商品企画とは何なのか?
「祐介聞いたか?」
朝から兼人がデスクにやってくる。
「何をだ?」
「ヨツバの先代社長だが事件性が高いと発表されたぞ」
「マジか?」
山路前代取りの件は事件と事故の両面で捜査していたが、とうとう警察発表で事件性が高いと発表に至ったようだ。
地元県警に捜査本部が置かれ本格的に捜査が始まるようだ。
容疑者は未だ不明。怨恨か金銭目当ての行きずりの犯行かなかなか答えが出ていないとのことだが
「うちにも聞き込み調査とかあるかなぁ?」
兼人は野次馬根性たっぷりで聞いてくるが、そんなの分かるわけもない。
「どうだろうね。ただの仕入れ先だしなぁ。俺も先方とトラブルになったこともないし山路社長とは顔も合わせたことがないからなぁ」
「一番得をした人物が怪しいとか言うじゃないか?と言うことは時任現社長か?」
「それはどうかなぁ?時任さんって正義感も強いし熱い感じの人だからなぁ」
「人は見かけによらないとも言うぜ?」
「それを言い始めたら誰にでも当てはまるだろうが」
言いながら俺は今日のToDoリストに目を通す。
月末の金曜日、営業部の方に集中したいところだが午前中は外回り、昼からココハナの企画会議だ。
さっとメールに目を通し、即返答できる物は返信しておく。
麗子もすずめと朝の打ち合わせをしている。今日は二人で外回りの予定らしい。
うちの部署では朝礼などはしない方針だ。課長に外出の報告をして各員外出していく。
課長も席にいることの方が少ないので、ホワイトボードに予定を記載し、事務員さんに伝言を頼むことが多くなる。
俺は外出前に麗子に声を掛けた。
「今から外回り?」
見たら分かるだろうにって言われてもおかしくないが、会話のとっかかりみたいなもんである。
「長谷川くんも今から出るの?じゃあ駅まで一緒に行く?」
すずめがチラリとこちらを伺う。
「いいよ。小鳥遊さんもいいかな?」
一応声を掛ける。
「は、はい!いいんでしょうか?」
いいも何も仕事に出るだけなんだが・・・
「もちろん、かまわないよ」
課長に声を掛ける。今日はまだ席にいる。
「外回り出てきます。山本さん、小鳥遊さんも外回りに出るそうです。」
「ああ、よろしく頼む。午後からも頼むぞ長谷川。」
俺たちは本社ビルを出る。
「今日は午後からココハナ?」
「ああ、第二弾の企画会議だよ」
「なんかスゴいことになってきてるね。まだ発足して2ヶ月たたないでしょ?」
そう考えればものすごいスピードで話が進んでいる。
「まさかここまでピースがハマるとは思わなかったけど、かれん様々だね」
「先輩、誕生日なんですって?」
ここですずめが会話に入ってくる。ずっといつ入ろうかとうずうずしていたのを俺は見ていた。
そうだった。24歳になるんだった。
「そうだよ。」
「誕生会しなきゃですよ!」
「でもみんな忙しいからなぁ」
「大丈夫です!ねぇ麗子先輩!」
「そ、そうね、ははは」
麗子が乾いた笑いを発する。
麗子のことだからサプライズで何かしたかったのだと思う。どうしたものか。
「俺もココハナとか色々やってて、予定を決めておくのは難しいかも知れないから、時間が合えばただの飲み会とかで集まれる人だけでどうかな?」
「そうね、祐介くんは忙しいもの!」
なぜか麗子が力説する。
「えー。せっかくコスしようかと思ってたのに」
「気持ちだけでいいからね」
俺は微笑みながらやんわりと止めた。
俺は昼までに3件の得意先を回り、いつものファミレスに入る。
席に案内されメニューを開く
『さて、今日はどのミラノ風にするかな・・・』
後ろの席から声がする。
「おい!」
後ろを振り向くと兼人がいた。向かいの席にはラガーマンが窮屈そうに座っている。
「祐介、ホントにミラノ風好きな?」
確かに、俺はこの店のドリアが好きである。ミラノ風・半熟卵のミラノ風・チーズたっぷりのミラノ風の3種類が楽しめる。
また別のカフェではミラノサンドが美味しい。
しかし、本場のミラノにはそれらのメニューは存在しない。
大阪に大阪風お好み焼きがないのと同じなのか?
