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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
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クラファンはSNSと併せて使わないと

 「長谷川、俺たちもウズメの事務所へ行くぞ。」

 俺たちクロシエ社員も撤収を終えたスタッフとともにウズメ・プロジェクトのスタジオへ向かう。

 直ぐに編集作業が始まる。

 編集作業は夜中までかかり、音入れが終わる頃には明け方になっていた。

 俺はこっそりとタウリンやカフェインを薬品ギリギリまで配合したサプリメントを合成してスタッフに配り俺も服用する。

 「長谷川、また良いもの持ってるなぁ。」

 課長がニヤリと嫌な笑いを浮かべる。俺は知らん顔をする。

 「お酒と一緒に飲んじゃダメですよ。」そう言いながら一瓶ポケットの中で合成して課長に手渡した。

 また、やらかしたかも知れない。


 その週のかれんチャンネル、かれんのココロノハナタバはともにお祭り騒ぎになった。

 まずはゲリラオフ会と呼ばれることになったキャンプ一泊企画は好評で、さらに次回のロケ日程と参加者募集を翌日のココロノハナタバに引っ張ったおかげで、そちらも今までに無い賑わいを見せた。大夕食会ではファンからのキャンプグッズアイデアも多く寄せられ、クラファンのアイデア収集にも大いに役立った。

 次回のキャンプオフの参加者募集については、コメントからの抽選となり30組が選ばれた、これはもちろんキャンセルも見越しての数だ。

 やはり女性の参加者でキャンプ道具を持っていないファンには、キャンプ場のレンタルアイテムも紹介され、マスターエルクの商品の特設販売サイトへの案内も概要欄にリンクが設置された。

 高波さんに連絡したところ、売れ行き好調との返信があった。

 次回は一ヶ月後にお盆休みを外しての開催となっている。それまでにやることは目白押しである。

 まずアイデアを試作品として形にする。

 これが中々難しい。なんと言っても思いつきからアイデアの選別をして形にするのである。それが猶予一ヶ月しかないのである。

 毎日のようにアイデアの選別会議が行われ、10ほどのアイデアに絞り試作することになった。そして課長からは俺にその内のいくつかの試作が任されることとなった。

 「長谷川、お前さんの顔の利く業者さんに試作の依頼をお願いしたいんだがどうかな?」

 そのアイデアは金属加工系ばかりだったのは例の焚き火台のせいであろう。

 アイデアを図面に起こすのは高波さんがやってくれていたが、実物を作る余裕も工場には無いとのこと。

 正直、俺にとっては難しい作業では無い。図面さえ理解してしまえばありふれた材料であれば一瞬で具現化できる。

 問題はそれをどこが作ったかということにするかだ。そっちの方が頭が痛い。

 と言うことで、俺は架空の会社を建てることにした。

 株式会社、個人事業、どちらかで悩んだが、個人事業の方を選んだ。

 後は誰を代表にするかだが・・・

 俺は思いきって所沢課長に相談することにした。

 もちろん、俺のスキルについては内緒であるが、知り合いが作っている試作品は高校生の時の友達が仕事場の機材で作っていたということにした。なので公にはできないと。

 課長からは「長谷川が代取りをやって会社建てれば良いんじゃないか?」

 と耳を疑うような話が飛び出した。

 「色々と試作を作れる繋がりを持っているなら専門の会社を運営したら良い。上には俺が話を通してやるから。」

 と言うことで突然であるが株式会社プロトを設立することになった。

 なんて安直なネーミングなんだ。プロトタイプを専門で作る会社でプロトとは。

 ただわかりやすいのは良いことだ。

 業務は試作品の図面やアイデアを受け取り、他社に製造を依頼して中間マージンを取るという業態の会社のため、工場などは持たないオフィスだけの会社である。

 会社である限りは利益を出さねばならず、その利益はもちろん仕入れと販売価格の差額になる。そしてその他諸々その当たりは税理士を付けねばならないが、本来仕入れの納品書や請求書などの書類が必要だ。それをどうするか?

