ひぐらしの鳴くホーム
いらっしゃいませ。
「…まもなく、一番線に各駅停車、東京行きが…」
橙色の光が真横から垂直に射し込むような中で、スピーカーはかすかに掠れたようなくぐもったような声で鳴く。
「…この列車は、南船橋、海浜幕張方面へは参りません…」
おおよそ皆が聞き流しているであろうことを知りながらも、健気に朗読する彼は、真夏のひぐらしのようだった。
夏の朝から夕方まで続く数多の蝉の大合唱。———ジジジジジジジジ……耳にこびりつくようなその歌にうんざりした人間たちは、いつしかそれらを無意識に聞き流すようになる。そんな彼らが疲れ切った日暮れどき。木に響くひぐらしの声。よっぽど風情深いか虫好きでない限り、その声に耳を傾けるものはいない。しかし彼らはその数少ない人々と自らのために、いつも鳴いている。
そうして今日も、また彼らはホームで鳴いている。
夕焼け色のラインを靡かせて、光を反射した車体がホームに滑り込んでくる。
ドアの開閉音が鳴る。
人々の雑多なノイズが、スピーカーの音を掻き消す。
「…ご乗車ありがとうございます」
人でごった返したホームに、急かすような発車音楽が流れ込む。
下の世界ではせわしなく人が動いている上で、スピーカーは静かにぶら下がっている。
「…次の電車を、ご利用ください」
生き急ぐのは、賢いようで愚かなのかもしれない、と思った。




