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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
4/48

企画は踊る

 翌週、新規事業のキックオフミーティングが開催された。

 結局、営業と開発部の掛け持ちという人事は一旦白紙になり、営業第一部の仕事と、新規事業の掛け持ちをとりあえずやることになった。

 こんなに行き当たりばったり的な人事で良いのか?

 課長に愚痴をこぼすと

 「それをビジネス用語では臨機応変と言うのだ。」

 と言われてしまった。

 他のメンバーに目を向けると、麗子はまず小鳥遊すずめにテレアポを仕込んでいくようで、オフィスに陣取りすずめとマンツーマンで電話の受け答えをレクチャーしていた。

 栄美は早速客先に星野かれんを連れて行くようだ。

 確かに、あの二人が揃って出向いたら男性担当者はイチコロだろう。

 メガトン級とギガトン級がやってきて営業されたらたまったものでは無い。

 こういう言い方はまた女性差別とか性的略取とか言い出す人も居るが、好ましい容姿の異性と会話することが嫌いな人はいない。苦手な人は居ても。

 話はそれたが、兼人も直ぐにラガーマンを連れて実践で叩き込むらしく、さっさと支度をして出て行ってしまった。

 田代も大佐を連れて外出らしい。

 俺はとりあえずノートパソコンを用意して、ミーティング会場となる会議室へ向かった。

 第二営業部からは田中千恵課長が新企画の主幹を務め、他に高尾みずほ主任が出席している。第一営業部からは俺とオブザーバー的に所沢課長も出席している。

 第二の方はもともとECサイトを手がけているので、外回りの仕事があまりないので動きやすい。うちはまだ俺が半分外回りもするし、未だ開発の方も諦めていないらしくたまに顔を出すように言われている。人事に関しては所沢課長のネゴシエーションに掛けるしかない。

 田中課長からまず企画の概要などの説明がある。

 要約すると

 これからの時代は人と人の繋がりで物を売る時代になる。

 そして一般消費者も巻き込んだ形で商品の販売を行っていきたい。

 SNSを立ち上げて潜在顧客を増やし、クラウドファンディングのように小口の投資家を募り、その人たちに提供する商品を売り出す。

 説明を聞きつつ、これは俺より星野の方の仕事だろうと思う。

 あのインフルエンサーを持ってくれば信者の獲得が捗ることだろう。

 所沢課長を見ると白々しく目をそらす。

 俺は直ぐにピンときた。

 これは俺を巻き込んでから星野を取り込もうとしているな?

 いや、それだけではないはずだ。

 第一営業部は現在

 所沢課長、松阪主任、俺、麗子、兼人、栄美、田代、伏見、それに新人の大佐・ラガーマン、すずめ、かれんだ。

 もしかしたら課長は営業部を抜本的に変えていくつもりなのかも知れない。

 一通り田中課長から構想が語られたが、結局、予算案もプロジェクトのゴールも出てこず、やたらふわふわした感じに終始した。

 よくもまあこんな話にプロジェクトを組んで人の選定をしたものだと少し呆れてしまった。

 ただ、所沢課長はオブザーバーの立場で終始にこやかに話を聞いていた。

 それを見ていると俺的には嫌な予感しかしない。

 ちなみに、このクロシエにも派閥が存在する。

 社長一族直系派閥と外様の派閥だ。

 田中課長は直系に属し、所沢課長は外様である。

 よくドラマなどでは能力のない直系の派閥を外部から来た有能な人材が打倒するという判官贔屓な展開が好まれているが、現実世界では特にそんなこともない。

 直系にももちろん有能な人材も存在するし、それは対立する派閥にも言えることだ。

 ただ言えるのは、自分の能力にしか依り代を持たない外様勢力は貪欲に攻めの姿勢を取りがちだ。

 そういう意味では、今回の企画が直系派閥の田中課長発案というのは少し違和感がある。それほどまでにECサイトの売り上げが悪いのか?そんな話は聞いていないが・・・。

 今回は顔合わせに近いから後日、ブレストをするので各自素案を出しておくこととなり解散した。

 ブレストというのはブレインストーミングのことで、大まかに言うと思いつく限り枷をはめずに意見を出し合って中から良い物を探し出そうという意味である。その際、相手の意見に否定的な意見をぶつけたり否定しないことがお約束だ。