半熟卵のミラノ風ドリアなんかはミラノで売り出しても絶対に大人気になると俺は思っているのだが・・・。
「兼人は一旦本社へ戻るのか?」
「ああ、昼からヨツバへ訪問予定なんだが、今朝のニュースがあったからなぁ・・・一旦電話を入れてからにしようかなぁと考えてる。」
朝に電話入れときゃ良かったのにと思わないわけでもなかったが、そこは黙っておく。
ヨツバの現担当者は内藤常務だ。役職は以前と変わらない。
「祐介は昼からココハナだろ?」
「そうだけど」
「次は何を企画するんだ?」
「何にせよ少し間を置きたいところだね。エビデンスのないものは出しにくいから」
課長がいきなりチタン製の焚き火台とか言い出さなければ良いけど・・・
話している間に先にオーダーが通っていた兼人のテーブルに大量に皿が運ばれてきた。 「自分もミラノ風ドリア大好きなんです。」
そう言いながらラガーマンは先述したミラノ風ドリア全3種類をオーダーしていた。
兼人は相変わらずアラビアータだ。
お前も人のこと言えないぞ。
午後から始まったココハナの企画会議
出席者は第二営業から田中課長・高尾主任、川下ルミ子の3名、第一からは所沢課長・俺・かれんの3名。
堅苦しくない会議にしたいという所沢課長の意見に田中課長も賛同しているので、アジェンダなどは抜きにして第二の川下が書記を担当するのみで会議を進める。
「さて、第一弾のソーマは思った以上に良い反応を得られたわけだが。クロシエとしては、今後も株式会社ウズメ・プロジェクトと業務提携という形で運営していきたい。星野くんとしては正式にOKと言うことでいいのかな?」
課長の発言を受けてかれんが答える。
「結構です。僭越ながら私の名前でブランディングを行えば、潜在顧客へのリーチの数も相当数見込めますし、一から立ち上げるより効率的と考えます。」
「ではそれを踏まえての第二弾となるわけだが、どんな商品が良いか意見のあるものはざっくばらんに意見を出して欲しい。」
進行役は所沢課長が買って出ているようだ。ざっくばらんって久しぶりに聞いた気がするなどと思いながらまずは進行を見守る。
まずブランディングするにあたり、顔になるブランド名を決定する。
「ベルエトワール」、フランス語で「美しい星」が暫定的に決まる。調べたところ登録商標に既に登録はあるがエステティックサロン、美容業での登録だ。他に、「ベル・エトワール」では法人登記があり、セミナーの企画や書籍の発行などが公示されていた。
こちらの方が後々問題にならなさそうであるとのことで、「ベル・エトワール」で登録することとする。登記は株式会社ウズメ・プロジェクト名義になる。
肝心の商品の方のブレストはつづく。
「健康食品繋がりで肌改善のサプリとかはどうでしょう?」
高尾主任が挙手しながら意見を述べる。
意見は川下がホワイトボードに記入していく。
アルコール繋がりで悪酔いしないワインや酒宴を盛り上げるパーティグッズまで連想ゲームのように意見が出るが、大半は現実離れしているようだ。
俺はヒヤヒヤしていた。所沢課長が「チタン製の・・」とか言い出さないかと
「この際、ソーマについては切り離して、もっと自由に考えようじゃないか。」
「と、言いますと」
所沢課長の意見を受けて田中課長が促す。
「アウトドア用品とかでも良いんじゃないかな?」
「!」言いやがった!
