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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
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麗子の夢


「このお店好きなんだぁ」

 「俺もだよ。特に看板メニューのブイヤベースが美味しい。」

 俺は麗子と案内されたテーブル席に着いた。

 「桜、キレイだったねぇ」

 桜と一緒にいる麗子に見とれていたとはさすがに言えなかったが、今日の撮影デートは満足のいくものだった。

 「お飲み物はどうなさいますか?」

 気の利いた店員がメニューのドリンクのページを開いてテーブルに置く。

 「暖かくなってきましたので、冷えた白ワインなどはいかがですか?」

 「わぁ、それいいですね。祐介くん白にしない?」

 今日の麗子はいつもよりテンション高めだ。

 「お勧めは?」

 俺が聞くとウェイターはメニューのページめくると一本のワインの写真を示した。

 「シャトー・ド・ロッシュモランブラン、本日のワインでございます。」

 俺は値段を見て、ひ汗が出た。これはおいそれと注文できる金額ではないぞ。

 「本日はあちらのメニューの料金でお試し頂けますよ。」

 「あちら」とは壁に掛けてある本日のスペシャルメニューが書かれている黒板だ。

 本日のワインはシャトー・ド・ロッシュモランブランで通常価格の半額だ。

 これならまぁなんとか予算内に収まる金額だ。

 「せっかくなのでそれをボトルでお願いします。」

 「承知いたしました。少々お待ちください。」

 ウェイターは席を離れた。

 「無理したんじゃないの?」

 麗子がクスクスと笑う。

 「ちょっとな」

 まぁたまには良いのを飲んでもバチは当たるまい。

 現物を触ってみれば俺のスキルでコピーできるし・・・などとヨコシマな考えが脳裏に浮かぶ。

 程なくウェイターが氷の詰まったワインクーラーにシャトー・ド・ナントカを入れ小さなワゴンで運んできた。

 「こちらシャトー・ド・ロッシュモランブランでございます。かのモンテスキュー男爵が愛飲したと言われているワインでございます。」

 俺と麗子の前に置いたワイングラスに注いでくれた。

 以前から確認していたのだがワイングラスはリーデルの物を使用している。グラスが薄く、口当たりが良いがそれなりのお値段がする。

 家のワイングラスは全てこれをコピーしたモノで揃えていた。

 便利なスキルだと改めて思う。

 「祐介くんの家のグラスと同じだね?」

 「そうだね・・・」

 麗子は時々変に観察眼が鋭い。

 ウェイターは一旦フロアの端に下がったが、料理の注文のタイミングを見ている。

 俺がこのイタリアンレストランを気に入っているのはこういう気遣いが素晴らしい所だ。もちろん料理も美味い。

 『乾杯』

 俺たちは軽くグラスを上げてから一口含む。

 これは美味い。冷やすことで香りは抑えられているものの口に含むと果物のような香りが鼻腔に抜ける。

 俺は脳裏に深く刻み込んだ。

 さて、そろそろ料理ののオーダーをと思っていると、早速ウェーターがやってくる。

 二人でメニューを見ながら料理を決めていく。

 こういう時間が本当に楽しい。贅沢な時間だ。

 前菜に生ハムのハモンセラーノ、サラダはシーザーサラダ、メインがブイヤベースでデザートにティラミス。

 完全に国境をまたいでいるがそれもありだ。

 スペイン産の生ハム、ハモンセラーノはフランス産のプロシュートよりも歯ごたえがしっかりしていて味も濃い。これがまたワインと良い。赤でもいいが、このシャトー・ド・ロッシュモランブラン(憶えた)には良く合う。

 シーザーサラダはたしかメキシコのティファナが発祥のサラダのはずだ。

 市販のシーザードレッシングとは違い、この店のシーザーサラダは発祥店であるシーザーズの味を模倣しているという話だ。

 そう言うこだわりは俺としても大歓迎だ。職人の魂を感じる。

 メインのブイヤベースは看板メニューだけあって実に旨い。

 洋風寄せ鍋という言い方をする人もいるが、ブイヤベースはフランスプロバンス地方を発祥としたスープ料理の一品だ。トマトやサフランを使い多重的な香りや魚介の旨味が凝縮されている。味変的に使うアリオリソースはニンニクを使ったもので香ばしさが段違いに引き上がる。

 しかしなぜこの店はイタリア料理店なんだ?

 イタリア料理なら同じ魚介スープ料理ならアクアパッツァなのだが

 そう言えば、ピッツァも看板料理になっていたな。

 奥には薪窯があるし、次回の来店ではピッツァを頼んでみよう。

 「祐介くん、また料理のことに没頭してない?」

 麗子が呆れた顔で俺を見ていた。

 またやってしまったようだ。

 前世ではろくなものを食べていなかったせいか、記憶が戻ってからは今世の料理が、やたら美味しく感じるようになって食べ物についてよく調べるようになっていた。

 「すまない。やっぱりここの料理は美味しいなぁと思って」

 「そうだねぇ。ホントに美味しいよね。」

 そう言いながら空いたグラスにワインを注いでくれる。

 「ありがとう」

 なんだかこの時間がかけがえのないものに感じる。

 麗子の微笑む顔を見ながらそう思った。

 デザートとティラミスまで満喫し、俺たちは店を出た。

 近くの駅まで麗子を送る。

 そこまで遅い時間じゃないが明日も仕事だし今日は駅でお別れだ。

 改札を抜ける麗子、肩からは大きなカメラバッグを下げている。

 麗子は振り向き俺に目を向ける。

 「じゃあね。バイバイ」

 俺も片手を上げて手を振り返す。

 ホームに電車が入ってくる。

 麗子が列車の扉に吸い込まれる。

 最後にちらりと俺の方を見た。

 悲しそうな顔に見えた。

 扉が閉まり列車が動き出す。

 俺はただ列車が走り去るのを眺めていた。

 甘く切ないような感覚がまだ余韻として俺に残っている。

 麗子・・・


 突然、周囲が暗転する。

 なんだ?何が起こった?

 どろりとした感覚が足元から俺に伝わる。

 それを感じた瞬間、周りの空間が全て溶け落ちて闇に引きずり込まれるように俺は足元から沈んでいく。

 麗子は無事か?

 電車が走り去った方を見るが闇に閉ざされていて何も見えない。

 何だこれは?

 この感覚は?

 知っている。

 この焦燥感を俺は知っている。

 大事なものを失った後に襲ってくる感覚だ。

 俺は何かをしなきゃならないはずだ。

 それは何だ?どうしたらいいんだ?

 誰か!教えてくれ!!


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