お墓参り
その後、お店は、これといった事件も起こらず平穏に過ぎ、再びお盆の時期になりました。
「今年はお墓参りに来たいんだけど」
徹さんの口から呟かれたのは、8月に入ってからのことでした。徹さんは、幼少時、母親の実家に預けられていたことがあり、亡くなったお祖父さんとお祖母さんのお墓参りがしたいのだとか。
お墓は長野県・松本市内で、お祖父さんとお祖母さんが住んでいたのは湯田中温泉。松本で途中下車してお墓参りをし、その後で湯田中温泉に泊まることにしました。
「ただ、問題があって、お墓の場所が分からないんだよ」
「え~?行ったことないの?」
「あるけど、皆について行っただけだから漠然としか覚えていない」
昔の記憶を頼りにグーグルで検索すると、ここじゃないかという場所が見つかりました。でも、周辺にお墓らしきものはありません。
「お母さんに聞いてみたら?」
「いや、絶対ここだ。間違いない!」
徹さんが言い張るのですから、則子さんは引き下がるしかありません。後は、行ってみるしかないという話になりました。
当日、新宿駅から特急あずさに乗り込みました。さすがにお盆の時期なので混んでいます。駅弁とお茶を購入し、食べて、一眠りすると松本に到着しました。
取りあえず駅前にあるスーパーでお墓参りの花と、お線香、お供え物を買いました。それから、タクシーに乗り、目当ての場所へ行ってみましたが、案の定というか、やっぱりお墓はありませんでした。
「どうするの?今からでも、お母さんに聞いてみたら?」
「もう仕事してるから連絡取れないよ!」
「じゃあ、どうするのよ?!」
結局、タクシーの運転手さんに事情を話し、町を適当に走ってもらうことにしました。あちこち回ってもらって、もうダメかと思った時、徹さんが声を張り上げました。
「あー!ここ、見たことある!」
そこから徹さんの記憶が蘇ってきて、無事にお墓に辿り着くことが出来ました。タクシーの運転手さんも、松本でタクシーやって長いけど、こんな場所に墓地があるなんて知らなかったと言うような場所でした。
徹さんの家のお墓は、しばらく誰もお参りに来ていない様子で、雑草が生い茂っていました。手袋や鎌などは持ってきていなかったので、素手で出来るだ綺麗にしてお参りをしました。
「同じ市内に叔母さんが住んでいるのに、何でお参りしないんだよ!」
徹さんは悔しいのか、掃除をしながら文句を言います。
「そんなこと言っちゃダメだよ!人にはそれぞれ事情があるんだし、徹さんだって神奈川から松本なんて、頑張れば日帰りで来られる距離なのに、お墓参りしなかったんでしょ?!」
「俺には事情があったから来られなかったんだ!」
確かに、大きな事故にあったり、リハビリに時間を費やしたり、徹さんにも事情はありましたが、それでも、1日も休みが取れなかった訳ではありません。だとしたら、自分の怠慢を棚に上げ、叔母さんを責めるのはお門違いだと則子さんは言いました。
徹さんは、ぶつぶつ言いながらも納得したようでした。それから、綺麗にしたお墓の前で、2人で長いこと手を合わせていました。
(徹さんのお祖父さん。初めまして。徹さんが、しっかり生きていけるよう見守ってあげて下さい)
則子さんは心の中で挨拶した後、もしかしたら奥さんになるかもしれないので、これから宜しくお願いします、と付け加えました。まあ、それくらいは許されるかな、と。
その後、メーターを止めて待っていてくれたタクシーに乗り、松本駅へと向かいました。運転手さんも、見つかって良かった良かった~と喜んでくれ、折角だからと観光案内をしながら運転してくれたのでした。
松本駅から長野駅へ向かい、長野電鉄から湯田中駅へ到着しました。長野電鉄は東京近郊で走っていた列車の払い下げで走らせています。徹さんと則子さんが子供の頃に走っていた、小田急線ロマンスカーに再会できて、思わずテンションアップする2人でした。
湯田中駅は、お盆時期だからか、それほど観光客はいないようで、昔懐かしい温泉街です。ジブリアニメ『千と千尋の神隠し』の旅館のモデルになったとされる『金具屋』さんもありますが、則子さんたちが泊まるのは、もっと外れにある家族経営の小さな旅館です。
チェックインして荷物を置かせてもらい、それから、お祖父さんとお祖母さんが昔住んでいた家や、徹さんが遊んだ川を案内してもらいました。
「家の裏から川に出られるんだよ。この栗の木は、毎年食べたなぁ」
「ここの外湯は良く入ったんだよ~。懐かしいなぁ」
徹さんがいたのは30年ほど前だから、知っている人には誰も会わなかったけれど、それでも、徹さんは懐かしそうに、そして、嬉しそうに話をするのでした。
それから宿に戻り、内湯に入った後、食堂で食事になりました。泊まった旅館は、建物は古いのですが、食事はすごく美味しいところで、また来ることがあったら泊まりたいと思うほどでした。
ところで、湯田中渋温泉は、旅館の中の内湯と街中にある外湯があります。料金を払うと外湯巡りが出来るのですが、どの旅館も、大抵は2~3つの外湯と契約しており、宿泊客は無料で利用できます。
則子さんたちの泊まった旅館も2つの外湯が利用できるので、鍵を借りて外湯も楽しみました。徹さんいわく、外湯は基本的に洗い場がないので内湯で体を洗った後、外湯で入浴するのが決まりなんだそうです。
ただ、山の上の方で湯本に近いせいか、外湯はどちらも飛び上がるほど熱かったです。のんびりつかるなんてとんでもない!10秒我慢するのが精一杯でした。ちなみに、徹さんは熱いのが苦手なので、爪先だけ入って止めたそうです。もったいなーい!
外湯から帰る時、射的場があったので、後で来よう!と徹さんははしゃいでいたのですが、宿に戻って布団に寝そべると、そのままグーグー眠ってしまいました。
則子さんも横になったのですが、旅館の前の側溝を温泉のお湯が流れる音がサラサラ聞こえ、全然寝付けませんでした。徹さんには馴染み深い音で、子守唄のように聞こえるのかなぁ。
そんなノスタルジックな想像をしながら、則子さんも眠りについたのでした。




