正しいクリスマスイベントとは
あれからヨツバの件に関しては特に音沙汰は無く1ヶ月が過ぎようとしていたが、ココハナの方は多忙を極めていた。
かれんのページはメインもサブも登録者数がどんどん増えており、150万人に届く勢いだ。ココハナの方もキャンプグッズと健康食品の二本柱で利益を上げていた。更に、活性酸素除去サプリの試作が完成し、治験の結果は上々とのこと。クラファンは使わず、ECサイトのみのの販売で、かれんチャンネルでは企業案件的に扱う予定だ。
マスターエルクの方も俺が作った試作品をベースに量産できるか検討を重ねており、またクラファンを通じて近々売り出そうとしている。かれんチャンネルのキャンプイベントでモニター試験を予定となっている。
かれんチャンネルの登録者が爆発的に増えた原因の一つにこのキャンプオフ会があるようで、今では全国からわざわざオフ会のため遠征してくるファンも多くなっている。
かれんの魅了の力は実際に合うと間違いなくファンに引き込んでしまうらしい。
ある意味恐ろしい能力である。
前回からのキャンプイベントには俺たちクロシエ営業チーム数人も参加している。
ウズメのスタッフだけでは女性が中心になり、もめ事が起きたときなどの安全性の確保のためと課長は言っているが、他にも思惑があるらしい。
そんなこんなで、季節はすっかり冬である。
「麗子、今年のクリスマスだけど」
俺は12月の中頃になって初めてクリスマスのイベントについて思い出した。
というか、かれんチャンネル・かれんのココハナの企画、キャンプオフ会の企画については先月より計画を進めていたのだが、プライベートでの件については全く頭から消え去っていた。クリスマスを仕事の「売り尽くしキャンペーン」などとほぼ同様の扱いをしていたのだ。
麗子はにっこりと笑うと
「祐介くん忙しいみたいだし、気を遣わなくても良いんだよ。私はすずめちゃんたちとイベントに行く予定だから」
顔が笑っているが目が怖い。
「そ、そうか。残念だなぁ」
そう言って別れたのだが、それを栄美と兼人に見つかった。
「なにやってんのよっ!」
開口一番栄美からはダメ出しが出た。
「なってねぇなぁ」
兼人からも追い打ちを掛けられる。
「クリスマスって大事なイベントなのよ!人生の365分の1日のしかないんだから。」
そりゃそうだ年に一日しか無いからな。
「去年はどうしてたんだよ?」
「たしか、二人で家でご飯食べてゲームしてたかな?」
兼人の問いに答えながら思い出す。
「それはイベントとして正しいのか?」
「正しいもなにも麗子もそれで楽しんでたみたいだしなぁ?」
「最初の一年はどんなイベントも何をしても楽しいもんなのよ!2年目からが大事よ!」
なぜなんだ?
「分からないみたいね。初めては新鮮だけど2回目からは男の真価が問われると言っても過言では無いわ!」
そうなのか?
