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第74話 後悔

「辛いと思うがはじめから説明してくれ」

 警備隊詰め所の中はアンドールさん、警備隊長、書記、そして獣人が三人、そしてアンドールさんのたっての要請で僕も同席した。

 警備隊長の言葉に、僕に惨状を伝えにきた犬獣人のリーダーがしっかりとした口調で話しはじめた。


「あれは朝日が昇りはじめた頃でした。俺達が隔離地として与えられていた森の近くから物凄い悲鳴が聞こえたので、腕に自慢のある獣人が偵察に向かいました」

 



「一応腕のたつ八名で行こう。フォレストウルフの群れだと数人だとヤバい。皆まだ病み上がりだから安静にさせた方がいい」

「そうだな。ならば急ごう」

 森の中は朝陽が木々の葉にさえぎられて今尚暗いが夜目の効く猫系獣人が多いので暗さは左程問題にはならない。

「待て、匂う。これはやはり狼だな」

 クンッ、と犬獣人の鼻がひくついた。

「お前が言うなら間違いないな。狼か、複数か?」

「複数だな。匂いの違いが…ウン、気配は十匹以上、あと血の匂い。襲われているのはヒトか?」

「にゃら、正面から敵の目を集める犬族と木の上から襲い掛かる猫族と別れて殲滅にゃ」

「そうだな、だが危ないと思ったらすぐに引く事。あと追いは厳禁な」

「「「了解!」」」

 そう言うと猫族五人、犬族三人はそれぞれ持ち場につく。狩猟時は全員気配を最小限に抑え、先制攻撃に備えている。すると程なく斥候役の猫獣人が先の様子を伝えに来た。

「この先、この方向300メル(メートル)、ヒト、六人交戦中。敵、フォレストウルフ八匹と黒化個体。フォレストウルフリーダー一匹」

思っていたよりも敵の数は少ないようだ。

「分かった。先ずは雑魚狼から始末するぞ。狼汁を腹一杯食べよう!」

皆頷くと全員気配遮断し、指示された方向へと足を早めた。



現場は酷い有様だった。得物を放りだし、ぐったりとして動かない骸のような虫の息状態が四人、辛うじてフラフラと体を揺らしつつ、仲間を守ろうと盾と剣を敵に向けている二人。しかしもう目の焦点もあっておらず、時間の問題で倒れそうだ。