 また別の頭痛の種が生まれてしまう。

 で、結局のところ本当に試作を依頼できる工場を探し、本当にそういう試作品の受注を受けるのが一番の近道となったわけである。その中に俺が作った試作品を紛れ込ませることで、制作元が分からなくするわけである。

 今は他にそういう話がないので、あくまで謝礼という形で試作品を作った費用を出すことにした。結局は俺の財布に入ることになるのだが・・・。

 俺が担当したのは前回にアイデアで出たコンパクトで軽量な上に強度と耐熱を備えたテーブル、軽量で強度のあるキャンプチェア、多機能メスティンの3つだ。

 高波さんのアイデアが盛り込まれた図面にさらに俺がアイデアを追加し形にする。

 これは楽しい作業だ。

 株式会社ブロトはまだ登記されただけでオフィスもないので制作は自宅の部屋で行うことに。

 自宅テーブルの上に図面を広げイメージをする。

 まずはテーブル。構造はチタンのハニカム構造の天板をサンドイッチするように板状のチタンを接合する。それを4枚造りそれぞれを固定する器具を取り付け4本の足を付けるまずは一つ作ってみる。

 足の部分はステンレスでいけそうだ。

 強度を試す。

 体重計に板を置き、その上にテーブルを乗せて上から押して50キロまで荷重をかけてみる。多少足がたわむが、40キロまでなら微動だにしない。

 熱耐性も素材からの計算では焚き火をしても一切のひずみが無い。

 これは良い。

 次はチェアだ。2種類のジュラルミンをパイプ状に形成して骨組みを作り、支点部分はチタンを使用する。座面はアラミド繊維を使用し引裂強度を高めた。

 シートはポリエステルに比べ重いが熱にも強く火の粉で穴が空くことも無い。

 60キロの自分が座っても全くたわむことの無いガッチリとした組み上がりと変わり心地である。少し座面は硬い気がするがその分強度が増しているからよしとする。

 メスティンについては本当にアイデアしか書かれていないコンセプトシートのようなものしか渡されていないが、多機能とするならば、飯を炊く、煮る、蒸す、揚げる、炒めるはできなければならないし、そこに食器としての機能も欲しい。でもこれではまだ世に出回っているメスティンの域を出ていない。

 多分、高波さんもそこで悩んだ結果がこの図面なのだろう。

 流行に乗って戦闘飯ごう2型を模倣するか、トランギアの正統派メスティン形状にするか・・・。

 ちなみに戦闘飯ごう2型とは昔からある兵式飯ごうの高さを低くしたような形をしている。小型だがもちろん容量も少ない。

 とりあえず材質はアルミである。熱伝導率が高いので飯炊きは鉄かアルミに限る。妥協してステンレスまでか。

 入れ子構造で本体、フタ、中蓋、ハンドルは必須で、中にサイズを合わせた鉄板を仕込みたいが、あまり厚い物は重すぎる。窒化鉄で3mm程度の厚さとして縁は少し立ち上げる。サイズに合わせたトレーも皿として2枚入れ込みたいこれはステンレス製で良い。

 サイズ的には最大で米が2合くらい炊けるサイズ感がベストかも知れない。

 形状はトランギアメスティンの様な角を落とした直方体のような形状ではなく、楕円形の円柱に近い形の方が便利か?

フタの方向を逆にしてフタをすれば水切りができる穴もあれば便利だ。

 中蓋は二番煎じになってしまうが、スリットを入れて蒸し器として使えるように。素材はチタン。薄く作れるので軽量化できる。

 メスティンを吊すためのツルはチタン合金が良いだろう。チタンは熱伝導が悪いので直火に当たっていない場所は素手で触っても熱くない。

 中にシングルバーナーも入れられたらなおよい。フォーク、ナイフ、スプーン等のカトラリーもだが・・・

 なかなかアイデアがまとまらない。と言うことで、その時に出たアイデアを全部入れ込んだ物を試作する。

 「こんな物か」

 一息つく。今日は昼から試作を作ってくれる工場に出向いていることにして自宅で作業をしていたので、直帰予定になっている。

 なんだかサボっているような後ろめたさもあるが、商品も3点試作できたことだしと自分に言い聞かせる。

 時間はもう17時だ。

 そろそろみんな会社へ戻ってくる時間か、などと考えていたらラインが届く。

 所沢課長からだ。

 「守備はどうかね?期待しているよ。」

 相変わらず千里眼でも持っているのかというタイミングだ。

 あの人こそ、どこぞの能力者の転生した姿なんじゃないのか?


