古傷
ラブホでパンツ一丁になった徹さんは、全身にある事故の傷を則子さんに見せ、真剣な顔で尋ねました。
「ドン引きした?これが今の俺。事故をおこしたのは自分のせいだから後悔していないけど、則子さんは、こんな傷だらけの男と付き合える?」
言葉どおり、徹さんの全身に跡がありました。
事故で裂けた皮膚の跡、それから足の骨をつなぐ人工骨を入れる手術の縫合跡、肺に穴が開いたので人工呼吸器をつけた時の管の穴、どの傷がどうしてついたのか一つ一つ説明しながら、徹さんは何度も「気持ち悪いだろ」と自嘲しました。
則子さんは、「気持ち悪くないよ」と言って、自分の足と背中を見せました。そこには、薄れかけている茶色の斑点がたくさんありました。
「これは、アトピーの跡。あと1年くらい経てば消えるんだけどね。徹さんは、気持ち悪いと思う?」
「全然気持ち悪くないよ。それに1年経てば消えるんだろ?俺のは一生消えないんだよ」
その言葉に、則子さんはカチンときました。
「なに、それ?私の方が軽いって言いたいの?」
「そうは言ってないよ!」
「言ったよ!徹さんが経験した傷みや辛さは、私には分からない。傷を負ったまま生きる大変さも理解できないよ。でも、徹さんだって、アトピーの辛さを分からないでしょ?」
「……」
「私がアトピーになったのは、幼稚園に入る前だったから、完治するまで30年以上かかったよ。手だの顔だのに湿疹が出て、痒くて痛くて…包帯をいつも巻いていたから中学の時はイジメにもあったよ。その大変さが徹さんに分かる?」
じっと話を聞いていた徹さんは、ぽつりと呟いた。
「……分からない」
「でしょ?でも、事故と病気の違いはあるけど、お互い大変な経験をしたっていうのは分かるでしょ?」
「うん」
「だったら、私が徹さんの傷を気持ち悪くないっていう言葉を信じて欲しい。私も徹さんの気持ち悪くないって言葉を信じるから」
「……うん」
「あとさ、私は徹さんの傷を見て、強い人だって思ったよ。だって、2度も事故にあって、これだけ大変な傷が残ったのに生きているんだもん」
「死ぬ方が楽だったかもな」
また、徹さんが自嘲気味に笑ったので、則子さんは、思わず徹さんの頭にゴチンと拳骨を落としました。
「死ぬなんて簡単に言わないで!私の幼馴染みは、たった1回の事故で死んじゃったんだよ!それに、私と出会ったことより死んだ方が良かったの?」
最後の方は涙と鼻水でグジュグジュになって、言葉になりませんでした。でも、思いは伝わったのか、泣きじゃくる則子さんを抱えながら、徹さんは「ごめん」と小さく呟いたのでした。
ところで、亡くなった幼馴染は有美さんと言います。則子さんの中学時代の同級生で、卒業後もしょっちゅう遊んでいた仲でしたが、28歳の時、交通事故で亡くなったのです。
話は少し飛んで、徹さんと付き合いだして数ヶ月経った頃のこと。理由は忘れてしまいましたが、ちょっとしたケンカから徹さんと別れよう!と思ったことがありました。
携帯を放り投げ、電気もつけっぱなしで眠ってしまったのですが、突然、ガチャ!ビーッ!と音がして目が覚めました。それは、FAXの電源を入れた後、紙をそろえる音だったのですが、コンセントは刺さったままだし、部屋の電気も点いたままなので停電やブレーカーが落ちたわけでもありません。
接触不良かな?と調べていたら、徹さんからメールが来て仲直り、というか、別れようと思っていた気持ちは、ドコかへ吹き飛んでしまいました。(笑)
その後、FAXのことは忘れていたんですが、暫らくして、則子さんたちと仲の良かった友達、薫さんの家へ遊びに行った時のこと。
薫さんは、ご主人と子供たち、ご主人のご両親と暮らしているので、お義母さんも則子さんを知っているし、有美さんのことも知っているのですが、突然、則子さんのことを有美さんと呼んだのです。
「お義母さん!有美じゃないよ、則子だよ!」
「ああ、そうだよね!でも、一瞬、有美さんの顔が見えて…」
「もう!ボケるには、まだ早いからね」
「ごめん、ごめん!」
話はそれで済んだのですが、実は薫さんのお義母さんは、見えないものが視える人なんです。お義母さんがいなくなった後、薫さんと2人で、「有美、ここにいるんだね」「いても良いんだけどね」と笑い合ったのでした。
その時、ふっと思ったのです。あのFAX音は、有美さんがやったんじゃないかって。別れる必要ないよ、徹さんとはお似合いだよって、天国からメッセージを送ってくれたんじゃないかって。
なんて、ただの接触不良かもしれないけどね。




