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もふもふと美女

 女が目覚めたのは、ニアが朝食をとっていた時だった。

 寝室のドアは開けているので、ニアの小さなベットを占有していた女が起き上がる気配に気付き、かまどで炙っていたパンを皿に置くと、彼女の側にかけつけた。


「やっと起きたね。大丈夫?」


「ここは……」


「ここはあたしの家。道に倒れてたあんたを拾ったんだよ。どこか痛い所とか体に悪いとこはない?」


 ニアの言葉に自分の身体を調べ部屋を見回す女に、ベッドの下に置いていた荷物と剣を出してやった。

 そして彼女に背を向けて水差しからカップに水を注ぎ、彼女渡そうと振り返った。


「もっ、もっ」


「も?」


「もふもふ天国だわっ」


「ふきゃあ」


 いきなり息を荒くし黒髪を振り乱す女に抱きつかれ、ニアは驚いてカップを床に落として中の水をまき散らしてしまった。

 それに構わず、女は豊かな胸をニアの顔に押し付けて頭をなで回し、剣を持つ割にはなめらかな手が少女の太腿から尻を撫であげる。


「ひっ、いっ、いい加減にしろよ、この痴女」


 ニアは力任せに女を突き放した。

 女の背中から壁に叩き付けられ、咽せながら驚いた顔でニアを見る。


「今から元の場所に捨ててきてもいいんだけど」


「ごめんなさい。そのふわふわしっぽについ取り乱してしちゃって」


 尻尾を膨らまし仁王立ちで睨みつけるニアに、美女は平頭して詫びた。


「獣人、見た事ないの?」


「いえ、あるわ。でもあなたみたいな子は初めてで……」


 女はニアの頭から足先までを一瞥した。

 ニアは細い身体にオレンジ色のタンクトップと黒皮の短パンだけを身につけ、腕と足のほとんどの肌を露にしている。

 まだ成長途中なのもあって凹凸はあまりなく、少年に間違われることも少なくない。

 その華奢な肩の上に不器用に切りそろえた蜂蜜色の巻き毛が揺れ、さらに頭上には同じ色の毛に覆われた耳がピコピコと揺れる。

 そして小さく盛上がる尻の双丘の上から、で所々白いハイライトの入ったふさふさとした尻尾が、彼女の視線を受けて苛立たしげに振れた。

 その尻尾に、女は涎をたらさんばかりに身を乗り出し見入る。


「たぶんあなたが見たのは純種。あたしみたいな獣人と人間の”雑種”は見た事がなかったんじゃないかな」


「そうだったのね。その、いきなり失礼なことしてしまってごめんなさい」


「ああもういいよ。どうせ珍しいから驚かれるのは慣れてるし。それよりそれだけ元気があるなら朝食もテーブルで食べられるよね。その涎を拭いたらこっちに来て。顔洗いたいなら外に井戸があるから」


「あの、私はロザリー・ウィロー。旅の冒険者よ。助けてくれてありがとう。あなたの名前は?」


「あたしはニア。商人さ」



 人の王がこの大陸の生き物を平定して今年で50年。

 異種族との軋轢や差別は表向きほとんどなくなったが、それでもまだ異種族間の婚姻に抵抗を示す事は多い。

 それがその間に産まれた混血であれば尚更だ。

 この街は街道沿いの宿場町ゆえに、異種族の出入りや住人も多い開かれた土地柄だった為、異種族については寛容だったし、異種族間の子も少数だがいて珍しくなかった。

 それでも、人も獣人もまるで自分達の恥部を見るような後ろめたさを感じている目で見られることは少なくなく

 街の者よりも旅人が過剰に反応し、酔った旅の無頼達に取り囲まれ「掃除」だと剣を抜かれたこともあった。

 その時は露店商仲間や顔見知りの住民達が一致団結して男達を街から追い出してくれたが、以来面倒を避け、いつもフード付きのマントをかぶって耳と尻尾を隠す様にしている。

 フードを被ってる理由は時々尋ねられることもあるが、馬鹿丁寧に雑種だと教える必要もないので問われれば「女だと色々面倒だから」と答えていた。


『この街は恵まれているわ。だからここにいる限り、ニアは幸せに生きていける。だから街の外に出てはだめよ』と、ニアが街道や旅人に興味を示す度に、母親はいつも彼女を心配し、そう言い聞かせていた。


 父親は全身に黄金色の毛を持つ立派な獣人で冒険者だった。だがニアが数え年で4つの時に遺跡で起こった落盤事故で、母親も今から4年前に病で亡くなっている。

 以来、ニアは一人で生きていくために10歳で「商人」となった。


 物心ついた時から、裁縫好きの母親は家計の足しにと時々作り溜めたものを、共同露店に委託し売っていた。

 遊び友達のいなかったニアは母の代わりに商品を運び、店番をしている元行商人の老人の横に毎日座っていた。

 売買の様子を見たり、客がいない時は、思い出話と共に商売のいろはや彼が行商してまわった様々な街の話を聞いて育つうちに、彼が留守の間一人で店番をするようになり、やがて老人が休む日は店を任されるようにもなった。

 その頃になると商売というものが楽しくなり、老人や他の露天商の見様見まねから、考えて工夫して売るようになると、店の売り上げは倍以上に伸びた。

 だから母が亡くなった時に親しい商人達から見習いにこないかと誘われたが、いくら商才があっても自分の素性に問題があることは理解していたし、他の見習いや店に気を使うのも嫌だったので、最初から独立商人の道をとった。


 もちろん、全て順調に運ぶというわけではなかったが、身の丈に合った商売をし、毎日慎ましく生活して少しの蓄えを持てる程になり、両親の残したこの小さな家を売らずに済んでいる。


 両親が寝ていた部屋は物置と在庫置き場にしているので、昨夜はロザリーにベッドを譲り、ニアは居間の長椅子を使った。小柄なニアは充分足を伸ばして眠れるが寝心地よりも彼女が心配で昨夜はあまり寝付けなかった。

 お陰で晴れない頭をハーブティーで覚ませながら、ロザリーの食事をテーブルに並べていると、井戸で顔と身体を洗い着替えてさっぱりとした顔の彼女が戻ってきた。


 身繕いをし、充分に睡眠をとって精気に満ちあふれた彼女は、女神の化身と言ってもいい美しさだった。

 冷たい井戸水でバラ色に染まった頬、紫の水晶のように澄んだ瞳に長いまつげが濃い影を落としている。

 豊かな巻き毛の黒髪を一本の太い三つ編みにして肩から前に流し、その下に隠すのは冒涜だと世の中の男共が口を揃えて叫びそうなほど大きな母性の象徴が柔らかそうに揺れる。

 そして鍛えられ引き締まりくびれた腰から柔らかな丸みが持ち上がった豊かなヒップへのラインはニアでさえみとれてしまう。


 神秘的な美しさに品の良い物腰、すぐにニアと打ち解ける人の良さに明るくのんびりとした雰囲気の彼女は、剣を手に悪党や獣、魔物を退治する冒険者にはとうてい見えなかった。

 ニアの耳や尻尾に変な執着を見せる他は、まるで貴族様のご令嬢か、神殿の巫女様みたい。そんな彼女の印象が更に崩壊したのは、彼女が食卓についた時だった。

※「ハーフ」という表現を使っていましたがどうもしっくりこなくて。呼称を「雑種」、地の文を「混血」に表記を変更しました。7/27

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