 「スゴいね長谷川くん!」

 試作品を持ってウズメのスタジオでの会議での高波の一言だ。

 体格の良い高波が座ってもほとんどひずみのないチェアに感動しているのである。

 「テーブルの強度もスゴいじゃない?」

 「この食器、色々入ってて面白い!」

 このあたりの声は大井Dや先日キャンプロケに同伴した川田・小野だ。

 彼女たちはファンイベントと化したキャンプロケのアテンドと素人代表としての意見を出してくれることになっている。

 「長谷川くん、この飯ごうというかメスティン?面白いね。」と高波。

 「メスティンってなぜかスゴく流行ったじゃないですか?で色々な商品が出そろってる感じがして、逆に原点回帰的に基本機能に特化した方が良いかと」

 「確かにねぇ。何年か前から再評価されて安いものもずいぶん出てるからねぇ。」

 「その反面、飯ごうも高い物出てますよね。戦闘飯ごう2型とか」

 「そうだよねぇ。ロットが小さいからかなぁ。プレスの金型から作ると割高にならざるを得ないからねぇ。それにこれ、鋳造かい?」

 鋳造加工とは鋳型に溶けた金属を流し込んで加工する方法だ。

 通常、薄い金属の加工は絞り加工やプレス加工で行う。

 「コスト面を考えるとそれなりですが、蓄熱量が高いですから、飯炊きとかには良いかと思いまして。」

 「うーむ・・・絞り加工で作れないかなぁ。いっそ丸形の低いのとかね。食器もスタッキングてし、足も収納できたら固形燃料で自動炊飯とか・・・」

 高波も触発されたのかアイデアが止まらない。

 「高波さん、とりあえず会議を始めましょぅよ。」

 横で見かねた所沢課長が声を掛ける。

 会議では俺の担当したテーブル、チェア、飯ごうの他に、オイルマッチ、ランタン、シートマット、焚き火台、アパレル系ではジャケットやコートが提出されている。

 よく一ヶ月でここまで作ったと言える品数だ。

 ランチ休憩を挟んで17時まで商品一点一点について特徴と利点と欠点が洗い出された。

 そして結論は全てがコスト的に難しいという点がネックになった。

 まぁ、はじめから分かっていた話ではあるが。

 ロット数が小さいのが全てに共通する問題なのだ。

 手作業で作る商品についてはロット数に大きく影響されないが、型や判が必要な物はどうしてもその初期の経費が一個一個の単価に影響してしまう。

 大型の金型など数千万円するものもあるし、重さは数トンにもなる。置いておく管理保管料も必要になる。

 クラウドファンディングで作るにせよコストダウンという高いハードルを越えなければ商品として成立しない。

 「これ、ほとんどがワンオフで作るレベルの商品だよなぁ。長谷川くん、ちなみにこのテーブルの原価は幾らになった?」

 「ざっとですが、3万円くらいですかね?」

 もちろん俺がスキルで製作しているので0円なのだが・・・

 「やはりこのチタンのハニカムコアのサンドイッチパネルがネックになってるよな。原価で3万はキツいなぁ」

 「とりあえず、価格は別にして一度キャンプで使ってみて、参加者の意見も聞いてみるってのもありじゃないですか?」

 大井Dの意見ももっともだ。

 次回のキャンプオフはまた盛りだくさんになりそうであった。


 前回以上にキャンプロケは盛り上がったのだが、新たな問題も発生した。

 それは事前に懸念事項としてあったのだが、参加ファン同士のトラブルである。

 30組50人を超える人数が集まればモラルの低い人間ももちろん参加している。

 特に、かれんチャンネルのファンは女性が多い。そこに目を付けた男性が数組紛れ込んでいたようだ。もちろん長年かれんチャンネルをフォローしてくれている男性ファンも参加しているのだが、にわかファンが女性客に絡んだため、古参の男性ファンが止めに入ってもめたという話のようだ。

