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彼女が帝国最強の水術士になった理由  作者: 滝川朗
第十一章:好きでもない者同士が付き合うと言うのも、思ったより悪くないことだった
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(3)

 アルファトスは、心から血を流していた。まるで、『人間』のように。


 これが、アヴァロンの言っていたことか。


 人間の乙女に恋をしたって、ロクなことはない。


 どんなに真摯に対応しようとも、結局、彼らからはそのようにしか見られないのだ。

 この広い西大陸の中でも、最も優れた水術士の原石である彼女に心惹かれ、スフィンクスの『紺碧の王』の力を与えようと思っただけなのだが、それを、取り引きの材料にしていると、そのように思われてもしかたがないことだった。

 事実、そうなのだから。

 永劫の寿命を持つアルファトスが、清濁混沌とした地上世界で生まれ育ち、限られた短い生を生きる人間の少女に憧れ、『触れてみたい』と思ったのは、紛れもない事実だ。

 人間の少女に恋をしたって、ロクなことはない。

 アルファトスが打ちのめされた気持ちで、黒髪の可憐な少女を見下ろしていたら、彼女はそっとアルファトスの足元に跪いて、(こうべ)を垂れた。


 時が止まっているかのようだった。


 彼女の背後では、彼女のパーティーのメンバー達が、屠殺鳥の猛襲を受けて、今にも生命を落とそうとしているにも関わらず、クロエ・カイルはただただ跪いていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい、アルファトス……。あなたを一時でも疑った私が、愚かでした」


 深い藍色の、真摯な瞳と目が合う。

 彼女の切実さが伝わってくる。


「私は、あなたにどうしても、もう一度、会いたかったんです。会いたくて会いたくてたまらなかった。だけど、どうやって会いに行けばいいのかも分からない。あなたが何者かも知らない。あなたを信じたかったけど、信じきる方法が、私にはなかったんです」


 アルファトスは、哀しみに沈んでいた心に、じわりと何か暖かいものが流れてくるのを感じた。

 ほんとに、まるで『人間』みたいだ。こんな感情。


「僕も、会いたかったよ」


 もちろんいつも、傍で見守っていたけどね。

 目の前で、あの忌々しい天使アヴァロンによく似た人間の男の子が、クロエを慰めている姿を、指を加えて見ているのは、人間の言う『拷問』みたいに、正直、(こた)えたよ。


 けれど今、アルファトスは、晴れ晴れとした気持ちで言った。


「クロエ、顔を上げて、よく聞いてくれ。僕は、取り引きなどしない。『プレイヤー』と『アバター』の関係は、契約関係などではないんだ。(こうべ)を垂れる必要などはないよ。代償はいらない。ひとまず今は君に、この場を打開し、仲間を救うための、智恵を授けよう……!」


 アルファトスはクロエの手を取って立ち上がらせた。

「間もなく、結界が修復されるだろう。だが、それだけでは足りない。屠殺鳥には保護者(ボス)がいる。小さき者たちの相手をする前に、先に保護者を倒す必要があったんだよ。本来それほど攻撃力の高くないはずの小鳥達が、こんなに凶暴なのは、保護者の加護を受けているからだ。親鳥を倒すんだ。そうすれば、小鳥達の猛攻は止まるだろう。親鳥の居場所は、……すぐそこだ」


 アルファトスが真っ直ぐに指差して、クロエに智恵を授ける。


 すぐ傍らの樹上に、小鳥たちの巣があった。たしかに彼らはそこから襲来しているらしい。

 こんなに、簡単なことだったなんて……。

 

