キャンプデビューと生配信
梅雨も明けて絶好のロケ日和、今日はかれんチャンネルの撮影日だ。
メンバーはウズメの撮影隊は大井Dとカメラマン、マスターエルクの高波さん、所沢課長と俺にかれんの6名。
キャンプ場へ向かう途中にあるスーパーでの買いだしからカメラを回している。
ウズメのスタッフは事前にスーパーに撮影許可を取り付けていたため撮影はスムーズに進む。
キャンプ場に到着すると、まずはキャンプ場の紹介動画から管理棟をかれんが訪れるシーンの撮影。
ウズメのスタッフが前乗りしていて、キャンプ場オーナー夫妻の緊張をほぐしていた。
いよいよ拠点となるの居住空間の設営。
これは不慣れながらも、かれんが一人でこなさなければ動画にならない。
普段は見られないかれんの様子に、撮影班スタッフも「これば良い動画が撮れる!」と興奮気味。
四苦八苦しながらなんとか設営完了。
ソロテントに小型のタープを連結して、流行の折りたたみローチェアにローテーブル。焚き火台。全てシカ師匠、マスターエルクの商品だ。
デザインも統一感があって決まっているが、ちょっと型にはまりすぎてる感はある。
設営も終わり、キャンプ場の紹介動画を撮影する。こちらのキャンプ場は基本的にオートキャンプ場なので車が横付けできるオートキャンプサイトの数は40区画、そしてフリーサイトの芝生の広い区画、その中にウッドデッキ付きのサイトが10区画ある。オートキャンプサイトに炊事棟とトイレが各2つ、フリーサイト区画に各1つずつ設備されている。シャワーは管理棟に併設され3室設けられていた。どれも真新しく清潔だ。
予約制にはなるが、ブッシュクラフト教室や石窯で焼くピザの体験会なども行っている。
流行のグランピング設備こそないものの、なかなかの高規格キャンプ場であると撮影に同行して改めて感心させられる。
キャンプいとえばお料理なのだが、ソロキャンプ体験なので、あまり豪華な料理は趣旨に合わない。まるごと鶏を使用したビア缶チキンを用意していた課長は残念がっていたが、スタッフ用の食事として振る舞われた。
ソロでも簡単に作れて満足度が高くローカーボンなメイン料理はミネストローネとなった。
某メーカーの「基本のトマトソース」にコンソメの顆粒を加え、粗挽きソーセージとミックスベジタブルとエノキタケを入れ煮込む。
一般的にはミネストローネにエノキなど入れないのだが、食物繊維たっぷりでカロリーも低く現代人には優れた食材と言える。
そして、かれんチャンネルの視聴者の多くは美容に関心のある女性ということも配慮して、かれん自身がよく作るサラダやノンカルコールカクテルのレシピなども公開された。
オーナー夫妻も自家焙煎のコーヒーをの差し入れを持っての出演となり、和気藹々とした雰囲気が伝わる動画になった。
動画の最後には使ったギアのインプレッションコーナー。
初心者ならではの意見にマスターエルクの高波さんもメモを取っている。
無事撮影が終わり、管理棟で次回の撮影についての打ち合わせを行い本日の業務は終了。
「さて、俺はもったいないから、高波さんと一泊して帰るよ。あ、明日は有給取ってるからな。」
という課長に「おいっ!」と思いつつ、ウズメの車に乗せてもらって俺は本社へ戻った。
かれんは初めてのキャンプで疲れたようで、今日は編集に立ち会わず、自宅に戻るらしい。
「お、遊んでたヤツが帰ってきたぞ。」
デスクにもどると兼人が茶化してくる。
「課長なんて今頃キャンプ場で飲んでるぞ」
荷物を下ろしつつ俺は返した。
時計を見ると定時を少し回った辺りだった。
「長谷川くん、お疲れ様」
麗子はすずめと営業を終えて戻ってきていた。
「疲れたよ。慣れないことをするとなぁ」
「顔が真っ赤だよ。スゴい日焼け。」
どうりで顔がほてっているわけだ。帽子くらいは持って行けば良かった。
今日は自炊するのは疲れたので、帰りに軽く食べて帰ろうと麗子に提案すると、すずめも付いてくることになった。ってか付いてくるのかよ!