 もちろんトラブルを見越して、スタッフ数も増やしていたのだが、事前には止められない。

 アルコールが入るとなおさらだ。

 運営スタッフの多くは女性であるため、アルコールで気が大きくなった男性には対応しきれない。

 そしてかれん自身が仲裁に出向いた。

 「どうしたの?みんな。」

 「あ、かれんさん!」と絡まれていた女子が途端に目をキラキラさせる。

 「仲良くしないとダメじゃないの。」

 これは絡んだ男性にだ。

 今までいきり立っていた男性グルーブが途端に沈静化する。

 「はい、すみまません。ちょっとお酒が過ぎたみたいで・・・」

 「そうだね。嫌がる女の子を相手にしてもモテないよ。それよりこっちでスタッフさんと一緒に飲もうよ。ね?」

 「は、はい。よろこんで」

 俺は「居酒屋かよ!?」って突っ込みそうになったが、さすがの貫禄でことを収めたかれんには素直に舌を巻いた。

 その後も、トラブルが起きそうになるとかれんが収めてはスタッフの多い区画へ誘導してくる。

 ウズメのスタッフの大半はシャングリラ上がりの猛者ばかりである。

 男性だけでなく女性ファンからのウケも絶大だった。

 「うむ、これが魅了の力か・・・すさまじいな。」

 いつの間にか隣に所沢課長がビール片手にたたずんでいた。

 「・・・。」

 「ん?気づいてなかったのかな?」

 「いや、うすうすは、そうなんじゃないかと思ってましたけど」

 「君のことだから、この前の話でとっくに気がついていると思っていたんだけどね。」

 「それって、カリスマで片付けられないんですか?」

 「それで片付けるかい?」

 「なんとも・・・」

 自分自身が更に派手に逸脱したスキルを持っているだけに、この件に関しては歯切れが悪くならざるを得ない。

 状況を整理して考える。

 俺は確実に転生者といえる。ではかれんは?

 課長の話だといくぶん自覚があるらしい。

 考えれば当たり前の話なのだが、転生者が俺一人と考える方が理屈には合わなくなる。

 転生の自覚があるか無いかは別問題として、どのくらいの確率で転生者がいるのか?

 検体が少なすぎて検証することもできない話だが。

 「まぁ、そんなに考え込むことはない。楽しくやろうじゃないか。」

 俺はビールを飲みつつ酔えそうにないと思っていた。


 翌日からはまたウズメでの編集の日々と商品開発の打ち合わせで予想通り多忙の日々がつづく。

 俺は転生者についての課長の話が脳裏から消えることとはなく、常に何かに見張られているような感覚にとらわれ続けていた。

 それでも業務は待ってくれない。

 今回の企画商品はまずアパレル系に絞るとここなった。

 かれんチャンネルの中でかれんが5種類のアウターとパンツの着替えを披露し、アンケートを取って2種類をクラファンで販売するという案が最初に出た。

 そして男性用のアウターも用意するのだが、出演するモデルでもめ始めた。

 些細と言えば些細な話なのだが、かれんチャンネルに出演するモデルを探すのが妥当かどうか?などと面倒なことを言い始めた人がいた。所沢課長である。

 「もっとお祭りにしようじゃないか。」

 ということでモデルをかれんチャンネルの企画として公募してしまったのである。

 そうなってくると、女性の方もとなるのは道理で、一人はかれんで残りの4名を・・・となるはずだったが、それだとかれんの着たものに人気が集中する可能性を考慮して、かれんも審査員に徹することとなった。