 「どう思った?」

 休憩室に入ると田代課長がショートピースの缶を手渡しながら尋ねてきた。

 「なんか、子会社作って運営していこうとまでの意気込みを感じませんでしたね。」

 俺は両切りの煙草に火を付けながら答える。

 「そうだろうね」課長がにやりと笑う。

 「課長、悪い顔になってますよ?」

 俺がそう言うと、いつもの仏の笑顔に戻る。

 「この企画が成功するためにはキーマンが2人居るんだが分かるかね?」

 「一人は星野ですね?」

 「そう一人は星野くんだ。」

 「もう一人が分かりませんね。」

 「分からないかね?君本人だよ。」

 「俺ですか?」

 「まぁ今回は長谷川個人の能力と言うより、組織力だな。」

 「いまいち飲み込めませんが?俺に組織力なんてないですよ?」

 課長はニヤリと笑うと

 「いや、どういう訳かは知らんが、君はどこかの研究室か製薬会社に太いパイプを持っているね?君のブレーンがその研究室なのか、その研究室のブレーンが君なのかは分からないが、俺は後者じゃないかと思っている。」

 「以前、君にプレゼントしてもらったチタン製の焚き火台だけど、あそこまで作れる会社なんてそうそうないんだよ。それでいて飲み会の時にくれるサプリについても高純度で見事だと大手の製造メーカーが言っていた。あれを生産ラインに乗せないで作るなら、かなり高スペックなクリーンルームが必要だそうだ。」

 しまったなぁ、課長そんなこと考えてたのか。しかも裏取りされてるし・・・。

 「でまぁ考えたわけだ。そういう生産者と繋がりを作りつつ、SNSで星野の信者を中心にバズらせつつクラファンに繋げる。長谷川が毎回違う生産者との間をつなぎつつ星野も絡めてYouTubeなどの動画配信サイトで製品ができていく工程をドキュメンタリードラマとして制作していく。ドラマで仕上がった商品はSNSを通してECサイトで買うことができる。」

 「まずは星野の信奉者を取り込む。」

 「完全に課長の持ち込み企画じゃないですか?」

 「田中課長、この頃苦労してるらしくてさ。同期のよしみでね。」

 「蓋を開けたら課長が子会社のトップとか?」

 「そりゃ上がどう判断するかって話さ。僕はできることをするだけさ」

 ホント、この人は仏の顔したタヌキだよ。眉につばを付けて話を聞かないと痛い目を見る。

 どちらにせよ、まずい状況は変わらない。課長は俺のスキルを外部に協力者がいる前提で話を組み立てている。

 普通に考えて、そんな薄氷を踏むような企画はあり得ないだろう。

 「いや、課長。俺にそんなコネなんてないですよ。友達の友達がたまたまそういう加工業をしていたり、研究室で働いていたりするだけで、ネットワークを持っているわけではありませんよ。」