兼人は栄美を待ってから帰るとのことで、俺たちは先に本社を後にした。
ロケから3日後、動画の編集が完了したと大井Dより連絡があり、早速ココハナの居室で上映会が行われた。
20分ほどの動画だが、初めてのキャンプグッズ選びからソロキャンまでの流れが実にスマートでそのまま地上波で流せそうなクオリティだ。
「ご意見を頂けますか?」
見終わった俺たちに大井Dが感想を求める。
「スゴいですね。としか出てきませんよ」
「ソーマの時とはまた違った編集ですね?」
そう、ソーマの時は素人感が強めに出た編集になっていたのだが、今回はプロが本気で撮ったのが分かるクオリティだ。
「今回は、動画を見た視聴者からコメントをもらって商品を一緒に作り上げるというコンセプトなので、ちゃんとした番組に参画する特別感を重視してみました。」
第一回はかれんのデイキャンプでインプレッションなどの他に、マスターエルクの新商品紹介コーナーなどもあり、見応えがある。
従来のフォロアー以外の層も今回で取り込むもくろみもあるので、かれんのファン以外にもキャンプファンに響く玄人好みな演出も加えてある。
ちょっと気の利いたギアを数点、ちりばめてあるのだ。
キャンプ上級者が「あ、これちょっと欲しいかも」って思わせるマスターエルクの試作品なども登場している。
動画公開は本日、金曜日の21時。
一般的に、金土日の21時台がYouTubeのゴールデンタイムと言われている。
かれんチャンネルも金曜日21時配信が毎週の定時となっているので、固定層もガッチリ掴めるはずだ。
併せてツイッターやインスタグラムも公開される。
かれんのツイッターとインスタグラムは一日一回程度の発信を行っているが、ここ数日はキャンプ動画配信予定の告知的な内容もちょいちょい挟み込んでいる。
コメントがある程度まとまったらどんどん返信をしていくスタイルでウズメプロジェクトのスタッフも待機する予定だ。
サブチャンネル「かれんのココロノハナタバ」の定期更新は土曜の21時にかれんチャンネルの切り抜きに一部メインチャンネルで入りきらなかった箇所を再編集して投稿している。
「今日は長丁場になるぞ。今のうちに腹ごしらえしておこう。今日は俺のおごりだ!」
課長が出前のメニューを回してくれる。
「おぉっ!!あざーす!」兼人が反応する。
「ってか、藤原は今から帰るだけだろ?まぁ良いけど一緒に食っていけ。みんなも頼んで良いぞ。」
太っ腹な上司は歓迎されるものである。
さて、今回はコメントをリアルタイムで拾いつつ、返せるコメントはどんどん返していくスタイルだ。そして動画終了後にゲリラライブを行う。
出演はかれんと、マスターエルクの高波さんだ。もちろん、高波さんは声だけの出演となる。
基本的に一時間程度で終了する予定だが、ライブは盛り上がりによっては延長になる。
20時にはスタッフ全員ウズメプロジェクトの事務所に移動していた。
ここには本格的なスタジオがある。写真撮影用のスタジオと動画も撮影できるリビングとキッチンだ。
「スゴい設備ですね!」初めて見た高波さんは驚いていた。
マスターエルクでも物撮り用の小さな撮影スペースは持っているが、ここまで大がかりな本格仕様のスタジオには度肝を抜かれたようだ。
21時、動画が配信された。
閲覧数がどんどん伸びる。
『おぉ・・・』
スタッフ一同声にならない声を発する。
コメントもどんどん入り始める。
Aパートでは、アウトドアギアへの感想が多かったが、Bパートへ入るとコメントも変わってくる。
『かれんちゃんのアウトドアスタイル新鮮!』
『一人でテント立てれるってスゴい』
『かわいいし、おしゃれー』
『キレイなキャンプ場だねぇ』
やはり女性の視聴者が多めだが、中にちょいちょい男性と思われるコメントも混じり出す。
『あ、この焚き火台持ってる。軽い割に使いやすいんだよね』
『このチェアー良いんだけど耐荷重が80kgまでなんだ』
コメントへの返信もかれんがリアルタイムで返していく。