「星野くんはアウトドアとかは詳しいかな?」
所沢課長はかれんに質問を投げる。
「私はそれほど詳しくはないですが、キャンパー系のYouTuberも多いので知識は一般人程度はあると思いますが分野的に牽引するほどのものではありません。」
かれんのページは基本的にヘアカットやコスメティック、ファッション、ネイル、ボディメイクなど美容に関することが多い。
ネイルサロンや美容室などでの動画配信なども行っていたのでやはり強みはそっちだろう。
「今はキャンプと言っても、グランピングなんかも流行っているので、その流れでオシャレキャンプグッズなんかも面白いんじゃないですか?」
「ココハナのコンセプト的に、星野さんがこう言うの欲しいを商品化する過程をドラマ化して配信しつつ最後にクラファンへ繋げる流れなので、良いかもしれませんよ。」
川下も意見を述べる。
「ではまず星野くんにキャンプを楽しんでもらうことから始めないとダメだね。」
「キャンプグッズにまだ決まったわけじゃないし、他の意見も聞いていきましょう。」
それから3時間色々な意見を出し合うも、実現可能の範囲からキャンプ企画が最有力となった。
本格的にかれんも俺も営業ができなくなるかも知れない。俺はともかく化粧品業界の営業などを学びたいという星野かれんの希望に陰りが出てきそうで少しばかり心配である。
営業部のデスクに戻ると兼人と栄美がやってくる。
「お疲れ。どうだった?」と兼人
「第二弾はどうやらキャンプ用品になりそうなんだけどね。」
「えー!?」栄美が大きな声を上げる。
「デカいよ声が。」
「かれんがキャンプなんて似合わないじゃん!」
「それが逆に良いって話になってだな・・・」
「それあれだよ。夜中に書いたラブレターは翌朝確認してから出さなきゃってのと同じじゃない?」
言われて納得する。どうも暴走気味と言えなくもない。
「所沢課長、あれで大のアウトドア好きみたいだしなぁ」
「既にオタクの域らしいわよ。」
「で、兼人はヨツバの方、どうだったんだ?」
強引に俺は話を変えた。
「訪問しても大丈夫だと言うことだったので、行くには行ったんだが、やっぱり取材依頼とか色々朝から大変だったようだ。」
確かに、取材に応じないとあることないこと好きに書くのが週刊誌だ。
ヨツバの広報担当も当面苦労しそうだ。
「戻りました」
麗子とすずめが帰社したようだ。
自分達のデスクに戻ると営業報告を記入して課長へ提出。その後で俺のデスクに集まってきた。
「おーい、情報交換するなら会議室に行くように」
課長がデスクから声を掛けてくる。
『はーい』
もちろん、会議室で話すほどのものでも無いのでその場で解散となった。
そして定時過ぎ、帰宅の準備をしていると麗子とすずめが帰宅準備を済ませてやってきた。
「長谷川くん、今日はもう終わり?」
「ああ、まぁ考えることは一杯あるけどね。もう退社するよ」
「時間があるなら、ちょっと外で食事でもどう?すずめちゃんも一緒に」
「いいけど」
そういやこの頃、麗子も忙しそうにしていたし、たまにはいいか。
麗子がわざわざ3人でと言っているからには何か話があるのだろう。
兼人や栄美も何も言わずに帰る準備をしているから飲みに誘われることもないだろう。
俺たちは会社近くの居酒屋へ行くことにした。
すずめが「あの居酒屋さんがいい!」と言うからだが、理由を聞くとスイーツが美味しいとのこと。居酒屋でスイーツ?いまいちそういう記憶はないが、どこからか聞きつけた情報なのだろう。
小上がりに通され、まずはドリンクのオーダー。
麗子と俺は生ビール、すずめはファジーネーブルをオーダー。
人の好みには口を出すつもりはないが、食事中に甘いカクテルはどうも合わない気がする。
「お疲れ様でした。」
麗子の声で乾杯。そしてフードのオーダー。
唐揚げ、フライドポテト、チーズ盛り合わせ、枝豆、串カツ盛り合わせ、シーザーサラダ、冷やしトマト。すずめが言っていたスイーツのページもチェックしてみたが取り立てて目新しいものも無い。
居酒屋メニューは原価が安くかつ美味しい物はやはり揚げ物系になる。
冷凍食品が多いので仕入が簡単でロスが少ない。
などと、思わず考えてしまう。
「で、なんか話があったんじゃないの?」
フロアスタッフがオーダーを取り終えると、俺は麗子に水を向けた。
「んー、すずめちゃんがね。長谷川くんに相談したいことがあるとか・・・」
横で甘いロングカクテルを飲んでいたすずめがビクッとなる。
「どうした?山本麗子先輩にいじめられたか?」
「ど、ど、ど、どうして?」
「落ち着け、声が裏返ってるぞ」
この二人、何を企んでるんだ?
麗子が半笑いで乾いた笑顔を顔に貼り付けている。
「何だよ、ダメじゃん!」
そんな声とともに隣のふすまが開き、奥のテーブルに第一営業のメンバーが座っている。
「せーの!長谷川くんお誕生日おめでとう!」
兼人がクラッカーを鳴らす。
おいおい、去年より派手じゃないか!?