 こうして「かれんチャンネルに出演&試作アウター争奪まつり」が開催されることになった。

 週末のかれんチャンネルで告知され、翌日のかれんのココロノハナタバで応募受付を開始した。

 コメントで自己アピールをしてもらうことと、アウターのサイズをコメントに書き込んでもらうという方法で10名の男女を選び出した。

 選ぶ方はウズメスタッフが行ったが予想通り大変な量のコメントから100名に絞り、その後、かれんと俺たちクロシエチームが受け持った。

 まずはそれぞれのモデルに合わせたサイズのデザインを調整し、マスターエルクのアパレル班の力を総動員して試作が完成された。

 そして撮影にはかれんも立ち会い、一言コメントともにかれんチャンネルへの出演も収録された。

 その週末には、かれんチャンネルとかれんのココロノハナタバ両方でデザインを公開した。

 男性用、女性用ともに明るい色合いのデザインとシックなデザイン、ポップなデザイン、ミリタリーっぱくしあげたもの、タウンユースを意識したものの5種類。

 そのデザインから視聴者のアンケートを取り、販売することになった。

 人気は拮抗していたが女性用はポップ系とタウンユースのタイプが選ばれ、男性用はシックなタイプとタウンユース系がわずかに抜け出した結果になった。

 マスターエルクの高波さんと打ち合わせ、クラファンの告知に入る。

 納品は3ヶ月後でオーダー後に縫製に入る。なので受付期間は比較的タイトだ。

 また価格的にも決して安くはできず、海外のメジャーなアウトドアブランドと同等の価格になってしまった。

 しかし高波さんは機能面では絶対に負けないと豪語していた。

 短期間の受付にもかかわらず男女併せて400着は3日で完売してしまった。

 慌てて納期4ヶ月の物を同数追加したがこれも一週間で完売してしまった。

 これ以上は季節的にアンバランスになるため、秋冬用のアウターは打ち止めとなった。

 そして怒濤の3ヶ月が過ぎ、納品が始まる。

 お客様の声を拾ってもかなり好評の様だ。

 高波が豪語しただけあり、難燃性に超撥水性と両立が難しい表面加工に蒸れ防止、防臭など機能性はこれでもかと言うほど詰め込んでいる。

 デザイン面はかれんや大井D他、ウズメとシャングリラのメンバーがかわいいというデザインはたしかに良かった。

 自分的にはミリタリーのデザインががちょっと欲しかった。過度にミリオタ依りでないのが良い・・・と高波と雑談で話していたら、多少デザインが変わるが試作が倉庫にあるからと譲ってくれた。

 もちろん所沢課長がそれを見逃すわけはなく、気がついたらクロシエの営業第一のメンバー用にそろえてくれていた。

 職権乱用ではないか?と思うが高波もそのあたり持ちつ持たれつ、納得済みとのことで快く提供してくれたらしい。


キャンプイベントは月例的に定例化しつつあり、そのたびにかれんのチャンネル登録者は増えていった。

 今まで通り、コスメやファッションのカテゴリーの配信も人気はあったが、2回目以降のキャンプオフでの参加者のライブ配信も解禁にしたため強力なコンテンツになった。

 TVニュースに取り上げられそうになったこともあったが、企業案件絡みであることもありお断りしている。

 ただ、以前から絡みのあるYouTuberとのコラボ企画はオフ会とは別に収録され、こちらも話題を呼んだ。


 この3ヶ月間はココハナとは別に、試作商品請負会、社株式会社プロトの立ち上げや営業第二の田中課長のECサイトの新商品の手伝いなどを行っていた。

 営業のはずなんだが、企画や開発みたいな仕事ばかりである。

 所沢課長は俺と同じようにココハナ関連の業務をこなしつつ、いつも通り営業成績も落としておらず逆に不気味さを感じる。

 俺は今日もウズメ・プロジェクトの事務所から本社へほぼ定時に戻った。

 「毎日忙しいなぁ。」と兼人が声を掛けてくる。

 「まあな。新商品の開発・・・と言ってもキャンプ用品なんだけど、それが佳境に入っててなぁ」

 「まったく、化粧品メーカーがキャンプ用品とか笑えるよな。」

 「笑いごとじゃないぞ。その内お前らもかり出されるぞ。」

 「まさかな。・・・マジか?」

 俺は悩む兼人を後に退社した。

 今日は久しぶりに麗子と自宅に戻っていた。

 週末はなんだかんだと家に泊まりに来るのだが、平日は帰宅の時間が合わないことも増えていた。というのもココハナに関わるメンバーの出勤時間がフレックスタイム制になったためだ。

 ウズメ・プロジェクトの社員はフレックスでありシフト制で基本的に朝は8時から夜は24時頃まで稼働している。

 ウズメ・プロジェクトは星野かれんが100%出資して立ち上げた非上場企業だ。

 役員は名前を借りている数名以外はシャングリラの元スタッフで優秀な人材を登用している。

 シャングリラは新地のクラブで、格付け的にはキャバクラよりはグレードが高いが高級クラブとまではいかない。

 現在のシャングリラはかれんが売却をしたので今は別の資本で動いているが、かれんのスーパーバイザーとしての発言力はまだまだ強い。

 キャストから従業員まで全員かれんの信者なのだ。

 その強烈なカリスマ性はやはり前世のスキルを持っているからなのか?

