(1)
翌日の朝早く、船はアルバート唯一の港、シュトマールに到着した。ほぼ、予定した通りの航行だった。
サラは優秀な自社の水夫達に礼を言って、船を降りた。
そして、港では、ピカピカに磨かれた黒塗りの四頭立ての馬車が一行を出迎えた。
馬車は二台停められている。
更に、騎乗した護衛の兵士たちも多数。
エドガーたちは呆気にとられていた。
「お、お見逸れしました……。リファールあなた、本当に、王太子サマなのね……。今までのご無礼、どうかお許しください……!」
サラが平伏しそうな勢いで言う。
「くす……何今さら言ってるんだ」
王太子様は出迎えた兵士達に向かい颯爽と進み出た。
「出迎えご苦労……!」
「は……っ!殿下、よくぞご無事で……っ」
兵士達が一斉に最敬礼して、そのうちの代表格らしき者がびしっと答える。
エドガーはますます不思議に思う。
アルバートの王に子どもが何人いるかは知らないが、リファールは大切な王位継承第一位の大切な王太子なのに、なぜわざわざランサー帝国の学院などに留学してきたんだ……?
ランサーに悪意はないものと思いたいが、とても危険を伴う武者修行だ。
アルバートの王はいったい、何を考えているのやら。
「お帰りなさい、リファ……!」
兵士のうち一人が馬車の扉を開け、従者に手を引かれて、美しくたおやかな姫君が姿を現した。
「ただいま、シシー」
二人はしっかりと抱き合った。
「会いたかったよ、リファ……」
鈴を転がすような美しい声が王太子の名を短い愛称で呼ぶ。
エドガーは軽くショックを受けていた。
リファールが許嫁に掛けた「ただいま」の言葉は、幼い子どもみたいに甘えた声で、学院では一度も聞いたことのない声色だった。
リファールは今、とても寛いだ顔をしている。
学院で演じている、爽やかな隣国の王子の姿でも、闘いに挑む際の狂気染みた顔でもない、これが、『素』のリファールなのだ。
愛する許嫁の傍らが、最も寛げる場所なのだろう。
ここにも心から愛し合う男女が一組、か。
エドガーには分からない世界だ。
そして、シルヴィア姫は絶世の美姫だった。
『上』の中の『上』だ。彗星の色に染められた髪色とはよく言ったものだ。
輝く銀髪。折れそうなほどに細くたおやかな腕。絹のような白く滑らかな肌は、触れればよほど心地よいことだろう。
「見惚れてるんじゃないですよ、エドガー。シルヴィア姫はリファール様の許嫁なんですからね!」
チネに突っ込まれて、我に帰る。
傍らのサラは今にも泣き出しそうな顔をしている。
「安心しろオマエら。さすがの俺も、最強の焔術士の許嫁に手を出す勇気はないぞ」
エドガーは苦笑した。
さてはこいつら、リファールの恐ろしさを知らないな?
「貴女がクロエ・カイルさんと、サラ・オレインさんね?」
クロエとサラのフルネームを完璧に記憶していらっしゃる許嫁様だった。
「私が、未来のアルバート王太子妃、シルヴィア・ウッディールですわ。以後、お見知りおきを……っ!私のリファに何かしようものなら、ぜーーーーーったいに、許しませんわっ!リファは誰にも渡しませんから!」
シルヴィア姫はこれ見よがしにリファールの腕にくっ付きながら言った。
綺麗なお姫様……。サラは、惚けた様に、アルバートの隣国、コルネイフ王国のお姫様を見詰めていた。
サラの想像の斜め上を行く美しさだ。まさにお伽噺の主人公、継母がいたら嫉妬されるぐらい美しきお姫様、と言ったところだ。
こんなに可愛いお姫様に、誰にも渡しませんから、とか言われたら、そりゃ、爽やかな王太子様も、メロメロになっちゃっても仕方ないよ……。
「ご学友のみなさまは、こちらへ……」
エドガーたち、リファールのご学友五人は、従者に促されて、ぎゅうぎゅうと馬車に詰め込まれる。
深紅のベルベットが張られた、ふかふかの座席だった。こんな高級な馬車には乗ったことがない。
「バランス悪くない?私たち庶民は一つの馬車にぎゅうぎゅう五人で詰め込まれて、王太子様と婚約者様は二人っきりって……」
サラはこそこそ言う。
「野暮なこと言うなよ」
ユーシスもサラにこそこそと言い返す。
「可愛い許嫁に一年ぶりに合うんだからさ、そりゃ爽やかな王太子様だって、我慢できないよね!さっきのリファール様の蕩けきった顔、見た?」
ユーシスは嬉しそうにニヤニヤしている。
「こら!変な言い方をしないでください……っ!この下衆……っ!」
チネが大好きなご主人様を庇って、真っ赤になりながら抗議する。
この五人の中で一番堪えているのはチネに違いない。さすがにもう慣れっこにはなっているものの、チネはアルバートに帰還する度に、これを見せ付けられているわけだ。
自然と、サラの隣はエドガー、その隣がチネ。そして、向かいにユーシスとクロエの並びになる。
馬車の旅は丸一昼夜だと言う。休憩を挟みながら、アルバートの王都に着くのは今日の夕刻頃とのこと。
サラはそんなに長い間エドガーとゼロ距離と言う状況に、幸せが止まらないのだった。




