置き引き
ある日、事件が起きました。
日曜日の昼、則子さんと徹さんは近所の中華料理店へお昼を食べて帰ってきました。既に、お店の前にはお客さんが列を作っています。
徹さんのお店は、クリーニング店ですが、土曜日、日曜日は朝から晩まで行列が出来ています。辺りのクリーニング店より価格を安く設定していること、徹さんが色々工夫して誠実なお店にしていることなどが評判を呼び、年間売り上げ1,500万円を越すお店になっていたのです。
お昼休憩は通常1時間ですが、お客さんが並んでいるなら直ぐに開けなければなりません。ご飯を食べて30分しか休んでいませんが、営業再開です。
「お待たせしました~!」
ドアを開けて、お客さんに入ってもらいます。徹さんは、衣類の受付と返却を担当し、則子さんは、裏で衣類にタグをつけ、大きな袋に入れて工場へ出荷する準備をします。そして、工場から返却された洗い立ての衣類のタグを見て、同じ番号のシールを貼って順番どおりに並べるのです。
また、徹さんのアイデアで、ワイシャツのボタン付けサービスをしているのですが、土日は則子さんの仕事になります。この頃には、則子さんも手馴れてきていて、徹さんの判断を仰ぐことは滅多にありませんが、その分、顧客数が増えているので仕事の忙しさは変わらないのでした。
「あれ、ないっ!」
表から素っ頓狂な声が響いたかと思うと、徹さんが慌てふためいて則子さんのところへ駆け込んできました。
「どうしたの?」
「お金がない。盗まれた!」
「ええ~?!どういうこと?!」
徹さんによると、お昼に行く際、いつも金銭袋にお札を入れて持ち歩くのです。で、お昼から戻るとレジにしまうのですが、その日は直ぐにお客さんを入れてしまったため、金銭袋をレジの前の椅子の上に置き、そこから出し入れをしていたらしいのです。
その後、お客さんに衣類を返却するため、店内を歩き回っているうちに金銭袋がなくなってしまった、そういうことのようでした。
「カウンターの外から手を伸ばせば、客でも手が届く。きっと置き引きされたんだ」
「なんで椅子の上になんて置いてたのよ~!」
「だって、取られるなんて思わないだろ!」
念のため、2人で店内を探しましたが、とうとう見つかりませんでした。そして、お店を閉めた後、徹さんは届出を出しに交番へ向かいました。
結局、防犯カメラを取り付けている訳でもなかったので、犯人は見つからず、土曜日と日曜日の午前中の売り上げは戻ってきませんでした。店舗にかけている保険で賄えるかと思ったのですが、犯人のメドがつくとか、防犯カメラなどの盗まれた証拠がなければ保険もおりないとのこと。
会社には自腹で補填しなければなりませんが、徹さんには貯金がありません。46万円の罰金を払った後、直ぐにお店を開店したので、開店準備の資金を月々の収入から分割で支払っていたのです。その支払いが終わったばかりで置き引きにあったからです。
前回の結婚詐欺的な話とは違います。則子さんは、引越し後で少なくなった貯金をおろし、徹さんに渡したのでした。その代わり、今後、二度と客の目の届くところに現金を出しっぱなしにしないと約束させて。