地上組の俺たちは顔を見合わせ、コクリと頷いて敵の前に踊りでた。


「代われ!助ける」

「た、助かっ……」

「たの……む……」

ヒトの男二名はそれだけ言うと血濡れた地面に伏した。

限界を過ぎていたのだろうな。


「よし、クソ狼、俺たちが相手だ!」

同じような姿をしているが奴らは四つ足。我らはワーウルフと犬族の混血の末。

強靭な肉体と知能を兼ね揃えた犬獣人の動きにフォレストウルフは翻弄されて纏まった行動が出来ない。

混乱した所に猫族が木の上から攻撃をしかけた。一方的な蹂躙の後にはウルフ達の屍が残されるのみだった。


「にゃぁ、黒化個体体はレアだにゃ、高く売れそうにゃにゃにゃ」

「そうだな、まだ若い群れなのか纏まりが無かったが良かった」

「このヒト達、まだ息があるにゃ、連れていく?ヒトはあまり好きじゃないけど」

「俺っちも好きじゃないが、はは、昨日ヒト達に助けて貰ったばかりだしな。貰った薬水で助かるかもしれないし、連れていこう。薬水は置いてきてしまったからな」

「昨日貰った薬水か!あれ凄く効いたよな」

「一人づつ運んでからまた戻ってきてくれ。俺とアイツはここでフォレストウルフの剥ぎ取りをしておくよ」

そして俺たちは二手に別れ、一人づつ瀕死のヒトを抱えて走り去る仲間を見送ってから獲物の剥ぎ取りに着手した。


ウルフは肉こそ凄く美味、という訳ではなく独特の風味で好き嫌いが別れるらしいが俺たち獣人にはご馳走だ。

牙や爪、毛皮は普通に売れるし、綺麗に処理した臓器や骨は乾かして薬となる。捨てる所は血と目玉、(はらわた)しかない。

俺たち二人は獲物の九匹の尻尾を木の枝に吊るし、その下に穴を掘った。こうしておくと処理して捨てるものは穴の中に落ちるので後で穴を埋めるだけで済む。

全ての個体を吊るし、喉元を切って血抜きをしながら、血が抜けた獲物から順に解体していった。



  解体と後処理を終えて地面から飛び出た木の根に腰を下ろす事暫く。

「随分と遅いな……」

「そうだな。救命に時間が掛かったとしても……星の位置から考えても一刻(三時間)はとうに過ぎているな」

 二人とも鼻を鳴らし、周辺を探るが他に獣の匂いはしないようだ。

「周りに敵はいないな。なら俺っちが様子を見てくるよ。途中ですれ違うかもしれんけどな」

「じゃあ俺はここで見張り番をしてるから。宜しく頼むよ」

「おう」

 彼は解体して持ちやすい皮や爪、牙を抱えて様子を伺いに走っていった。獣人、しかもワーウルフの末の俺達の全力の脚力なら程なく着くだろう。

「さぁて、持ち帰りやすいように纏めておくか」

 俺は散らばった獲物の素材を一纏めにし、いつでも帰れる準備を始めた。




「……おかしい、どう考えても不可解だ」

 彼が様子を見に行ってから大分時間が経過した。彼も、一度戻った仲間も戻ってこない、という状況は明らかに何かがあった、と考えるべきだ。

 俺は立ち上がる。肉などの素材は諦めるしかないかもしれないが仕方があるまい。

 俺は全速力で隔離場まで駆け抜けた。

 そして途中から鋭い嗅覚が恐ろしい事態を知らせてきた。濃く漂う血の匂いが辺りに満ちていて、それが俺の脚を更に加速させた。


「……!?、ど、どうした!」

 森まで逃げてきたのか猫獣人の少女が血まみれで倒れていた。意識は幸いあったので事情を聞くととんでもない事になっていた。

「助けた、、ヒト達、がっ……ゴホッ、みんな……麻痺、さ……」

 ヒュン、と風切り音がしたと共に、猫獣人の少女の胴から突然鏃が現われた。

「ちっ、外したかー!」

 怒りの表情を押さえられず少女を抱えながら声のした方向を睨むと男が弓を手に持ち、他の者も血濡れた剣や短剣を片手にニヤニヤと笑みを浮かべていた。そしてその顔に俺は見覚えがあった。


「お前らああ!さっきの奴らじゃねえか!!」

「おう、ありがとよ。ポーションか?あれ凄い効き目だよな。助かったぜ」

「ほんっと~一滴飲んだだけで傷跡も全て癒えたわ。獣人には勿体ない薬ね」

 ニヤついた顔にへばりつく血、狂気の表情を浮かべながら自分の得物を弄りながら近づいてくる。

「なぁ。勿体ないよなー、だから貰ってやる事にしたぜ」

 男は腰から下げていた袋から見覚えのある小瓶を取り出した。まだまだ満タンに薬水が詰まった小瓶。昨日親切な少年が、獣人達の為に作って置いていった薬水。

「獣人って魔法が使えないって聞いたけど、状態異常の呪いにも弱いのねぇ」

 ボロボロに擦り切れたローブを着た女が両肩を竦め、侮蔑の目で俺達を見下ろし、

麻痺魔法(パラライズ)を範囲で蒔いたら誰も抵抗できないんだから。笑える」

 俺達は魔法を使えない。そして確かに魔法由来の攻撃の耐性が無い。

 フォレストウルフの群れなんかに遅れをとって全滅寸前だったこいつらに獣人が負ける筈は無い、と疑っていたが、状態異常を蒔かれたのなら……?