新人メンバーが次々にお酌に来てくれるが、毎度グラスを空けさせられる。
ポケットの中でソーマを合成する。
「あ、先輩!ソーマ飲んでる!ずるい!」
ファジーネーブルで酔っ払いつつあるすずめがウザ絡みしてくる。
兼人と栄美の呼びかけで今日声を掛けて集まったらしい。
正直に嬉しいと思った。俺はこの会社に入るまでこういう陽キャ的なシーンとは縁遠く生きてきたし、うらやましくも思わなかった。ただ、こういうことが楽しいと知らなかっただけなのかも知れない。
幹事二人に促され俺は挨拶することに
「皆さん、今日はわざわざ集まってくれてありがとう。まさか今年もサプライズがあるとは思っても見なかったです。去年の抱負はクリアしたので、今年はより豊かな人生を目指して頑張りたいと思います。」
「硬いな!おっさんかよっ!」
兼人のヤジが飛ぶ。
それからは誕生会と言うよりまたテンションの高いただの飲み会になってしまい。
途中、ソーマ争奪ジャンケン大会や、ラウンジ シャングリラ一万円券争奪一気飲み大会など大騒ぎになった。
気がついたら所沢課長が静かに飲んでいてビックリした。
「課長、いつ来られたんですか?」
俺が慌てて言うと
「ソーマ争奪の辺りでこっそりと参加してみたよ。」
と言ってニヤリと笑った。
「うおっ課長!」兼人もビビってた。
その声でやっと全員課長の存在に気づいたようだった。
「いゃーみんながいつ気づいてくれるかと楽しみでねぇ」
悪趣味な・・・
急なサプライズでプレゼントの用意はないからと、俺の飲み代を全額みんなで払ってくれた。
二次会以降は同期同士で集まる感じで、すずめが駄々をこねていたがかれんに連れて行かれていた。
課長は二組に分かれたそれぞれに二次会に付き合えなくて申し訳ないと言いつつ、それぞれに万券を1枚ずつ渡してくれた。
さすが課長、人心掌握の基礎を心得てる。
さて、俺たちの同期は珍しく伏見と田代も参加していた。
田代は相変わらず一定の距離を取っているが最近大佐の面倒を見ているせいか、幾分人間味が出てきたというか、距離感は多少縮んだようだ。
伏見はあれからめざましく進歩していた。
村人Aが村長になったくらいである。
目に見えて性格が明るくなった。
自信を持つと言うことは本当に大事なんだと体現しているようだ。
物腰の柔らかさは変わらないが、人を楽しませる会話ができるようになっていた。
もともと、人間は嫌いではないのだろう。
自分のフィールドで話ができるようになってお客様とも良好な関係を築いているようだ。
そして、二次会はカラオケボックスになだれ込んだ。
栄美と兼人はよく行っているだけあって、歌がうまい。
ビックリしたのが田代だ。めちゃくちゃ上手い!
なじみのスナックでよく演歌を歌っているらしい。渋すぎるだろ。
麗子は人並みくらいには上手かった。
面白かったのが伏見だ。村長のレパートリーは軍歌とアニソンで案外いい声をしている。
「祐介!歌えよ!」
兼人がマイクを回してくる。正確には「リモコンを押しつけてくる」だが。
俺は歌が苦手だ。というか、レパートリーが少ない。
演歌も歌謡曲もアイドルもフォークソングもロックも歌えるほど聞き込んでいない。
俺は一時期洋楽に凝っていたが、もちろん英語の歌詞など歌えない。
最初はかるくいなしていたが、そろそろ兼人も意地になってきている。
数少ないレパートリーの中から一番無難な曲を歌うことにする。
歌い終わって場の雰囲気が微妙だ・・・。
「祐介、俺が悪かった。」
謝るな!!