「麗子はすずめちゃんとイベントに行くって?」
「そう言ってた。」
「すずめちゃん、たしかコスプレイベントがあるって言ってたと思うけど?」
「麗子もコスプレするつもりか?」
「なわけないでしょ!」
というわけで、俺は改めて麗子にアプローチをすることなった。
しかし、ほぼ毎日会社で顔を合わすし、週に2~3回は夕飯を食べに来るし、月に2回くらいは泊まっていく。
わざわざクリスマスだからと出かけるのもなぁと言うのがインドア派の俺の本音であるが。
「麗子、少しいい?」
丁度自販機へ飲み物を買いに出たタイミングで麗子を捕まえた。
「どうしたの?」
「いやクリスマスの予定なんだけど・・・」
「気にしないでいいよ。ホントに。すずめちゃんとコスプレイベントに行くから」
「麗子がコスプレ・・・」
「ちがうよ。私は写真を撮る係。」
「ああそうか」
そう言えば麗子は写真が上手かったな。
「じゃあそのイベントが終わったらメシでも行かないか?」
「うーん、すずめちゃんと打ち上げに行く話にはなってるんだけどなぁ・・・」
「コスプレのイベント会場はどこ?」
「今回はクリスマスイブが土曜日でお昼からふ頭にあるトレードセンターのビルであるみたい。」
ああ、あの背の高い閑古鳥の鳴いてるビルか。
「でもあんな場所ならレストランとかないだろ?」
地下鉄一本で市内の繁華街までは出てこれるが、現地は埋め立て地だけに閑散としているイメージだ。
「なんかスタッフさんとかと30人くらいでミナミのレストランを予約してるとか言ってたよ。」
「そうか。まぁイブだしな。予約してないと無理っぼいかもな。」
「祐介くんも来る?予定がないんなら。」
俺は予定がないからメシに誘ってるんだが・・・
「考えとくよ。」
俺は席に戻ることにした。
「どうだった?」
席に戻ると兼人が目をキラキラさせて聞いてくる。
「まぁなんというか。フラれた感じ?すずめちゃんに取られた。」
「そりゃ仕方ないな。」
「そうかもな。」
最近は商品の開発などを中心に忙しかった。頻繁に夕飯をうちで食べてるから気にもしてなかったのが本音だ。
それから数日。
気がついたらなぜか俺もコスプレをしてイベントに出ることなんっていた。
なぜこんなことに?
疑問に思いながら古典RPGの騎士の衣装を作ることになってしまった。
白魔道士のコスプレをすずめがするのでパートナーが欲しいと言いだし、麗子が少し意地悪な顔をしながら
「それ、絶対に似合うよ!やってあげようよ!」と言い出した。
絶対にクリスマスの意趣返しだろう。
しかし、俺をなめてるな。この俺の前世は剣と魔法の世界の住人だぞ。
生産者スキルでいくつ防具や武器を作ってきたと思ってるんだ?
って、もちろん知らない事実なんだが。
超有名なRPGゲームの画像を検索する。
うーむ、非現実的なデザインをしている・・・格好は良いのだが・・・。
イメージ画像のデザインは国際的にも有名なイラストレーターのものだ。
「こんな装備で魔物に立ち向かうのは一言で言って危険だ・・・」
今考えると前世の装備と言えばファンタジー要素の少ない1980年代のテーブルトーク形式のRPGの様だ。
どちらかと言えば無骨。レザーアーマーを基準としてそこに鉄板を縫い付けたようなプレートアーマーが高級防具として売られていたっけ。
まぁそれは今回置いておこう。なにせコスプレであって本当に戦闘を行うわけではないのだ。
俺はデザイン画を検索し続けた。同じキャラクターでも色々なバージョンがある。
どれもこれも優美で美しい。現実離れしたスタイルの男女が身につけいてる装備をできるだけ今の俺の体型に合わせて頭の中で設計していく。
そう言えばと、しょっちゅう防具を壊すタンク役のでかい男のために特注のアーマーをオーダーメイドしたことを思い出した。無限の体力があるのかと思えるほどの運動量をこなしながら最後の行軍ではよく俺を守ってくれたものだ。ま、最後は一緒に焼け死んだのだけれど。
「さて、素材はどうするか・・・」
