2号店
徹さんのお店は、2年目にしてトップに立ち、年間2千万円の売り上げを出すようになりました。いまや、平日も徹さん1人では出来ないので、以前、雇われ店長で一緒に働いていた美佳さんにアルバイトを頼んでいるのでした。
美佳さんの働いていた直営店は、徹さんがいなくなった後、別の人が雇われ店長になりましたが、結局、建物の老朽化のため取り壊しになったのです。
「2号店を出そう!」
高らかに宣言した徹さんでしたが、則子さんとしては懐疑的でした。
「2号店を出すには、今の店を完全に誰かに任せるんだよ?そうなったら美佳ちゃんの他に、あと2人雇わなくちゃならないし、2号店でも1人だから計4人は雇わなくちゃならない。今の収入では無理だよ」
「うちは売り上げトップなんだよ。会社だって値上げ交渉に応じるさ。それに、もし値上げしなくても、ギリギリやっていけるよ。俺の取り分は月1~2万で十分なんだし」
開店以来、則子さんは一度もお給料を貰ったことがありません。それに、外食を除く食費は則子さんが負担しています。食事を作るガスや電気、水道代も。
もちろん、徹さんの部屋の家賃や光熱費は徹さんが支払っていますが、基本的に寝に帰るだけの徹さんですから則子さんより少ない費用で済みます。まあ、残った費用は僅かでも貯金をしていますが、正直なところ、徹さんのお店の費用だけで2人暮らすのは難しいのが現実です。
そんな状態で、全員がパートというわけにはいきませんので、1人店長を雇い、あとは短時間のパートを2人雇うのは正直、どうかなぁと思った則子さんですが、徹さんは出来ると信じています。
とりあえず、会社に値上げ交渉をしましたが、会社というのが完全な家族経営。社長の奥さんががっちり経理を握っているとか。しかも、過去、かなりの売り上げをたたき出した店が何店も辞めているのです。結局、徹さんもかなり粘ったのですが、値上げには至りませんでした。
それから求人広告に募集をかけたところ、自転車で15分のところにすむ主婦が応募。明日から来ます、という言葉を残して、一切連絡なく、一度も店に来ませんでした。
その後、店長候補という徹さんより年上の男性が来ましたが、直前になって、引継ぎがあるので1ヶ月、仕事に就くのを伸ばして欲しいという連絡を最後に、二度と店に来ませんでした。
そんな中、24歳の男子がパートとして働きたいと来たのですが、喋り方がはっきり話をしないし、自分の意見も言えない感じで、どうにもぼんやりして危なげな男の子でした。
徹さんはどちらかというと親分肌ですし、2度もドタキャンされ、来るだけでもえらい!ということになり、結局、その男の子を雇うことにしたのです。
康太君という男の子は、鹿児島の出身で弟さんの部屋に居候しているとか。土曜日と日曜日は、則子さんも店を手伝っているのですが、徹さんの怒声が響きます。
「これは、こうしろって言っただろ!昨日も同じことを言ったぞ!」
「前に何て言った?なんで、その通りにやらないんだ!」
決して徹さんは無理難題を言っているわけではありません。そもそもクリーニング店の仕事なんて、大して難しくないのですから。それでも、康太君の性格なのか、それとも別の問題があるのか、必ずどこかが間違っているのです。
加えて、疲れやすいのか、ちょっと動くと直ぐに座り込んでしまうのです。40代の徹さんと則子さんがフル稼働で働いている一方、しょっちゅう休みをとる20代の男子。
今時の子って体力ないなぁと驚きつつ、多分、この子は仕事を覚えられないだろうなぁと思う則子さんでした。
お金がないという康太君に、則子さんは康太君のお弁当を作ってあげたり、30分もかけて歩いて通う康太君に、乗っていなかった自転車をあげたりしました。
徹さんも、上京してから観光したことがないという康太君を地元・江ノ島観光に連れて行ってあげたり、お昼もあちこち連れて行ってあげました。
そんな感じで、徹さんも、手を変え品を変え、3ヶ月雇いましたが、仕事を覚えられず、結局、辞めてもらうことになりました。
その件があってから、徹さんは2号店を諦めたようです。
「結局さ、アルバイトを雇ったって、自分の店じゃなけりゃあ、真面目に働かないよな。それで、店の質が落ちれば、結局のところ、売り上げも下がるし、2店舗を維持することは出来ないってことだ」
投げやりに呟く徹さんでした。同時に、クリーニング店で働くモチベーションを失った徹さんは、次なる爆弾発言をするのでした。
「店辞める」と。