カラオケボックスを出たのがもう日付が変わってからのこと。
俺と麗子、兼人と栄美はそれぞれタクシーで自宅へ帰ることに。
伏見と田代はもうしばらくカラオケボックスで粘って始発で帰るそうだ。
二人は案外仲が良いのかも知れない。
週末は久しぶりに麗子が入り浸っていたので、隣県にある古都の仏閣巡りへと出かけた。
あいにくの雨模様だったのだが、古色蒼然として趣のある建物と降りつのる雨との相性は寂しくも美しいものがあった。
麗子がスマホでしきりに写真を撮っていたが、なかなか上手に撮っていた。
こういう才能があることに初めて気づかされた。
確かに、付き合ってほぼ一年、まだまだ互いに知らないことも多い。
俺は麗子の両親のこと、親類のことなどについては知らない。
両親ともに健在であることくらいで、どこに住んでいるかも聞いてはいない。
実家はどうやら電車で3時間くはなれた地方らしいことくらいか。
まとまった休みがあっても実家へ帰省する様子もないし、特に避けているわけでもないのだろうが両親や親類などの話題も特にない。
別に根掘り葉掘り聞きたいわけではないだが少しは興味がある。
「なあ麗子。ご両親とは連絡を取ってんのか?」
「どうしたの?突然。」
「別に深い意味はないんだけどな。」
「いつかは聞かれると思ってたから・・・うちね。両親と上手くいってなくて・・・」
「そうなのか。なんか悪いこと聞いたみたいだな。すまん。」
「ううん。良いんだけどね。向こうは実の娘みたいに接しようとしてくれてるみたいなんだけど・・・私、養子なんだ。本当の両親は誰か分からないの。」
「そうなんだ。」
「祐介くんのところは・・・」
「うん、うちは両親が交通事故でなくなって、血縁関係もみな亡くなってるんで天涯孤独ってやつさ」
「祐介くん・・・」
「ごめん、ごめん。そんな顔すんなよ。」
セドリックの記憶が鮮明になって行くにつれ、俺は一人でいることや血が繋がった人間がもうこの世界にいないという、以前から心の中にあった重たい物から少しずつ解放されつつあった。あの世界では当たり前に人の死はこの世界よりも身近にあった。
麗子も自分の出生について知ったのは大学に入った頃らしく、それから両親との関わり方にギクシャクしているとのことであった。
最近思うのは詰まるところ、人間は一人で生きて死んでいくということである。
ただ、人と無関心に生きるという意味ではなく、だからこそ人との関わりを大事にしていこうと感じるのである。借りを作ったまま人生を終えるのはよろしくない。
もし、俺が麗子と、じゃなくても誰かと人生をともにすることがあれば、どちらが先に死ぬにせよ、お互いに貸し借りなしでいたいものである。
週明けからまたココハナを中心に業務はスケジューリングされている。
かれんのメインチャンネル「かれんちゃんねる」ではココハナとのタイアップの成功で更にフォロアーを増やしていた。
タイアップのチャンネル「かれんのココロノハナタバ」も好調に視聴者数を伸ばしており、第二弾の期待も高く、コメント数も目が回りそうな勢いだ。
そのコメントを全てウズメの企画部が視覚化して解析してくれている。
そんなわけでココハナの企画会議には株式会社ウズメ・プロジェクトのディレクターが毎回出席していた。彼女の名前は大井美穂。大井Dと呼ばれている。
大井の仕事は第二営業の高尾と一緒に会議の交通整理のようなことを行い、企画の話があまり横道に逸れないようにしている。反面、面白くなる可能性がる話ではそちらに誘導し広げる手助けも忘れない。話の振り方、誘導、受け答えの上手さはさすがと言える。
彼女を含め、ウズメのメインスタッフの多くはかれんの経営していたラウンジ、シャングリラの元キャストだ。
才能のあるスタッフをヘッドハンティングするのもかれんの構想に入っている。
女性の地位向上とかそういう話ではないが、コミュニケーション能力の高い人は地頭が良いというのがかれんの持論のようだ。それは俺も同意するところである。
ただ、「ですよねぇー!」「それありです!」「間違いないです!」を多用して中身のない言葉だけで会話を成立させているのはコミュニケーション能力とは言わない。と言うのも共感できる。
さて、肝心の議題であるが、かれんがキャンプを始めるという体験と新しいアイテムの開発を行うという流れに決まった。