 クロエは、頷いた。


「感謝します。アルファトス……!」


 クロエは仲間たちの元へと走り出した。


「エドガー!ボスの居場所が分かったわ。親鳥がすぐそばに居る。そいつを倒せば、屠殺鳥の猛攻は止まるわ」

 クロエは我がチームの主砲に指示を飛ばす。


「了解、リーダー、お安いご用だ」


 エドガーはいつもの溌剌とした態度を取り戻して応えた。


「チネ、申し訳ないけど、もうしばらくの間だから、なんとか耐えてね……」


 小さな地術士は苦し気な顔で頷く。状況は変わっていない。

 チネは呪力ギリギリで仲間の盾となっていた。

 そして、その隣で、血を流し、いまだ傷だらけの姿で刃を振るい続ける強固な意志を持った親友は、クロエの顔を見て、ニヤリと笑って言うのだった。


「クロエ、複製(コピー)を、お願いできないかな……?」


「あなた、またそんな無茶なことを……」


「振り返って見てよ。結界、完成したんでしょう?ユーシス?」


 振り返ると、たしかにそこに天使のように綺麗な顔をしたうちの聖術士が、腕組みして佇んでいた。


「サラ、カッコつけるのも、いい加減にしなよ。全然懲りてないんだから……!こないだ僕が説教したばっかりじゃないか!自分のことをもっと大事にしろって……!」


「私は私のカッコ良さを貫く。それが、私にとって、『自分を大事にする』ってことよ」

 彼女は不敵に笑って言うのだった。


体力(タフネス)と呪力は関係しない。どんだけ体がボロボロだろうと、術が使えるのが術士ってもんでしょ!」


 サラは親友のクロエの手を取って言った。

「“半神族(エルフ)の強襲”……!」


 サラの身体から翠緑色の呪力が嵐のように巻き上がり、四方へ放たれた。同時に翠緑の全体攻撃ーー白銀色の刃が、幾重にも巻き起こり、小鳥達を一羽一羽蹴散らしていく。

 サラに腕を取られたクロエはため息をつきながら呪文を詠唱する。


「“複製”」

 サラの術の、完璧なコピーが展開される。

 小鳥たちは一溜りもなかった。

 あっという間に、哀れに切り刻まれた小鳥達の山が出来上がった。

 ユーシスが結界を修復してくれていたので、それ以上、屠殺鳥が湧いて出てくることもなかった。



 その間に、エドガーは屠殺鳥の巣へ向かい、自分の役割をきっちりと果たしていた。

 

「“焼撃(しょうげき)”」


 エドガーの、シンプルかつ最も攻撃力の乗る焔の攻撃呪文が、屠殺鳥の巣を、巣の掛けられた樹木ごと燃やし尽くす。

 あまりにあっけない。

 こんなに簡単なことだったとは……。

 うちの優秀な水術士の、『洞察』のなすところだ。


 振り返ると、サラの最強の風術が、小鳥達を残らず蹴散らしているところだった。


「なんだサラ、全部倒しちゃったのかよ。そんだけ動けりゃ、大丈夫そうだな」


 エドガーがサラの元へと歩きながら呆れた顔で言う。

 

「ボスは倒したぞ……討伐完了だな!」


 そして、サラの身体を横抱きに抱え上げた。


「ち、ちょっとやめなよ……!服が汚れるよ……っ!」

 サラは慌てて言った。


「シヌエの町で、早急に医者を探さないといけないな……」

 エドガーは傷だらけのサラの身体を見ながら呟く。


「こら待てエドガー!やっぱりバカだなお前は!止血処理が先だろう!」

 ユーシスが怒鳴る。


「救急箱なら、私が持ってますよ!」

 チネは、慌てて追い掛けた。


「サラを抱えて町まで歩くのはさすがに大変じゃないかしら……」

 クロエは心配そうな顔をしている。


「それよりお前ら、夏休み、空けとけよ!リファールの実家に行くんだからな……!」


「ちょっと、それ今する話……?」

 サラはエドガーの腕の中で縮こまりながら言った。


「何それ、聞いてないよ。いったい何の話……?」


 皆、九死に一生を得たばかりだと言うのに、あーだこーだ言いながら、町への帰り道を歩いて行くのだった。

 若者と言うのは、バカである。


 いつの間にか姿を消していたアルファトスは、そんな『人間』の若者達を、心底羨ましそうに、憧れの眼差しで見詰めていたのだった。

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