もちろん長文は無理なので「ありがとう!」とか「同じの持ってるんだね」とかになるが、それだけでもファンからしたら嬉しいものだ。
動画の20分はあっという間に過ぎていく。
そしていよいよゲリラライブの配信がスタートする。
冒頭5分はゲリラライブまもなくスタート!のテロップが流れる。
「こんばんは!星野かれんです。みんな私のキャンプデビューは見てくれたかな?」
『こんばんはー!!』
どんどんコメントが流れていく。
「〇〇〇さん、こんばんは。×××さんもこんばんは。」
かれんが目で追えるコメントにライブで声を掛けていく。
「今日は初めてのキャンプ動画を見て頂いた後、ゲリラライブと言うことで、急遽配信しております。」
「みんな見てくれたかな?」
かれんが軽快なトークでライブを進めていく。
「今日は、動画に出演してくれたマスターエルクの高波さんにも音声で参加してくれますよ。」
「こんばんは」
「今回の企画はコメントはもちろん、こういうね。ライブ配信でもみなさんと一緒に新商品を開発していけたらなぁという企画です。」
「クロシエと言えば化粧品メーカーですが、その枠にとらわれずに新しいしチャレンジをしていこうというのがココハナの企画!」
「どしどしアイデアや質問をコメントしてくださいね!」
「既に沢山のコメントを頂いております。」
「火起こしに使ったギアは見たことがないよって〇〇さんより。これについては高波さん、どうですか?」
高波が突然降られて焦っている。
「あ、あれはですね。今試作段階のオイルマッチなんですよ。」
「オイルマッチとは?」すかさずかれんが受ける。
「オイルマッチはオイルライターの一種でマグネシウムに鋼をこすり合わせて火花を散らしてオイルに浸した芯に着火するという、昔からあるんですけどね。」
「新製品なのに?」
「色々改良点があるんですよ。オイル漏れしないとかね」
「デザイン的にはソリッドですよね。」
「ええ、質実剛健なイメージでデザインしてます。」
「現物あります?」かれんがスタッフに声を掛ける。
大井Dの指示で直ぐにオイルマッチがかれんの手元に届く
「これです。」
かれんが実物をカメラに向ける。と、直ぐにアップになる。
長辺10センチほどの直方体にダイバーウォッチの竜頭を大きくしたような突起が出ている。表面は細かい格子模様に飾り彫りがなされている。
「そんなに重くないですが重厚感がスゴいですね。ここを抜いてマッチみたいに使うんですよね。」
「本体はアルミの削り出しで作られています。マッチ部のスクリューの精度はダイバーウォッチ並みに設計されていて、放置していてもオイルはまず気化しません。」
かれんはマッチ部をひねって抜き出し、側面のスリットに埋め込まれている棒状のマグネシウムに強く擦りつける。
シュバッと派手な火花とどもにマッチ部の先端に火がともる。
『おー』というコメントがどっと並ぶ
「おー、ですよね。」
『欲しい!』
「欲しいという声もありますが、いつ頃発売予定なんですか?」
「いや、まだちょっとこだわりたいところもあって、これはまだ試作一号なんですよ。この冬くらいには量産に入りたいのですが、まずは限定販売になるかと思いますね。」
「なるほどです。」
『お高いんでしょ?』
「えー価格が気になる方もいるようなのですが、そこはどうでしょう?」
「今はなんとも・・・安くはないとだけ申し上げておきます。」
『なんだ。シカ師匠の良さが薄れるじゃないすか』
「そこはホントに申し訳ない。クオリティを追求したいというわがままで」
「本音が出たところでつぎのコメント見てみましょう。」
そういうコメントとのやりとりを90分ほど続けていたところ、大井Dからかれんへ指示がでる。
「さて、名残惜しいですが、そろそろお時間も長くなってしまいましたので、次回の予告です。」
大井Dから手書きのフィリップが手渡される。
フリップには「アイデア大募集!!」と書かれている。
「次回は本日頂いたコメントを整理して、こんな商品が欲しいを形にする動画にしたいと思います。それではみなさんおやすみなさい。」