流れ的には、キャンプ初心者のかれんが、協力店舗のお店にグッズを選びに行くところから始め、専門家の意見を聞きながらまずはキャンプに出かけるという流れで、その中で不便さを感じたり、初心者目線から欲しいアイテムを探したり、コメントをもらってそれを開発してくれる企業を募り商品化していくというもの。
協力店は課長のコネクションから協力を取り付けれそうとのこと。
俺と課長は課長が懇意にしているアウトドアショップへ打ち合わせに向かう。
ルート営業の方は必然的に他のメンバーに変わってもらう。俺の担当店舗はカラーの近い田代組が分担することで一時的にであるが回すことになった。
かれんはまだ栄美と同伴していたこともあり、栄美に任せる。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
長身でがっしりした感じの三十男がバックヤードから顔を出す。
課長の態度を見ると目的の人物らしい。
「お世話になります。」
俺も名刺交換をする。
名刺には店舗名ではなくメーカー名である株式会社マスターエルクの社名が印刷されている。肩書きは商品開発部部長、高波真一とある。
俺と課長が向かったのは有名アウトドアメーカーの直営店だった。
本社は東北地方にあり元々は金属加工業の会社である。
東北地方に本社を持つ金属加工のメーカーがアウトドアブランドを立ち上げていることが結構ある。昔からの金属加工の街ならではと言うべきか。
マスターエルクは中堅どころのアウトドアメーカーで品質の割にリーズナブルな価格で人気があり、アウトドアファンからは「シカ師匠」と呼ばれている。
俺は店長と話す物だと思っていたのだが、軽く飛び越えてきた。
「彼とはキャンプ仲間でね。イベントなんかではよく一緒に焚き火を囲んだもんなんだよ。」
「君もアウトドアを?」
高波氏に水を向けられたので
「キャンプというか・・・野営というか・・・」
ついセドリックの記憶がよみがえって口を突いてしまった。
「ほぉー。それは強者だねぇ」
「そう、前に見せたアレね。彼からのプレゼントだったんだよ。」
「そうなのか!?」
アレとはもちろんテストで作ったチタン製の焚き火台のことだろう。
「あれはよくできていたねぇ!ワンオフと聞いていたが、どこで作ってもらったんだい?」
「それはちょっと・・・」
「ああ、済まない。そうだろうね。これから販売するかも知れない試作品だもんな。言えないか。」
「スゴいとは思ったけどそんなになのか?」
課長が声を掛ける。
「ああ、曲げ加工をしているかに見える箇所の仕上がりが、型に流し込んだように滑らかなんだ。継ぎ目もないし、溶接もしていない。考えられるのは削り出しなんだがコストが掛かりすぎるしなぁ」
「あれだけの細かいところを削るなんて尋常じゃない。」
課長が俺の顔色を見てか話を変える。
「それは置いておいて、今回は初心者の女性がソロキャンプに挑むという動画で、最終的にはそこで意見・要望があったものを作って売り出すという企画なんだ。」
「あんた、化粧品屋だろ?まぁ良いけど。でもなぁ、今やキャンプグッズは大抵の物が売ってるからなぁ」
そう言いながら店を見渡す。
「そう言わずに協力してくれよ。動画配信もするから、宣伝にもなるぜ。」
「と言っても、再生数が伸びなかったら全然ダメじゃん。」
「そこは大丈夫。今回のYouTuberはかれんチャンネルの星野かれんだぞ。」
「え!?マジで言ってるのか?」
「そういうリアクションになるわな」
「そりゃちょっとしたアイドル並みだぞあれは。」
ということで、テントからコンロからシェラカップ、シュラフまでマスターエルク製品でそろえることが約束された。
次回はかれんが実際に来店して高波氏に教えてもらいながらグッズを選ぶところから撮る予定だ。
そして翌週、ウズメの撮影部隊と星野かれんが現地撮影に訪れる。
仕切りは大井Dである。
課長と俺も同伴している。
「今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
星野かれんと高波部長との顔合わせも終わり、撮影開始となった。
事前に大井Dと高波氏との間で打ち合わせは終了していたようで、かれんを誘導するコーナーや勧める商品は暫定的に決めているようだ。
「今日は星野かれん初となるキャンプグッズレビューということで、マスターエルクさんにご協力頂いています。高波さんよろしくお願いします。」
高波氏のオススメはロースタイルでコーディネートしたチェアやテーブルを軸に、ラグやタープ、ソロテントとなっている。
