則子さんと徹さん
ドボンさんの名前は徹さんと言います。39歳。5人兄弟の末っ子。
10代の頃はバイクレーサーを目指していたそうですが、一度目の事故で断念。その後、トラック野郎になって女性と遊んでいたそうですが、一念発起して素人レースに参戦を決意。
その練習がてら峠道を攻めていた時に、2度目の事故。生死の境をさまよい、何とか一命を取り留めたものの、今度は足を切断するかどうかと決断を迫られたそうです。幸い、何度も手術をして骨をつなぎ、切断しなくて済んだけれど、足に障害が残ってしまい、レースどころかバイクにも乗れなくなったとのこと。
今はバイク修理に来る若造に傷跡を見せて、バイクを乗るなら事故を覚悟しろ!って説教してるんだ~とメールにありました。
そんな大変な人生を送ってきたのに自業自得だからと、軽い調子で淡々と綴る徹さんに『傷み』を知ってる人だと感じました。
則子さんは、38年の人生の中で様々な境遇で生きる人たちに会いました。
例えば、仕事中の事故で、顔中、火傷の跡が残っているのに、子供たちに笑っていられる男性。生まれつきの病気で顔が歪み、自分も病気のせいで倒れることもあるのに、看護師として頑張っている女性。生まれつき指が足りないけれど、友達と一緒に遊び転げる男の子。
みんな、大変な思いをしているのに、他人を気遣い、精一杯生きています。そんな人たちに接していると、自分も頑張らなきゃ!という気にさせられます。
反対に、生まれつき障害があり、恋人や家族に八つ当たりする人も知っています。そういう人は、大変だなと思うけれど、それだけです。人の『傷み』を知っている人となら、例え、結婚しなくても、別れたとしても、そう悪い思い出になることはない気がしました。
徹さんを選んで良かった、かな。
所で、則子さんと徹さんは、びっくりするくらい共通点がありません。(笑)
徹さんはスポーツ好きで、バイク以外にスノーボードと釣りが大好きなアウトドア派。一方の則子さんは、スポーツ観戦は好きだけれども、自分ではまったくやらないインドア派。
徹さんは機械や数字に強い理系人間だけれど、則子さんは数字嫌いで、読書や歴史が好きな文系人間。
また、過去に付き合った異性関係も50人を軽く超え、バレンタインデーにチョコレート最多記録30個をほこる軟派な徹さん。片や、付き合った異性は片手で足りるし、バレンタインデーもお菓子メーカーの戦略に乗せられるのはアホらしいとばかり、チョコレートをあげない宣言していた硬派な則子さん。
一見、行動的に見える徹さんですが、出会うまでのリードは則子さんの独壇場でした。徹さんが、携帯のメアドを知りたいと言えば直ぐに教え、写メが欲しいと言えばカシャリと撮影。携帯電話も家の電話も住所も、乞われるがまま教えました。
徹さんの名前を知ってから1ヶ月以内には、すべて教えていましたし、実際に会ったのは更に1ヵ月後のこと。しかも、会う段取りも則子さんがドンドン進めていったのでした。
則子さんとしては、徹さんと付き合うと決めたからには、電話や住所を教える必要があったし、だったら出し惜しみしても仕方がないと考えました。むしろ、ダメならサッサと会って終わらせよう!くらいの気持ちだったのですが、後々、これらの行為に対して、「警戒心がなさ過ぎる!」と徹さんから叱られることになるのでした。
「則子は、どうしてそんな簡単に決めてしまうんだ?!そもそも、俺と出会った時だって直ぐにメールを教えるわ、電話を教えるわ、俺が、もしもストーカーだったらどうすんだ?!」
「徹さんがストーカーって事はありえないよ」
「なんで、そう言いきれる?!」
「ストーカーは、面識のある相手に対する犯罪だからだよ」
「面識のない相手だってストーカーされるぞ!」
「それは被害者の面識がないだけで、犯罪者は『電車の中で毎朝、見かけていた』とか『好きな俳優だから』とか、ちゃんと面識があるでしょ?行き当たりばったりの犯行とは違うじゃん」