「ち、畜生!恩を仇で返しやがって!」

 倒れた少女を地に横たえ、俺は嬲り殺そうとするヒトを睨み、地を蹴って彼らと一気に距離を取った。弓の射程に入らないようにと。

 平原は自分にとっても地に不利がある。できるだけ森の奥へと敵を誘いこみ、走りまくってパーティーがバラバラになるのを狙った。

 案の定予想通り魔法師が早々に体力不足で脱落、行動不能にしておいた。

 麻痺魔法(パラライズ)などの状態異常魔法さえ押さえられれば人数に差があれどなんとかなる。

 ただ殺さぬように加減を忘れずに。

 全員殺してしまうと獣人がヒトを襲った、と言われかねない。いやきっとそう話を作り上げられるだろう。そして今の現状、獣人差別や侮蔑が今以上に加速する、それが怖かった。 

 

 


 話を聞いて行くほど僕の頭は重く垂れ下がった。

 この悲劇の原因を作ったのは自分なんだ、と。

 僕がエリクサー改を安易に渡さなければこんな事は起らなかっただろう。

ただヒトが助かったかどうかは分らないが、それからの虐殺は無かった筈だ。

 自分の思慮浅い行動がこの世界の人々の運命を変えてしまう、自分の立ち位置を考えると身体に自然に震えが走る。

 指先を細かく震わせていると、僕の変化に気づいたアンドールさんが掌を僕の手に被せ、ゆっくりと頭を左右に振った。

「お前のせいではない」

「…………」


「経過は分った。獣人は此方で責任をもって保護する。おい、今すぐパーティーの捜索にあたれ。隔離場付近に遺体は無かった。生存している可能性が非常に高い。さりとてそこまで遠くに離れてはいないだろう。アジェンダとパコダ、それとペトラのパウエルに使者を送れ。書簡は直ぐに用意する。あとテイマーとテイマーギルドに探りをいれろ」

「はっ」

 詰め所に居た警備隊員が命を受け、素早い動きで出て行った。


 陰鬱になりながら荷馬車に戻るが食事を作る気力も無く、荷馬車に潜り込んで横になっていた。

 改めて、自分の行動は慎重にしないと思いながら自分の行動を振り返る。

 自分が干渉したペトラに商店を開いたアリア達は大丈夫だろうか。儲かるという事は他の商人から羨まれるだろうし、恨まれるかもしれない。

 同じような物を売っていたならば、自分の物が売れなくなったのはあの獣人達のせいだ、と憤るかもしれない。

 他が手に入れられないような物を、と商品のラインナップを考えたが、暴力に訴えかける人が脅しをかけて利益を奪おうとするかもしれない。

 正直、獣人がここまでヒト族に蔑まれているという想像力が僕には足りなかった。


『ミヤビ様、考え過ぎです。酷い顔色ですよ。ゆっくり休んでいください』

 マーフィが僕の傍らに座り、無言で見守ってくれている。

 ああ、全方向に心配、かけちゃっているなぁ。

『大丈夫、これからは行動は慎重にするよ』

 そういって無理矢理表情筋を緩めて笑顔を作った。



 三日後、街道は警備隊長の病収束の演説後に封鎖を解かれた。ただ病の出た地区への立ち入りは出来ないとの事。

 普段の僕なら街道待機中に何かしら商おうとするが全くそんな気は起きず、ただ自分達の食事と馬の世話をするだけにしていた。

 ヒトの多い所で珍しいものを披露する事に恐怖を感じていたのかもしれない。

 無難な野菜スープ、肉の塩焼き、硬いパンの繰り返し。


 なんだろう、迷宮での生活が切実に恋しい。ヒトが居らず、あんなに地上やヒト族の街に焦がれたというのに。

 地上での日々が徐々に生き辛いものに感じてくる。この頃から王都への希望は潰えて、どこか静かな場所で、例えば誰も来られないような森の深部でのスローライフに憧れを抱くようになっていった。

 引きこもりの気持ちが少し分るような気がするよ。

「あー……どこかヒトの居ない場所でスローライフ、いいよなあ。時折足りないものを買いに村に現われる的な立ち位置で、飽きたら別の地へ移動する、って生活のほうが良いのかなあ、なぁ馬さんどう思う?」