 ウズメの業務内容は映像コンテンツの制作、運用を軸として、芸能プロダクションの部門もある。

 個人の小さな仕事から、地上波のコンテンツ作成などもスポットで行っている。

 従業員の構成比率は女性8に男性2程度で男性の半分近くはトランスジェンダーとなかなかにユニークだ。

 ネット系の映像制作に重点を置いており、かれん自身を含め、多くの配信者をタレントとして契約している。

 設立から3年だが前年の経常利益は8億を出している。今期は前年度比200%以上の売上を維持しているというとんでもない会社だ。

 かれんはスヴメ・プロジェクトの実質オーナーであるが、肩書は顧問としている。

 その上でクロシエに新入社員として入社しているのである。

 正直、何を考えてるんだろう? ってレベルである。

 課長の話では化粧品メーカーを立ち上げたいから勉強のつもりで入社したとのことだが、今のココハナの事業ばかりしていたのであればそこも疑問になる。

 かれんがクロシエに在籍するメリットってあるんだろうか? 等と色々考えにふけっていたら、麗子がご機嫌斜めになっていた。

 しまった。

 「祐介くん!」

 「は、はい!」

 「今日はお肉ね! いい? 最高級和牛のサーロインだからね! ワインはフルボディの赤ね。あのバル・・なんとかって言うの」

 「バルベーラ・ダルバ」

 「そう、それ!」

 「サラダはシーザーサラダ。マッシュドポテトとショートパスタのスープも。デザートはハーゲンダッツのバニラとクッキークリームね」

 「2個も?」

 「それで手を打ってあげる。」

 「・・・了解した。」

 俺はそれくらいで済んで良かったと胸をなで下ろした。


 翌日、出勤すると所沢課長から早速の呼び出しだ。

 「午後から出るぞ。」

 喫煙ルームに入るとすぐにそう伝えてきた。

 「どちらへ?」

 「ヨツバだ。」

 「ヨツバ?」

 ヨツバと言えば山路前社長が事件に巻き込まれて亡くなった俺の元得意先だ。

 「なにかありましたか?」

 「ちょっとな。で、内藤常務に面談を取り付けてある。」

 俺は少し疑問に思う。

 俺は担当を外れていて今は兼人の担当だからだ。

 ただ、課長の判断は何かある。


 「お世話になっております。株式会社クロシエの所沢と申します。13時より内藤常務とお約束させて頂いているのですが。」

 受付で待つことしばし、会議室へ通される。

 事務員さんが入れてくれたお茶を眺めながら所沢課長の動向をうかがっていると内藤常務が現れた。

 「お世話になっております。クロシエの所沢と申します。」

 「長谷川でございます。」

 課長は低い姿勢で名刺を差し出す。

 「内藤です。社葬の折にはちゃんとしたご挨拶もできずに申し訳なかったですね。」

 そう言いながら椅子を勧めてくれた。

 「失礼します。」

 俺たちはテーブルを挟んだ向かいの椅子に腰掛けた。

 「最近は過ごしすくなって参りましたね。そろそろ紅葉の季節になりますか。」

 課長はにこやかに当たり障り無い季節の話を始める。

 「それで、本日はどういった御用向きですかな?」

 「そうです、内藤常務は長谷川のことはご存じでしたか?」

 「いえ、担当引き継ぎで来られた際にお会いしただけですね。」

 「そうですか、実は弊社では新しい部署を立ち上げまして、この長谷川のおかげでなかなか好調なのですよ。」

 「ほう、そうなんですね。で、うちとの取引になにか変更点でも出そうなのですかな?」

 「いいえ、御社とのお取引は是非今まで通りご懇意頂けたらと。現担当の藤原はご迷惑をおかけしていませんでしょうか?」

 「いや、特には聞いてないね。今日は何かお話があっておいでになったのではないのですかな?」

 「申し訳ありません。私、山路社長様にはお世話になっていたものの、体制が変わられてからはまだご挨拶ができていなかったのもございましたので」

 「そうですか。わざわざご足労いただきありがとうございました。他にご用件がないようでしたらそろそろ・・・」

 「これは失礼いたしました。お忙しいところありがとうございました。最後に一点だけ。」 「・・・なんでしょうか?」

 「山路社長の事件については進展などは?」

 「なぜ君がそれを知りたがるのかね?」

 「先日、捜査官が訪ねてきたものですので、御社の不利益になることなど知らぬうちに話してしまってはご迷惑かと思いまして失礼を承知で伺わせて頂きました。」

 「捜査官?警察が来たと?」

 課長は何も言わずにいつもの笑顔で答える。

 「何か話したのかね?」

 「特には。何か思い出したら連絡をよこせと言っておりました。」

 「そうか、御社とはそこそこ長い付き合いだ。先代社長もお世話になっていたしな。何か警察に話さなければいけないことを思い出したら、先に私に連絡をもらいたい。携帯番号は名刺に書いてあるので。」