オンエアが終了した。
「お疲れ様でした。」
大井Dがかれんと高波に声を掛ける。
「お疲れ様でした。高波さんありがとうございました。」
「いやー緊張した!」高波はまだ少しハイになっている。無理もない。
時刻は24時過ぎになろうとしている。
俺と課長はウズメの事務所を出ると課長の誘いで一件飲みに行くことに。
課長行きつけのバーは週末と言うことで賑わっていたが、カウンターは空いていた。
reservedのサインが置かれていた。
バーテンダー曰く、常連さんのために週末のカウンターは空けているのだとか。
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
課長はラムベースのダイキリを旨そうに一口飲んだ。
俺はモスコミュールを飲む。
どちらもキンキンに冷やされていて、グラスが霜で曇っている。
「夏はやっぱりダイキリだね。」
そう言いつつ、課長はグラスを干した。
3口でショートカクテルを飲み干す。気持ちの良い飲みっぷりだ。
課長はショートピースの缶を空けて、俺にも勧めてくれる。
「頂きます。」
タバコの香りを嗅ぐと豊かな気持ちになる。
「普段タバコは吸わないんだろ?」
「ええ、課長から勧められたときだけですよ。」
「つくづく不思議なヤツだなぁ」
課長は笑いながら煙を吸い込む。
今や俺はセドリックの記憶を取り戻している。たまに今生の記憶なのか前世の記憶なのか取り違えそうで怖いときがある。
性格もずいぶん影響されているのではないかとの懸念もあるが、麗子にも聞けないでいた。たまに麗子から大人になったと言われるとドキッとしてしまう。
「長谷川、俺に何か隠してることがあるんじゃないか?」
唐突に課長が言い出した。
「何ですか、唐突に。」
と言いつつも冷や汗が出る。
「うーん、まあ直感の部類なんで説明できないが、知られたくないことが常に頭の片隅にあって、話すときも常に注意を払っているような感じかな?」
さすがに鋭い。
「どうですかねぇ。一度頭で考えてから口にするようには癖付いているとは思うのですが」
「まぁ気にしないでくれ。悪意を持っているなら別だがそういう感じでもないと思うから本人に話しているんだ。」
「はあ」
課長の前に新たなショートカクテルが置かれる。
「XYZ」ダイキリのライムジュースをレモンジュースにした感じのカクテルだ。
課長はショートカクテルが好みらしい。
「長谷川はモスコミュールが好きなんだな。」
「ええ、銅のマグカップに入っているのがなんとも郷愁を誘うというか・・・」
「郷愁ねぇ」
課長はまた煙を深く吸い込むと続ける。
「長谷川、生まれ変わりとか信じるか?」
突然の言葉に一瞬戸惑う。
「あるのかも知れませんね。」
こう答えるしかなかった。
「魂がどうとかはよく分からないんだが、そういう解釈がしっくりくる話も色々あるんだよ。」
「そうなんですか。」
「知らないはずのことを知っていると感じたり、初めてする行為が前にもしていたような感覚を感じたりな。」
「課長は俺がそういう対象だと?」
「どうだろうな、俺は前世の記憶を持っているという人と会ったことがあってな。眉唾だろ?その時は俺もそう思った。」
「はい」
「彼女が言うには、前世の特殊なスキルを現世に引き継いでいると言うんだ。」
なんか話がピンポイントになってきたな。
「なぜそのスキルが前世の物と?」
「鮮明ではないが前世の記憶があるらしい。彼女は人を魅了するスキルを持ち合わせているということで、子供の頃から自然と人に慕われていたという。」
「それは単に容姿端麗で性格も良かったととかそういう話なのでは?」
「まぁそういう話のオチでも良いが、結局本当のところは分からないし、彼女がそう思い込んでいるだけなのかも知れない。」
「ただ、俺は彼女を信じたよ。さっきも言ったがその方がしっくりくるんだ。」
「これは酒の上の話と聞き流してくれてかまわない。」
「そうですね。そういうことにしておきましょう。」