デザインの優美さを損なわないためにはかなり繊細な造形が必要になる。しかしトゲが多いなぁ
強度の低い素材で作ると直ぐに折れたり曲がったりするだろう。比重の軽さと強度を兼ね備えた手頃な金属と言えばチタンである。鉄の半分近くの重さでステンレスと同等の強度がある。
俺はまずベースに使える身体に合った薄いレザースーツを作成し、それに装飾とも言える腕や肘のパーツを造り接続していく。肩のパーツはデザインのアクセントになっているので注意して作る。
「できた・・・」
完成品を見たときの満足度は今も前世も変わらない。やり遂げた感がある。
早速装備してみる。
「なかなかキツいな・・・」
なんだかんだ言いながらもどうしても防御力も考えてしまう自分が悩ましい。
全身が映る鏡で確認してみる。
「なかなかの再現度だな。」
興が乗ってきた俺はつい長剣まで作ってしまった。
ミスリル鋼やアダマンタイト鋼などはこの世界にはないので、これもチタンで作る。
チタンは塗装しなくても処理の仕方で虹色に着色できる。今回はイラストの中で気に入った赤い剣を再現してみる。
赤い刀身の中に金色に輝くラインや柄頭の房飾りもファンタジー感があふれて格好いい。
鐔のデザインがトゲトゲしているがそこは少し少なめにデザインする。自分の身体を傷つけそうな気がしたからだ。
グリップの箇所には同色の赤い革紐を用意して巻き上げる。
房飾りは・・・これは馬の尻尾を赤く着色したものをチェーンで取り付けた。
「できた。」
両刃なのだが反りがありチタン自体の発色も塗装とちがった美しさを表現できている。
「これは改心の出来だな。」
俺は一人で悦に入っていた。
後はこれに合わせた鞘だな。鞘のデザインはイラストから見つけられなかったので俺のオリジナルになるが、造り慣れたものは本当に無骨な物なので、剣のデザインと同様のファンタジー感のあるデザインを樫の木と牛皮で作る。ベースカラーはより深い赤に金の装飾を施す。と言っても真鍮なんだけど。
腰にベルトで吊してみる。
「これはまさにファンタジーだ。」
なかなかの出来映えに頬が緩むそして俺はちょっとしたことを思いつき、さらにネットで調べつつひたすら装備の制作を続けた。
これがあんなことになるとはその時は思いも付かなかったのだが・・・。
クリスマスイブ当日、俺は結構な大荷物を抱えて待ち合わせ場所へと向かっていた。
「あ、長谷川先輩ー!」
先に着いていたすずめが俺を見つけて手を振る。
「なんですかこの大きなスーツケースは?」
俺は大きなスーツケースと肩から釣り師が使うような長い竿ケースを持っていた。
「それより麗子は?」
「あ、先輩、普段は山本先輩のこと名前で呼び捨てなんですね?」
ニヤニヤしている。嫌なヤツである。
「山本先輩はちょっとお花摘みに行ってます。」
変なとこだけこの言い回しはなんなんだ?
「それでイベントはどうなってるんだ?」
「そろそろレイヤーの皆さんがお着替え中で早い人はもう会場に出始めてますよ。」
そう言っていると麗子が戻ってきた。
「長谷川くんおはよう。」
「ああ、おはよう。じゃあ着替えに行くか?」
「そうですね。行きましょう!」
俺たちは張り切るすずめを先頭に更衣室に使われている部屋へ向かった。
もちろん男女で別の部屋になっている。その前で俺は麗子にスーツケースから取り出した大きめの袋を手渡した。
「はいコレ。」
「?」
「小鳥遊の分はコレだ。」
すずめにも同じような袋を手渡す。
「なんですかこれ?」
「まぁいいから着替えて来いよ。」
俺は言うと男性用の更衣室に入っていった。
最近は男性のコスプレイヤーも結構いるんだなぁ・・・そんなことを思いながら装備を身につける。
「な、なんですかっそれ!?」
となりで着替え終えたコスプレイヤーの若い男がこちらを凝視していた。
「ああ、ちょっと古いRPGの・・」
「知ってますよそんなの!」
その声で周りの注意を引いてしまったようだ。
「すげー、それあの4の・・・いや5か?」
「スゴい再現度だなおい!」
うむ目立ってしまった。ちょっと本気を出しすぎたか?
