信頼と信念
ぶっちゃけ則子さんに大した貯金はありません。徹さんも知っているはずだから、詐欺ではないのかもしれませんが、徹さんの話が真実だとすると金銭感覚が怪しい。どっちに転んでも、行き止まりというか、別れるしかない気がします。
ぐるぐるぐるぐる。
独りで悩んでもラチがあかないので、親友の薫さんにメールをしました。薫さんは、家の近くの会社でパート勤務をいています。ちょうど昼休みだったのか、直ぐに返信がありました。
『夜、子供を寝かせたら電話する!』と。その晩、薫さんから電話があり、則子さんは、最初から今朝のことまで掻い摘んで話したのです。
「それ、絶対に騙されてるよ!」
話を聞き終えた薫さんは、不機嫌そうな声で一蹴したのでした。
「普通、出会ったばかりのカノジョに借金なんて言わないし、本当に困ってるとしても資金繰りが出来ないなんて、この先もダメじゃん!」
「そうだよね」
「あ、待って!旦那が代われって!」
薫さんの旦那さんは、正隆さんと言います。薫さんの高校時代の先輩で、薫さんが卒業すると直ぐに結婚。則子さんとも当時から面識があるので遠慮というものがありません。
「あ、俺。なに、彼氏が出来たんだって?!」
「そう。でも借金申し込まれて、これって詐欺~って?」
負けず嫌いの則子さんは、弱みを見せまいとして軽口を叩きました。正隆さんは、知ってか知らずか、面白そうに笑っています。
「そいつ、いくら貸せって言ってんの?」
「なんでも部品代が16万円だけど、貸せるだけ貸してほしいって」
「まさか全額、貸すなんて言ってないだろ?」
「もちろん!出せても半分って言ったよ」
「ヤバくね?常識で考えても4万円までが限度だよ。それ以上、貸せって言うなら普通じゃないな」
そこで、薫さんの声が響きました。
「とりあえず、貸せないって言って反応見なよ!」
正隆さんから受話器を奪った薫さんが割り込んできて、無理やり三者通話が始まりました。
「結局、俺たちは、そいつのこと知らないから判断するのは則子だけどな」
「則子には悪いけど、会ったこともないヤツより則子の方が大事なんだから、則子が傷つかない方法を考えてね!でも、お金は貸したらダメだよ!」
「分かった。遅くまで話を聞いてくれて、ありがとね」
思わぬ親友の言葉に、則子さんは胸が熱くなったのでした。しかし、結局のところ、決断するのは則子さん自身です。
則子さんは、その後も、ずっとずっと徹さんのことを考えました。ご飯を食べる時でも、仕事をしている時でも、寝る時でも、いつもいつも考え続けました。
徹さんは本当に則子さんを騙しているのでしょうか?
騙されているかどうかを知るには、薫さんのいう通り「お金は貸せない!」と拒否するのが一番かもしれません。お金目当てなら自然と疎遠になっていくし、心は傷ついても金銭的な傷を逃れることができます。
でも、疎遠にならないとしたら?
次から次へ手を変え品を変え、お金を要求するなら金銭目当ては確実です。でも、そのまま何事もなかったように付き合うなら、則子さんは今まで通り付き合えるのでしょうか?
何かあるたびに疑心暗鬼に駆られ、結局、ギクシャクするかもしれません。それに、本当に徹さんが困っているのであれば、自分が騙されたくないばかりに突き放してしまったことで良心の呵責を覚えるかもしれません。
だって、則子さんは徹さんに断言したのです。信頼していると。信頼している相手を困った時に見捨てるなら、それは『信頼』ではない気がするのです。
ぐるぐるぐるぐる、気持ちが空回りして、寝ても覚めても頭から離れませんでした。そして、ついに則子さんは決断しました。お金を貸そう、と。徹さんのためではなく、自分の『信頼』という信念を貫くために。
そして、1週間後、3度目のデートで徹さんに、お金を貸すと告げたのでした。
「ええ~、お金?なんで?」
お金を貸すと告げた時の徹さんの第一声。忘れもしない、素っ頓狂な響きでした。
「だって、この間のデートの時、お金を貸してくれって言ったじゃん!」
「ああ、動揺して言ったかも。でも本気で借りようと思ったわけじゃないよ?!あれからバイク何台か売り払って、お金の工面したから大丈夫だし」
「…………え?!」
「だ~か~ら~、則子は何も心配しなくて良いんだよ。そもそも俺の失態を則子にカバーさせようなんて思ってないしさ」
ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て!!
結婚詐欺かと悩みぬいた一週間は何だったのか?!清水の舞台から飛び降りたような決心はどうなるのか?!思わず詰め寄った則子さんに、徹さんはワケが分からず、呆然としていましたが、やがて事態が飲み込めたのか、ぷ~っ!とふきだしました。
「ああ!俺が則子を騙して、お金を巻き上げようとしたって?!」
「笑い事じゃないよ!だって、いきなり金貸してくれって言ったんだよ!」
「そりゃ、そ~だ~!たしかに、ドラマみたいなセリフだな!」
げらげらと腹を抱えんばかりに笑い転げる徹さんを見て、則子さんは、ぼんやりと思いました。
(こいつ、典型的なB型男だ!)と。




