設けられた過疎地の巡回予備役兵が始まりと言われている。


 冒険者になる為には国家資格を取得する必要があり、戦闘技術や特殊技術の審査、大陸の地理や生態系、災害や応急手当、緊急時の対応の講習と試験を受けなければならない。

 取得すれば大陸内を自由に移動することが出来、協会による様々な物質的・精神的支援という特典を得られるが、予備役兵として緊急時や有事の際には軍の下に入らなければならない。

 だが大陸が平定された今では有事も起こることはなく、資格条件も次第にゆるやかなものになった。

 以前の人間種で16歳から50歳の男性だけという条件も撤廃され、14歳以上であれば性別、種族などを問わなくなり、有資格者の数も格段に増えた。

 これは、冒険者に求められる役割の細分化と多様化に応じた為とも言われている。


 とにかく掃いて捨てるほど冒険者が増えたお陰で、人々は気軽に冒険者に依頼をすることが出来るようになった。

 ニアも仕入れで遺跡に行く際には、護衛の為に冒険者を雇っていた。

 もちろんニアの出せるせいいっぱいだが微々たる金額では、二階層、既に多くの商人や盗賊、冒険者達に踏み荒らされている場所にしか潜ることが出来なかったが、それでもニアには彼らが不可欠な存在だった。


 と、ニアはふいに妙案を思い付き、軽やかな足取りでロザリーに近寄ると、肩に手をかけ顔を覗き込んだ。

 彼女の紫の瞳が、ニアの緑色の瞳をまっすぐに見つめ返す。


「あのさ、ロザリーは遺跡に入った経験はある?」


「ええ、何度かあるわよ」


「ほんと? ロザリーって経験者だったんだ。 じゃあ報酬そんなに多くは出せないけど、私に雇われてみない」


「ニアが私を?」


「あたしは遺跡の遺物を売ってるんだけど、そろそろ手持ちの品が切れるんだ。それで仕入れに行きたいんだけど、いつもは組合を通して冒険者の護衛を頼んでる。いつも組合には1回遺跡に潜るのに3万カルを払ってるけど、冒険者の手取りは色々さっぴかれて半分くらいになるんだって。だから2万カルでどう?半分は前金で渡す。もし2階層より先に進めたら、特別報酬でもう1万出すよ。あとはこの家に泊めてあげてもいい。ただし食費は別だからね。その食欲をあたしが賄ったんじゃ破産だもん」


「そうね。チームでの討伐となると自由に動けないでしょうし。私の条件は遺跡に潜ったら見たい所があるから付合って欲しいの。危険ならもちろんすぐに引き返すことを約束するわ。あと、食費はちゃんと出すからニアにごはん作って欲しいな、お願い」


「よし、商談成立だね」


ニアが日に焼けた手を差し出すと、ロザリーが白魚のような手でそれをそっと握り、二人は長い握手を交わした。

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