この調子じゃあっちもどうなっていることやら
俺はさっさと着替えると荷物を持って外へ出た。
荷物は手荷物預かり所が特設されており、預けることができた。
最後に剣帯に剣を吊して更衣室の前で二人を待つことにした。
女子更衣室の中がなかなか騒がしいがしばらくして二人が出てきた。
「似合ってるじゃないか。」
「うぉー先輩!」
すずめが超ハイテンションだ。
「これスゴいです!どこでオーダーしたんですか?しかもサイズがピッタリって!」
「あ、そ、それはだな企業秘密だ。」
しまった露出がそれなりにある衣装なのでついピッタリフィットするサイズで作ってしまったのでまるでオーダーメイドだ。
麗子もも出てきたのだが涙目である。
「ちょっと祐介くん酷いよ。」
こちらも同じ作品の女性剣士のコスプレ姿になっている。
見事なプロポーションがファンタジー感あふれるコスチュームにピッタリである。
こちらはすずめのコスチューム以上に肌色多めな仕様になっている。
俺をはめたつもりが自分まで同じ思いをさせられるとは思いもしなかったことだろう。
「はいコレ。剣を吊して完成だ。」
俺は剣帯を麗子の腰に巻いてやる。
「ちょっと、恥ずかしいよ!」
時は遅し、すでに周りには人が集まってきている。
「先輩、格好いいですよ。」
「そうだろう?なかなかの再現度だろう?この剣なんかもスゴいんだぞ!」
俺はすらりと腰の剣を引き抜き天にかざす。
『おぉぉ』
まわりの観衆からどよめきが起きる。
カシャカシャとシャッター音が響く。
俺は装備の出来映えを誇ったつもりなのだがなんかちょっとした演出と思われてしまったようだ。
その後会場を歩き回るとあちこちから撮影させて欲しいとの声が掛かる。
俺、麗子、すずめの3ショットでいったい何枚撮られたのやら。
もちろんすずめ目当てのファンも多くいて
あちこちから「ぴーちゃコール」が掛かっていた。
「祐介くん、疲れたよ。」
麗子が疲弊した顔で俺に迫る。
「女戦士はそんな顔しちゃダメだぞ。なぁぴーちゃん」
「そうですよ先輩!もっと愁いを含んだ、そして意志の強そうな表情でお願いします!」
と難しいことを言う。
麗子もやけになっているのだろう。
「こう?」
「いや、こうです!」
「こう?」
「もっとこうです!」
「こう!」
「そうです!その顔でほらあっち!」
パシャッっと音とともに強い光が俺たちを照らす。
俺はとっさに麗子とすずめを抱きかかえ剣を構えて光源を見据えた。
そこにはプロのカメラマンの撮影機材と大型のカメラがあった。
そして続けざまにシャッターが切られる。
不意を突かれた上この装備から前世の体験と記憶がまじってつい本能的に動いてしまった。
「おぉ!良いね!」
「あ・・・」
俺は誰にも聞こえない程度の呆けた声を出していた。
イベントが終了し疲れたという麗子と二人で俺の自宅へと戻っていた。
装備はイベントスタッフが貸して欲しいというので貸し出すことにし、すずめは全く手放そうとしなかったので譲ることにした。
しかし剣まで渡して良かったかなぁ。銃刀法に引っかからなければ良いけど・・・
実際、刃は付けていないから金属の模造刀扱いにはなると思うけど。
翌週、クリスマス明けで街はすっかり正月ムードに書き換えられていた。
本当に毎年この早き替えのような街の変化には感心する。
夜を徹して飾り付けの着せ替えをしている人がいると思うと頭が下がる。
今日は麗子と同伴出勤になったがシャンプーは別のものを使っているので以前のような失態はないと思う。
「おはようございます。」
出勤すると課長が開口一番
「よお、長谷川。ファンタジーの世界から戻ったのか?」
などと言い出した。
「課長!それはどういう」
一瞬前世のことを言い出したのかと思ったがこちらにスマホの画面を突き出した。
そこにはすずめと麗子を後ろ手にかばいつつ赤い剣を突き出した俺の写真が写されていた。
「!」
麗子もスマホ画面を凝視している。
「なんでってか?」
後ろから兼人の声が聞こえる。
「本物降臨とか言って、SNSでバズってるぞ。」
「マジか!?」
「マジだ。」
「リツイートでどんどん画像が出回っているぞ。この色男め。」
麗子が真っ赤になってうつむいている。
俺はことばを失った。
「どうしてこうなった?」