第5話
戻ってくるらしい。当然、その噂の婚約者だが。
蛮族との問題に片が着き、首級を手土産にもうすぐ城へと到着するそうだ。
城は慌ただしく、主人が戻って来るのを心待ちにしていた。
私も朝から身支度を整え、その時は訪れる。
「ただ今よりこの俺が新たな名声と共に戻った。皆も今日は祝杯を挙げるといい!」
玄関のホールに響く声は力があり、入ってきた主人を使用人達と騎士達が頭を下げて出迎える。
「あのお方が?」
「ええ。私の弟であり、ウィンザー家の若き獅子。現当主でありケイト嬢の婚約者である――ルパート・アトキン・ウィンザーです」
ホールの階段から二人で見下ろしながら、隣に立つレイフ様が誇らしげに紹介をなさった。
なるほど、彼が……。
「ようやく顔を合わせる事となったな、この俺こそがルパート。君との婚姻を希望する男だ。美丈夫という言葉が飾りでない事は、この顔を見ればよくわかるだろう?」
ようやく主が姿現した執務室にて、私はレイフ様の案内で噂の婚約予定者と顔を見合わせる。
レイフ様と同じく銀の髪だが、肩にわずかに掛かる程度という違いはある。
それに目には力があり、目じりのつり上がりと合わせて兄弟で印象がかなり違う。
だが……。
(分かっていたけど――若い)
その体は服の上からでも分かる良質な肉を伺わせる。その自信と相まって年不相応に色と貫禄を匂わせた。
それでも、その頬と目元から青さが滲む。背丈は百七十半ば程だろうか? 今の私が踵にヒールを立てているの差し引いても、十センチは低い。
年齢は十八と聞いた。三つ下か……。
「お初にお目にかかります。この度の婚約、このような女に手を差し伸べて頂いた事に感謝を申し上げます。ですが不躾ながら、何故既にとうの立ったこのケイトを欲したのか? その理由をお聞かせ願いたく存じ上げます」
最大の疑問だ。一度婚約に失敗しただけでなく、適齢も過ぎた女だ。
彼が私と同年代以上ならば話は別だが、十八という若さで可愛らしい令嬢を娶らない理由が分からない。
「ケイト嬢! そのように卑下なさるなど――」
「いや待ってくれ兄者。……そうだな、実際気になる話だろう」
私を気にかけて下さるレイフ様には申し訳ないが、こればかり引き下がれなかった。
当初からの疑問、何故私だったのか? 何故私の婚約破棄を知っていたのか?
どう考えても納得のいく答えを見出せず、どうしても聞かずにはいられない。
そしてさらに不思議なのは……ルパート様の視線だ。その目には慈しみが見られる。
(私達は初対面のはず、そのように見られる理由がとんと分からない)
「ふっ、こうして会うのも久しぶりか。以前に顔を合わせたのは十年も前の話だな」
「? 何をおっしゃって――」
「まあ聞いてくれ。……今から十年前だ、当時まだ鼻垂れ小僧だった俺は生前の母と共に南方へと出かけた事があった。初めて見る風土、温暖な街並み。どれ一つとっても新鮮だった俺は、幼さに身を任せて真新しさを求めて――そして迷子になった」
一体何の話をなさっているのか?
それでも話は続く。
「情けない事だが、当時八っつの俺は生意気ながらに臆病でもあった。領地では使用人を困らせるガキ大将でも、見知らぬ土地に一人きりではただの子供でしかない。不安に苛まれ、涙すら浮かびそうになった時に、ある女性が現れた」
懐かしむ姿に、辛さよりも歓びを見出す。
十年前の南方。迷子。ある女性……。
……………。
『どうしたの、ぼく?』
『おねえちゃん、だれ?』
何? 今の。
どこかで、どこかで……。