 「承知いたしました。」

 内藤常務は立ち上がり、会議室のドアを開けて退出を促した。

 半分追い出されるようにして俺たちはヨツバを後にした。

 俺と課長は以前に兼人と入った喫茶店に入った。

 「課長、一体どういうことなんです?」

 「まぁまて。ここは煙草が吸えたのかな?」

 「禁煙ですよ」

 「まったく・・・まずは、オーダーだ。俺はアイスコーヒーを頼む。」

 俺はアイスコーヒーを2つ頼んで居住まいを正す。

 「長谷川はどう思った?」

 「内藤常務ですか?イラついているように見えましたよ。なぜ怒らせたんですか?」

 「心の声というのは感情が表に出ている方が聞こえやすいんだよ。」

 「心理学ですか?」

 「まぁそんなところだと思ってくれていい。」

 確か、課長は内藤常務と話すのは初めてのはずだ。俺も1度だけしか話したことはない。

 「それで何か思うところがあったんですか?」

 「そうだなぁ」

 課長が間を置くとアイスコーヒーが運ばれてきた。

 店員が去るのを確認してから課長は口を開く。

 「苛立っているだけではなくて、焦ってもいるように見えたね。」

 「警察の話をしたときですか?」

 「そうだね。それくらいは長谷川も感じただろ?」

 一瞬だが驚いた顔をしていたような気もする。

 「彼は『なぜクロシエに警察が来たんだ?何か知っているのか?バレているのか?』と言っていたよ。」

 あまりに具体的すぎる発言に俺は驚いた。

 「課長、まるで聞いてきたみたいな口調ですが・・・」

 「聞いたんだよ。心の声で」

 俺はその台詞を比喩なんだと思った。

 「バレてると言うのはなんだか飛躍してませんか?」

 「本人がそう言ったんだからな。バレちゃいけないことを胸に秘めてるんだろ。」

 整理すると課長は肉声を聞くように心の声を聞いたと言っているのだ。

 俺はその議論は棚上げすることにして続ける。

 「警察はいつ来たんですか?全然気がつきませんでしたよ。」

 「そりゃそうだろ。そんなものは来てないからな。」

 「ブラフですか。」

 「まぁ常套手段だな。」

 しかし、これで内藤常務が山路前社長死亡事件に何らかの形で関与していると考えられる。

 「死亡事件に関与しているのか、もしくは別の何かについて警察に隠していることがあるというのは間違いないね。」

 しかし、今頃になってなぜ課長はヨツバの件に首を突っ込むのか?

 「犯人がどうやらヨツバの内部にいるという話を耳にしてね。」

 だれから聞いたんだ?まったく地獄耳だ。

 「誰が言った話かは内緒だ。」

 「課長。ホントに心の声が聞こえるんですか?」

 「まあね。」

 変なことを読まれてなければ良いんだが・・・

 「タヌキ親父と呼んでることくらいしか気にはしていない。」

 「失礼しました。」

 どうやら課長には創造スキルのことはあらかたバレているっぽい。

 どこまで知られてるのかは不明だ。

 実際に目の前でスキルを使ったことはないはず。

 「そうかな?」

 「・・・課長、どこまで知ってます?」

 「そうだなぁ、教えてやってもいいが、お前も教えてくれないか? 何ができるのかを」

その駆け引きはどっちにしろ俺のスキルを課長に話すことになる。相手は人の心が読めるなら俺には隠すすべがない。

 常時心の声が聞こえ続けてるってことなんだろうか?全く顔色なんて変わってないがそれはブラフかもしれない。

 「もう少し信用してほしいもんだけどね。」

 「信頼はしてますよ。」

 「そう言われるのは仕方ないか。ただ僕は少なくとも悪人じゃないよ。」

 「それはまぁそう思いますよ。」

 「べつに正義の人と言うわけでもないがね。」

 たしかに正義と言うととたんに胡散臭くなる。

 「僕はね。自分の手の届く範囲で理不尽なことから人を助けてやりたいだけなんだ。」

 十分に胡散臭い。

 「やっぱり建前は通用しないか。」

 「さっきから一人称や二人称がコロコロ変わりますがそれは何か意味が?」

 「特に意識はしていないが、そうか、そういう癖もあるのかも知れないな。さすがの観察眼だ。まぁいい。君が知りたそうなので先に僕の能力を開示しよう。」

 自然とゴクリと喉が鳴る。

 「能力はいわゆる読心術だ。ただ、本当に集中しないと完全に相手の思考を読み取るのは難しい。肯定的か否定的か程度の心の動きは常に発動していることも可能だ。そして、この能力を知っている人間には効きづらい。例えば長谷川、君に今後この能力を使おうとするとかなり集中しないと君の心は読めない。」