 とため息をつきながら馬の世話をしていると天翔さん達が戻ってきた。

 何やら警備隊長に呼び出しをされてたらしく、珍しく全員で出かけていた。

「あ、おかえりなさい。馬さんにはご飯をあげておいたから」

「ああ、すまないな」

「出立日時が決まったの?街道は開いたけど」

「ああ。詳しくは荷馬車で話そう」

「はい。じゃあ馬さんに水だけあげてから荷馬車に戻るね」

 ヒン、って鳴いて水飲みたそうな顔でこっち見てるし。


「出立は昼からになるんだが、次の宿場町パコダには直接向かわず、途中少し街道を逸れてフォバイという村に立ち寄る事になった」

「どうしても渡さなければならない書簡があるみたいなんだけど、フォバイという村に続く道に魔獣が頻発していてね、高ランクパーティーでないと難しいみたいなの。街道の魔獣の討伐も兼ねているわね」

 ふぅん。急ぐ旅じゃないから僕は別に構わないんだけど、色々各街で頼まれ事、やっかい事を引き受けなきゃならないSランク冒険者パーティーって大変だな、と僕は思ったら声に出ていたようだ。

「それも含めての義務なの。勿論タダじゃなくてその分色々融通が利くからね!」

 イリアスさんが自慢げに胸を張るが……うん、ノーコメントにしておこう。

 将来に期待、な時期なんだよ、うん。


「そのフォバイ?っていう村はどういった村なの?」

「特殊な村でね。薬草の大繁殖地で、錬金術師と薬師が集まって研究に明け暮れる別邸が割と多いわ。薬剤を仕入れにくる商隊も多いんだけど、件の理由で物流が滞っていてね、ポーションや軟膏などが不足気味なの」

「錬金術かぁ…ちょっと興味ある」

 等価交換しないと手足、身体もっていかれそうな浅い想像が脳内に巡る。思わず両の掌を合わせていたら首を傾げられた。

「それともう一つ、分った事があるの」

「ああ、これが荷馬車に戻った理由だな」

 クリスさんとミーティアさんが言葉を繋げた。

「アジェンダへの道すがら、谷に落ちた貴族がいたろ」

「うん、黒塗りの馬車にのったいけすかない貴族」

 もうアイツに敬意の言葉なんて使わないもんね。

「遺体は二つ程あったみたいだが破損が酷くてな。身元の判明が遅くなったが、馬車に描かれていた紋章からようやく身元が割れた」

 アンドールさんが少し低く、小さな声でイリアスさんを見遣り、イリアスさんはコクリと頷き呪文を唱えた。

「サイレント」

 へぇ……サイレントという魔法があるんだ。僕は隠蔽を魔改造利用してたけど。やっぱり本とかでこの世界の魔法を学んでみたいな。

「はい、この荷馬車の中の声を外から遮断させたわよ」

「ご苦労様。では続ける」

「どうやら馬車の主はイマイル男爵だ。随分急いでいたらしいな」

「イマイル男爵?……」

 はて、聞いた事があるような?

「テイマーの一人で、井戸三、四の担当者だ」

「ああ……バンザイ・マイッタ男爵ね」


「ブッ…………病発生元……元凶だな。調べによるとイマイル男爵がグラスゴを留守にしていた期間は約二十日余り、交代時期に焦っていたと考えれば、あの無茶な振る舞いも納得がいく。問題は何故アジェンダの街道にいたのか、だ。アジェンダかアウラかペトラか、彼が何処に行っていたのかはまだ調べが付いてないので調査中との事だ」


 テイマー自体が亡くなっていた訳か。そして井戸の浄化が滞っていた……割りには

他の井戸も汚染が酷いし、何か組織的な裏を感じるよね。


「んー……単なる旅行……とかじゃなさそうだよね」

「そうだな。割と男爵が街から出かける頻度は高かったらしい」

「黒幕の存在」

 エンターさんがぼそりと呟く。

「そうだな、限りなく何か大きな流れを感じる。まぁ今回話せるのはここまでだ。まだまだ調査結果が足りない。ミヤビ、巻き込んですまんな」


 いや、巻き込み元凶、多分僕なんで。


「さて、じゃあ出立の準備をするか。フォバイまでは約三日の道のりだ」

「サイレント解除」

 イリアスさんがサイレントの魔法を解き、僕らは慌ただしく各々出立の準備に勤しみ始めた。

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