 「じゃあ頑張って作ってくれ。」

 無茶なことを言う。

 「まずはサプリメントの方から当たってもらおうか。とりあえず今週中に何らかの返答を用意してくれ。動画制作スタッフの方は星野にも伝えておくからな。」

 課長は言い終わると休憩室を後にした。

 終業少し前に栄美とかれんが揃って席にやってきた。

 「長谷川くん、なんか星野さんのことで課長から聞いてない?」

 少し「おこ」のようだ。

 「まぁ、色々と・・・」

 「彼女、まだ新人研修中なんだけど。」

 「もちろん知ってるよ」

 俺に言わずに課長に言って欲しいと言うのが本音だが

 「俺としてもこんな話は寝耳に水だし、未だに田中課長は知らない話だと思うけど」

 「うちの課長は何考えてるのよ?!」

 俺が聞きたいよ。

 「で、どういう経緯からこの話が伝わってるのかな?」

 「私宛てに課長から新規事業の件で長谷川くんを手伝ってくれってメールが来てました。個別に相談したい件もあるから1時間くらい時間を取って欲しいとも」

 かれんが答える。

 さすがに内容までは伝えていないらしい。

 これは俺から伝えろってことだな。

 俺は二人に課長とのやりとりをイヤラシくならないようにオブラートに包んで二人に話すことにした。

 「とまぁそういうわけで、星野くんにはルート営業の他にやってもらいたいことができたって訳だ。」

 「手当は?」

 「ん?」

 「手当は別に出るんでしょうね?かれんの個人資産であるフォロワーを使うつもりなら、それについては別にお金が発生するべきでしょ?」

 「それは、そうだな要相談って感じかも・・・」

 「あんただって、個人のパイプを使うことになるんでしょ?」

 俺は完全に個人のスキルに頼っているけど、表向きはコネクションで製造の目処を立てる話ではある。

 これは本気で委託先を探さないと大変なことになりそうだ。

 「その辺りはこれからだね。この企画自体、第二営業の田中課長主導のはずが、うちの所沢課長が乗っ取ってる感じがするし。」

 「たしかにねぇ。幹部連中の覚えめでたいのはうちの課長の方だもんね。」

 「ところで星野くんはこの話に問題はないの?」

 「はい、特には。ただ、失敗したら炎上する可能性もあるので、その時は手を引かせてもらいます。それとこの案件は私の副業の範囲になりますから、クロシエの給与の手当という形ではなく、株式会社ウズメ・プロジェクトとして業務委託料を請求させてもらいます。」

 さすがにしっかりしている。しかし、かれんの会社名は初めて聞いたな。

 「しかしこの企画、まだ所沢課長が勝手に言ってるだけだからね。通るかどうかはプレゼン次第だね。」

 翌日から俺はルート営業の傍ら、大学時代の知り合いで製薬会社に勤めたり、院に進んだ連中をピックアップして話を聞くことにした。

 製薬会社の方は全くの不発に終わり、研究室に残っている連中の紹介で、小規模な工場を見つけることができた。

 サンプルを送り製造可能とのことで工場直に依頼することでのコスト面もかなり押さえられた。

 ここまで3日でこなした自分を褒めてやりたい。

 そして新企画の会議が始まる。

 ブレストなのでおのおの言いたいことを言いまくる。オブザーバーだったはずの所沢課長がなぜか発言していると思えば、田中課長とともにこの企画のリーダーになっていた。

 第二営業の方は相変わらずふんわりとした企画案を個別に述べるに終始するが、第一営業の参加メンバーは所沢課長いか明確なビジョンの元に意見を述べているのでたちまち主導権を握ってしまう。

 今回、星野かれんも参加しているが、どんな力が働いたかは不明であるが全員が黙認している。

 うちの課長の勝負は戦う前に決している理論に基づき第二営業メンバーから出される不安要素などを見事なまでに潰していく。すでにブレストと言うよりディベートに近い展開になって居るではないか?

 このタヌキ親父の怖いところは本当にこういうところにある。

 会議の終盤では新会社設立から年間収支までの出してしまうこの大風呂敷ぶりには笑うしかなかった。

 ただ新企画のプロジェクト名の決定権を田中課長に委ねた辺りはさすがだと思った。

 こうしてプロジェクト「ココロニハナタバ」が動き出した。

 後にプロジェクト名はココハナと呼ばれるようになる。

 企画概要は以下の通りだ。

1.企画は星野かれんのSNSにて配信する。サブチャンネルも作成する。

2.製品の製造や打ち合わせもネット配信する。

3.報酬型のクラウドファンディングで資金を調達し製造する。

4.クラファンで成功事例になった製品はドラッグストアなどでも後日販売していく。

5.軌道に乗り次第、株式会社として運用していく。

6.システム開発運用は第二営業、SNS運用動画撮影製造工程管理は第一営業が行う。

7.動画作成・SNS運用は株式会社ウズメ・プロジェクトに委託する。

 第一弾は酢酸菌、オルニチン、クルクミンの高配合サプリメント、「ソーマ」販売計画を軸に動画撮影や記事の作成に入ることになった。


 俺は翌日、製品開発部にいた。鈴木部長からの呼び出しだ。鈴木部長は長年開発部を仕切っている商品開発のプロでこれまでも多くのヒット商品を生み出していた。

 「忙しい中、わざわざ来てもらって悪いね。」

 社交辞令的に鈴木部長が口火を切った。

 「いえ、こちらこそ色々ご迷惑をおかけいたしておりまして」

 「それは、上からの指示だから仕方がないじゃないか。お互いに。」

 なにか含むところはあると言いたいようだ。

 「ところで、面白い物を作っているらしいじゃないか?」

 「新規プロジェクトのことでしょうか?」

 「そうそう、ココハナと言ったかな?いい製造会社を見つけたらしいじゃないか。」

 「まぁ、品質管理もしっかりしていますし、小さなロットでもリーズナブルなのがメリットですね。」

 「それだけじゃないだろ?」

 「と言いますと?」

 「製品の設計は長谷川くんが行ったんだろ?だからその分安くできてるとも聞いたのだけどね。」

 「まさかですよ。私自身商品の開発に関しては素人ですし、あれはたまたま、知り合いの研究室の試作品があったのを使ってみて良かったからということでして。言うなれば瓢箪から駒というやつですよ。」

 なんか言い訳じみてるか?