 「どれくらいの人が課長の能力を知っているんですか?」

 「この世界では片手で足りるくらいだよ。さて本音で話そうか。」

 どこまでが本当なんだか分からないが、課長は敵ではないようだ。

 そもそも敵って考えは違う。敵とは相対する勢力のことを指す。俺を利用しようとしていても利害関係が一致していれば敵ではない。

 「俺も能力を開示したんだ、お前も話してくれても良いんじゃないか?」

 これは中々難しい問題だ。課長の能力は物理的に世界に干渉するものではないため、使っていても表面上証拠も何も残らない。

 だが、俺の能力はその証拠品を作り出す能力と言える。

 再度思うが、どこまでバレているのか?

 「仕方が無いです。これまで誰にも言っていませんのでどう話して良いものやら。」

 俺は手の中にソーマを一瓶作り出した。

 それをテーブルの上に置く。

 課長がソーマの瓶を手に取り開封する。中身を確かめテーブルに戻す。

 「なるほど、そういうことか。」

 すこし考え込む。

 「コピーする能力ではないな?一から作り出す能力か?」

 「簡単なものなら目の前にあればコピーもできます。」

 「うーん、スゴい能力だ。さすがに想像を超えてるな。」

 「問題が一つと言うか顕在化している問題があります。」

 「なんだ?」

 「証拠を消せません。作り上げた物を消去する能力は無いんで。」

 「なるほど・・・ヘタな物を作ると処分に困ると?」

 「放射性物質なんかも理論上作れるとは思いますが、廃棄の方法がありませんね。鉛の棺桶を作ってその中にプルトニウムを作り出すことは可能かと思いますが。」

 「おいおい、冗談じゃないよ。そんなやっかいな物作られたら困るぞ。」

 「プルトニウムは近くにないので、本気で作るなら原発の近くまで出向く必要がありますね。まだまだ未知の多い能力です。前世では簡単な物しか作ってなかったので。」

 「前世の記憶についてはどうなんだ?」

 「かなりはっきりと思い出してきましたね。」

 「どういう世界だったんだ?」

 「いわゆる剣と魔法の世界です。魔族との決戦途中で亡くなりました。課長は?」

 「俺は・・・はっきりとしないんだな。ただ、魔法とか魔物とかそういうのはいなかった気がする。星野はまた違ったイメージがあるらしいが、俺以上に不鮮明なようだ。」

 「課長が確認している転生者は3人ってことですか?」

 「いや、わからん。あまり考えたくないのだが、犯罪者の中にも転生者がいるように思える事件をたまに見かける。」

 「俺の知る限り、物理的にこの世界に影響を及ぼす能力はお前の力だけだ。正直聞いてみて、その能力を持っていたのが長谷川で良かったと思うよ。」

 課長の言いたいことは分かる。まかり間違ってテロ集団に俺のような能力を持つ者がいたら大変なことになる。

 「課長はどのくらいの人間がこういう異能の能力を持っていると考えていますか?」

 「そうだなぁ・・・この会社だけに3人の能力者がいることになるが、そこまで多いはずは無いと思っている。例えば100人に一人と換算したとすると、この国だけで1万人近くいる計算になるが、それはあり得ない。」

 課長の言うことはもっともだ。そこまで人数がいたら社会的に認知されているはずだ。それに最近になって能力者が突然増え始めたというのも違うだろう。

 「それで、長谷川はその能力を使って何か成し遂げたい野望みたいなものはあるのか?」

 どうやら話の核心はそこらしい。

 「いいえ。俺は普通に真っ当に生きていたいだけですし。多少便利なくらいがちょうど良いと思っています。自分や大事な人間に危害が及んだりした場合は全力で抵抗しますけどね。」

 「なるほど。今はそんな感じで良いんじゃ無いかな。アドバイスをするなら、その能力の研究は続けるべきだ。いざという時にまともに使えないのは宝の持ち腐れというヤツだ。」

 「心がけます。」

 「さて、そろそろ行こうか。」

 課長は伝票をもって席を立つ。

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