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彼女が帝国最強の水術士になった理由  作者: 滝川朗
第十九章:闇術士とその召喚獣が愛し合うなんて、おかしなこともあったものね……
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 同じ頃。

 リファールの弟アデル・レムス・アルバートは、薄暗いランサー城の中庭の一つである庭園を一人そぞろ歩いていた。

 もうさすがにだいぶ慣れたことだったが、この庭園を歩き、虫の声を聞きながら、(つゆ)に濡れた草木の匂いを嗅いだり、本物の薔薇の花の芳香の美しさを知ったり、あらゆることが、アデルに取って胸をときめかすことだった。

 ランサー帝国には感謝せざるを得なかった。


 歓喜に震えながら、お気に入りの場所に大の字になって横たわり、空を見上げた。

 空は茜色から宵闇に色を変えていこうとするところだ。

 アデルは、空の色の移り変わっていく様子を、飽きもせずひたすらに眺めていた。


 この国へ来て、生まれてはじめての体験をたくさんさせてもらった。

 人前に姿を現すことは厳禁とされていたが、こうしてランサー城の一部を歩くことは許されていたのだ。

 全てが貴重な体験だった。

 自分を取り巻く世界の全てが愛おしかった。

 ここから、少しずつ自由を取り戻すのだ。

 誰にも、もうこの自由は奪わせない。


「アデル殿下」

 鈴を転がすような美しい声がアデルを呼んだ。


 傍らに、愛しい人がちょこんと座っていた。


「お帰り、メリー!」

 メリーウェザーの姿を見て、心底ほっとする。


「ただいま帰りました、わたくしの大切なご主人様」


 アデルは思わず大好きなメリーに抱き付いていた。

 ほんの一時でも、彼女が自分の傍から離れることは、アデルにとって耐え難い孤独だった。


「寂しかったよ、メリー。リファールには会えたかい?」

 艶やかな黄金色の髪を撫でながらアデルはメリーの朱色の瞳を覗き込みながらささやいた。


「ええ。それはもう。三年ぶりですもの。お腹いっぱい、いただきましたわ」

 メリーウェザーは美しい声で唄うように言った。


「それなら良かった。心配で心配で堪らなかったんだ。リーファの周りには、優秀な術士がたくさん居るだろう?もしメリーが帰ってこなかったらと思うと、気が気じゃなかったよ」


 くす……メリーウェザーは妖艶に笑う。


「まあ、アデル様ったら、わたくしがそんなヘマをするとでも?あなたの言い付け通り、リファール様以外には手は出しませんでしたわ。わたくしのとってもとっても好みの女の子を見付けてしまったんですけど、我慢しましたわ……えらい?」

 ヴァンパイアのメリーウェザーは、数百歳と言う年齢のくせに、まるで子どものようだった。


「えらいえらい、メリーは本当にいい子だね」


 アデルはメリーウェザーの形の良い小さな唇の感触を楽しみながら言った。


「メリーの好みの女の子と言うのは、黒髪の、紺碧の呪力の女の子のことかな?」


「あら、さすがはわたくしのご主人様。お分かりになります?彼女、クロエ・カイルと言いますの。カイル家と言えばね、世界に名だたる名家ですわ、紺碧の。……一度、味わってみたいものですわ、きっと美味なんでしょうね……。信じられないほどの、美しい、蒼穹の色の呪力でしたわ」

 メリーウェザーは恍惚とした表情をしている。


 アデルは軽い嫉妬を感じた。

 漆黒の呪力のアデルには、メリーにこのような表情を引き出させることは出来なかった。

 メリーのこのように恍惚とした表情を引き出せるのは、リファールか、もしくは美しき呪力を持つ少女たちだけだ。


 リファールはメリーウェザーの首筋に鼻を(うず)め、柔らかな髪を撫でながら、あの日見た黒髪の可憐な少女のことを思い出していた。

 たしかに、彼女の呪力は凄まじかった。

 そして、そのしっとりとした儚げな容姿は、たしかにメリーのお気に入りに入るだろう、と思った。

 同時に彼女は、リファールのお気に入りでもあるようだった。


 アデルはあの日の、リファール対クロエ・カイルの試合の様子を思い出していた。


 リファールがあれほど狂気に満ちた表情で誰かを見詰めるのも珍しいことだった。


 愛だな……。とアデルは思った。

 深い愛だ。殺したくなるほどの。

 時折自分も、大好きな兄上に、同じような感情を抱くことがある。

 

 アデルは兄を深く愛すると同時に、深い怨みも募らせていた。

 アデルはこのようにつかの間の自由を満喫していると言うのに、同じ時、兄上は友人たちとの旅行を満喫しているのだ。

 兄の元にメリーウェザーを差し向けたのは、もちろんアデルだった。

 三人で暗い地下牢の中でお茶をしていた昔のことを思い出し、この上なく甘美で背徳的な感情が込み上げてくる。

 美しい兄が苦痛に耐えている姿を、久しぶりにこの目で見たかったものだと、心底残念に思う。

 我ながら、どこまでも残酷な感情だ。


「まあ、ご主人様。また何か、悪いことを考えてらしたんでしょう?ワルの顔をしておりますわ」

 メリーウェザーはくすくすと笑う。


「メリー……お願いだ。君だけは絶対に、何があっても僕の傍を離れないで。君を失ってしまったら、僕は今度こそ、気が狂ってしまうかもしれない」


 アデルは美しいヴァンパイアに縋り付いて、もう今までに何度口にしたか分からないその台詞(セリフ)を改めて告げた。


「心配無用ですわ、ご主人様。わたくしは最強のヴァンパイアで、『不死者』ですから。人間のように、死ぬことはありませんから、ご安心なさい」

 メリーウェザーは、妖艶に微笑みながら言った。




 そんな、最強の召喚獣で、不死のヴァンパイアであるメリーウェザーにも、唯一逆らえない存在が居た。

 現在、人間界に遣わされている漆黒のプレイヤー【災厄の魔女イグレット】である。


 その夜、メリーウェザーが、大切な大切なご主人様の傍らで人間のように丸くなって眠っていた時。

 二人の寝所にそっと現れた女が居た。


「く、黒の王……っ!」


 メリーウェザーはこの女を見る度にこのように平伏せざるを得ないのだった。

 緩いウェーブの掛かった長い黒髪に、朱色の虹彩――メリーウェザーのご主人様であるアルバート・レムス・アデルの師、イグレットの魔女だった。

 しー……っと、イグレットは人差し指を唇に当てながら言った。


「相変わらず仲がよろしいこと」

 魔女はくすくすと笑った。


「闇術士とその召喚獣が愛し合うなんて、おかしなこともあったものね……」


 メリーウェザーは恐れおののき、一言も発せなかった。


「私の賢き(しもべ)よ。メリーウェザー、お前に命じよう。リファールが学院に還ってきてしまえば、彼の呪力を(すす)る機会は、またしばらくお預けになってしまうよ。もう一度、彼の元へ行くがいい。私が許可する」


 『許可する』と言いながら、それは命令だった。

 闇の眷族であるメリーウェザーは、黒の王である漆黒のプレイヤーにはけして逆らえないのだ。

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