愛の隠し味
この世界では、
愛を告白することが法律で禁止されている。
だから人々は、料理のレシピや天気の話に、
愛を暗号のように隠して書く。
俺の手紙はこう始まる。
「今日の天気は晴れ。
君の笑顔に似ている」
数日後、返事が届いた。
「3月12日のカレーの作り方
玉ねぎ 一個
にんじん 一本
あなたの好きなルーを使う」
家に来てほしい、という意味だ。
俺はこう返した
「卵焼きの作り方
卵 二個
砂糖 少し
焦がさないように弱火で」
これは
「会いたいけど慎重に」
という意味だ。
手紙は遅い。
それでも皆、手紙を書く。
ネットは監視が厳しすぎる。
通信はすべて記録され、
言葉の組み合わせ一つで警告が出る。
それに比べれば、手紙の監視はまだ甘い。
一応検閲はあるが、
個人情報の観点から多くはAI任せになっている。
それに何より、手紙の数が多すぎる。
全部を細かく調べることなど、現実には不可能なのだ。
だから人々は、
レシピに、天気に、買い物メモに、
愛を隠す。
もちろん、見つかればただでは済まない。
「愛は十年で冷める」
そんな言葉がこの世界にはあるが、
その由来は案外単純だ。
愛の告白は、懲役十年。
刑務所から出る頃には、
たいていの恋は終わっているからだ。
それでも、俺のポストには今日もレシピが届く。
「10年かけて煮込むスープの作り方
玉ねぎ 十個
弱火で、気長に」
どうやら彼女は、
刑務所の中でも冷めない料理を、
俺と一緒に作りたいらしい。
だから俺は今日も手紙を書く。
「鍋の火は、弱火のままでいい」
刑期は、あと九年と三百六十四日。