焚き火台は軽量コンパクトのものをチョイス。
後はLEDランタンやガスバーナーなどの小物、クッカーなどを選んでいく。
全体的に今流行なのかアースカラーに水色を合わせた色合いが多い。確かに女子受けも良い気はする。
かれんから、一人で持ち運べるサイズ感にまとめたいという要望があったが、さすがにフル装備では背負い切れなさそうだ。
「と言うことで、初めてのキャンプグッズをマスターエルクの高波さんと選んでみました。かわいくてオシャレなグッズが沢山あってビックリしました。つづいて、実際に使ってみてのレビューをしていきたいと思います。」
かれんが撮影をしめる。
「はい、お疲れ様でした。」
大井Dの声で撮影が終了する。
「どうでした?」
「バッチリでしたよ。」
不安げな高波氏ににっこりと大井Dは微笑みかけ直ぐにスタッフとの打ち合わせに入る。
「いやいやお疲れ様です。どうでしたか?YouTube出演の感想は?」
「普通にお客さんを相手にしてる方が楽だよ。」
「まだまだ出演してもらう予定だから、よろしくお願いしますよ。」
課長が高波氏と談笑している。
今日選んだキャンプギアはそのままウズメ・プロジェクトへと持ち込まれインサート用に個別に撮影されるらしい。紹介しきれなかった新商品なども持ち込まれる。
かれんとウズメのスタッフはこれからスタジオ撮影と編集作業に入とのことで、ウズメの事務所へ向かった。
俺と課長は動画のBパートに当たるキャンプ場のロケハンに向かう。
目星を付けているキャンプ場は都心から車で約1時間のところにあるオートキャンプ場だ。車を横付けできる他、各サイトに焚き火用のファイヤーピット設置されている。
炊事場もトイレも昨年建て替えたばかりで真新しい。
別料金で石造りのピザ釜もレンタルできるというなかなか高規格なキャンプ場だ。
さすがにキャンプ場までタイアップはキツいかと思っていたのだが、オーナーの奥さんがかれんチャンネルのフォロワーで旦那さんに猛プッシュしてくれたおかげで、こちらもタイアップ企画になった。
今後のキャンプ企画の拠点が確保できたので一安心である。
その頃、田中課長の方はソーマの販売に大忙しだった。
本業のクロシエのネット販売事業の拡大に伴い、ココハナの企画になかなか参加できない日々が続いている。
ソーマは当初ドラッグストアでの販売も企画されたが、代理店を介さず全て直送の方式をとることで価格を据え置きつつ利幅を上げることに成功している。
クロシエの健康食品部門としてココハナとは別のプロジェクトで動く可能性も上層部で検討されているらしい。
ウェルネスの観点から「よりよく生きる」をテーマに機能性食品を提供する部門と言える。
ソーマはお酒を楽しむ上で不必要な健康被害を低下させることに着眼した商品で、次に候補として考えられているのは活性酸素を効果的に除去できる商品だ。
生命を維持するために必要なエネルギーを得るため人間は絶えず酸素を消費している。その過程で活性酸素という有害物質が生まれてしまう。また紫外線に当たったり、排気ガス、タバコ、ストレスに至るまで活性酸素が生まれる要因にはいとまがない。
活性酸素は老化や認知症、ガンの原因になるとも言われ、素早く除去することが望ましい。
そこで着目されるのがアスタキサンチンである。
リコピンやビタミン類と併せて取ることで複数の種類の活性酸素を消去することがきる。
さらに電気的作用により活性酸素を除去するプラチナナノコロイド。貴金属である白金をナノコロイド化することで体内には吸収されないが消化器官を通る間に活性酸素を効率的に除去できる。
ちなみに高級料亭などで金箔が乗った牛肉などは見た目だけの豪華な飾り付けのため活性酸素除去などの効果は見込めない。
田中課長から相談を受けた俺は早速ソーマを製造している工場に話してみることにした。
結果は原料支給なら作成可能とのこと。
ネックになったのはプラチナナノコロイド。原料原価が高く普段の取り扱いがないらしい。
治験用サンプルを作成するにもまずはプラチナナノコロイドの原料だけはこちらで供給する必要があるのでまずその購入決済から取る必要があった。
治験に関してもネックになるのが活性酸素が減ったという結果は簡単には見られないため、あくまで個人の感想の寄せ集めになる。
という感じをまとめて田中部長に提出した。
あくまで第二のお仕事の範疇なので、工場と繋いで一旦終了とする。