 「その研究室はよく処方を提供してくれたもんだね。まぁいいさ。そういうことにしておこう。で、本来ならうちの部署に着任してもらうはずの期待の新人だったきみがいつの間にか競争相手みたいになっちゃってるのはどういうことかというスタッフもいるんだよ。私もなだめるのが一苦労でね。なにせどこも人手不足だからね。」

 「お察しいたします。」

 「分かってくれて嬉しいよ。でだ、単刀直入に言うとだね。そのサプリメントをうちの開発で更に良い物にしてから量産体制に入るというのはどうかと提案したいのだよ。」

 なるほど、ビタミンEか何か適当な物を少し加えて開発したのは製品開発部の手柄にしようと言うことか。

 「うちのお抱えの工場で作れば訳の分からん新規の工場なんかと契約しなくて済むだろう?」

 「なるほど。部長のお話は承りました。私の方から所沢課長の方へ話を回しておきましょう。一応プロジェクトリーダーの一人ですから。」

 そう言うと鈴木部長は少し顔をしかめたように見えた。なかなかの自制心だ。

 「そうだな。たしかにリーダーに話を通さないで物事を決めちゃいかんな。縦割り過ぎるのも仕事が非効率になっていけないがね。」

 「おっしゃるとおりです。」

 やはりこの人は開発部の人間だ。腹芸が下手くそだ。

 「ところで、今開発部では何をトレンドに据えて開発をされているのですか?」

 「うむ、やはりクロシエと言えば男性用化粧品だからね。いまや男性も女性並みに化粧品を使う時代になった。」

 「そうですね。おっしゃるとおりだと思います。」

 「基礎化粧品は比較的前から使われていたが、最近はファンデーションやアイメイクなどもニーズが高まってきているね。」

 「なるほど。韓流ブームがきっかけでしょうか?」

 「そうだとも言えるし、世界的なムーブとも言えるね。最近では性別の境界線があやふやになってきた結果とも言える。ほんの15年前までは同性愛者はテレビでもネタ扱いされていたからね。今、同じ番組を放送したら差別主義者だレイシストだと言われかねないね。」

 「おっしゃるとおりです。」

 鈴木部長は色々思うところがあるのだろう。フェミニズムや男女平等のあり方などについて15分ほど話してやっと解放してくれた。

 第一営業部に戻ると課長が珍しく着座していた。

 「どうだった?」

 「予想通りというか、なかなかに図太い提案がありましたよ。製造も仕切りたいみたいですね。」

 「ほう、それは中々に強欲なことだ。」

 「課長に伝えますと言っておきましたよ。」

 「あらら、長谷川くんも言うねぇ。」

 「僕はただの入社一年目の平社員ですよ?」

 「何度も言うけど、そんな風に感じないんだよねぇ」

 「課長とは一廻り以上違うんですから。」

 「それはそれで傷つくなぁ。まあいいか。ところで昼から外回りだろ?昼飯行こうぜ。」

 「奢ってくれますか?」

 「そういうところだけは新人ぽいんだよな」

 俺は課長にファミレスでミラノ風ドリアを奢ってもらった。


 「お疲れー」

 「お疲れ様です。」

 外回りの帰り、最寄り駅で栄美とかれんと偶然一緒になった。

 「お疲れ様。今戻り?」

 俺は近くにあった自販機でミネラルウォーターを3つ買う。

 「はい、どうぞ」

 「ありがとう」「ありがとうございます」

 しかし、かれんには少し驚かされた。

 彼女の資産は税務対策として会社扱いになってはいるが億単位のはずだ。しかし彼女の人に対しての態度におごりがない。

 グラビアアイドル然としたビジュアルとのギャップが際立つ。

 栄美もそこが特に気に入っているようだ。

 「長谷川くんはかれんとプロジェクトで一緒に行動してるんだよね。」

 唐突に栄美が言い出した。

 「そうだけど。」

 「麗子がすねたりしてない?」

 なかなか痛いところを突いてくる。

 「正直、それは覚悟してたんだけどさ。全然そういう感じがなくて、肩透かしというかさ。」

 「すずめちゃんのお世話で精一杯なのかな?」

 そう言えば最近は小鳥遊すずめとよく晩ご飯を食べに行っているようだ。

 「かれんはすずめちゃんとはよく話すの?」

 栄美に水を向けられたかれんも少し思案してから

 「そうですねぇ、私は栄美先輩と外回り、長谷川先輩とココハナ、帰ってからはインスタとか生配信で今は一杯なんで・・・もう少し同期のメンバーとも交流したいとは思ってるんですけど」