徹さんが言葉に詰まったのを見て、則子さんは畳み掛けました。
「それに、ストーカーする人は他人との距離間が読めない人だと思う。普通は相手が嫌がってると思えば、それ以上近づかないのに嫌がっていることが分からない。だから近づいちゃって、犯罪だって訴えられて驚くパターン。勿論、嫌がらせ目的の場合は知っててやるんだろうけどね」
「……」
「その点、徹さんは沢山の女の子と付き合ってきたんだから、距離間が分かる人だと思ったワケ。距離間の分からない男性は敬遠されるからね。だから、徹さんはストーカーする人じゃないって思ったよ」
ちょっと嬉しそうな徹さんでしたが、本題はそこじゃないと思い出して顔を引き締めました。
「確かに俺はしないけれども、もしも俺以外でストーカーするヤツだったらどうするんだ?!」
徹さんだからこそ連絡先をあっさり教えたのだし、それくらい見分ける力はあると自負している則子さんですが、あえてその点には触れずにサラッと答えました。
「もしもストーカーだったら、さっさと部屋を引き払って実家へ帰る。それでも付きまとうなら、お義兄さんに言う」
「え?!」
「ウチのお姉ちゃんの旦那さん、警察官なんだよ」
絶句している徹さんは、暗に訴えられた則子さんの牽制に気づいたようです。
則子さんは、思いたったら即行動タイプ。徹さんは用心して石橋を叩くタイプ。やっぱり正反対の2人です。でも、まったく違う2人だからこそ、割れ鍋に綴じ蓋…じゃない、お互いを補うことができると解釈しましょう。
とはいえ、徹さんは則子さんに対して、ちょっぴり過保護になりましたけど。
こんな風に笑っちゃうほど異なる2人でしたが、考え方は意外に似ている所がありました。
まだ2人が出会う前、仕事帰りから早朝にかけて、ほぼ毎日のように長電話をしていた時のこと。ある時、徹さんがこう言いました。
「出会ったらさ、則子に沢山、プレゼントしてあげたい!お礼なんて考えなくて良いよ。俺がプレゼントしたいだけだから、俺を喜ばせると思って受け取って!」
そのセリフを聞いた時、則子さんは、ああ、この人は報われない人だったんだぁと感じたのでした。
則子さんは、どちらかと言うと人から頼まれた時に「NO」と言いません。もちろん、頼まれる内容にもよりますが、手先が器用で、それほど苦にせず色々なことが出来るので「まあ、これくらいなら良いか~」と引き受けてしまうのです。でも、頼まれた事をしてもらって十分なお礼を返す人って意外に少なかったりします。
もちろん、「ありがとう!」と言葉では言われますが、それっきり。則子さんが何日もかけて、それなりの労力を使ったのに言葉だけで済ませてしまう人もいるのです。
則子さんも見返りが欲しくてやった訳ではないので何も要求しませんが、それを知った友人たちは、「便利に使われてるだけじゃない!則子は、お人好しなんだから!」と、何故だか則子さんに憤慨するのでした。
最初の頃、頼んだ人たちにも、則子さんに憤慨した人たちにも、どこか割り切れないというか、理不尽さを感じてしまい、頼み事は全て断っていた時期がありました。でも、断った後で相手が困っている姿を見ると「やっぱり断らなければ良かったかな」と、結局、後悔してしまうのでした。
で、同じ後悔するなら頼み事を引き受け、自分がしたいからする!見返りはないのが当然!と考えるようになりました。
すると、状況は同じなのに則子さんが考え方を変えただけで、不思議と気持ちが落ち着きました。相手からお礼がなくても拘らなくなりましたし、周囲からお人好しと言われても笑って済ませ、また、きちんとお礼を返す人を立派な人だと思うようになったのです。
そんな則子さんだったから、徹さんの話を聞いた時、徹さんも報われない思いをしたんだなぁと気づいてしまったんですね。
徹さんも私と同じでバカだなぁ…って思ったら、恋に落ちていました。
一方の徹さんも則子さんに対し、コイツはいつもと違うぞ?!と思ったようです。