 「うわぁーそれヤバくない?私なら死んでるわ」

 栄美が言いながら舌を出す。

 「課長からは外回りを減らしても良いと言われてるだろ?」

 所沢課長から俺はそんな話を聞いている。

 「営業の業務は自分がやりたくて栄美先輩に無理言ってついて行かせてもらってるんです。知らないことは勉強になるし」

 「まっじめー」

 いやお前はもう少し真面目にやれよ。

 「オーバーワークになる前に俺か課長に相談するんだぞ。」

 空のペットボトルをゴミ箱へ捨てて俺たちは会社へ戻った。


 しばらくして、株式会社ヨツバの山路前社長の社葬が執り行われた。

 課長・兼人・俺の3名が会社代表として参列した。

 香典は辞退する旨事前に連絡があったため、会社として弔電と献花を贈るにとどまった。

 大手のセレモニーホールで参列者は200人程度。そこそこ大きな葬儀となっていた。

 死因の方は相変わらず事件と事故の両方で捜査中とのことだった。

 今のところ当社クロシエとの取引には大きな影響はなさそうだった。

 そしてあっという間に一ヶ月、ゴールデンウィークには久しぶりに仕事を忘れ、麗子とレンタカーを借りて四国八十八カ所巡りを敢行した。

 麗子が北海道ローカル局の某バラエティ番組のファンで、いわゆる聖地巡りというヤツだ。

 なんと課長が有給の使用を認めてくれたため一週間丸々休みが取れた。

 番組に登場したうどん屋巡りや山門前での記念撮影やら麗子は大はしゃぎで、怒濤の4月を取り返すかのように楽しんでした。

 自分も人事関係で振り回された。体力的により精神的に疲れた。

 特にココハナの件ではスキルの隠蔽をどうするか誰にも相談できる話ではなかったので気苦労が半端ではなかった。

 「祐介くん、この一年ですごく変わったよね?」

 「え?」

 旅も終盤に入った頃、不意に麗子から言われて虚を突かれてしまった。

 「そんなに変わったかな?」

 「うん、なんとなくだけど、すごく大人になった気がする。もともと大人っぽかったけど。」

 まぁ成人年齢超えてる人間に大人っぽいも変な言い方だと思いながらも

 「おっさん臭いって?」

 と少し冗談めかしてみたが麗子の表情からみると外したっぽい。

 「そうじゃなくてね。仕事ぶりというか、生き方?それが普通の23歳の男性とは違ってて。私と同じ年なのに私の方がずっと子供じみて思えて」

 たしかにそこを指摘されると俺の経験は前世の分も合わせると50歳分を超える。

 その年齢の会社の役どころとしては中堅クラス以上になる。

 ただ、人の精神年齢なんて入れ物によって大きく変わるとも思う。

 ニーチェも「ツァラトゥストラはかく語りき」で精神は肉体の道具に過ぎないと言っているし

 いかん、思考がそれた。

 「もともと、そういう性格だったし、それが社会人になって磨きが掛かったって感じだよ。たぶん。」

 「なんかね。この頃祐介くんが少し遠くに行っちゃったみたいに感じて」

 なんか嫌な展開になりつつあるなぁ。この流れは一つ間違うとドツボにハマる。

 「ごめんね。なんか面倒くさい女になってるね。」

 「そんなことないよ。俺こそ仕事が立て込んでるからって麗子をかまってあげられなくてごめん。」

 そもそも「かまってあげる」という考え自体、自分より下位と見なしていると言われれば反論の余地はない。

 恋人とはそういう関係なのか?まるで愛玩動物か何かみたいじゃないか?

 俺も変な負のスパイラルに取り込まれようとしている。

 なんだこの感覚?精神系魔法を食らったような・・・

 「とりあえずその話は置いておいて、次の札所へ行こうよ。」

 俺はレンタカーのプリウスを発進させ、79番天皇寺高照院を後にした。

 その後、麗子の機嫌も回復し、攻撃魔法の範囲外へと抜け出した感覚とともに俺の精神状態も平常運行へと戻った。

 何だったんだ?こうして俺たちのゴールデンウィークは一抹の不安とともに終了した。


 ゴールデンウィークが開けて、ココハナも本格始動ということになり、本社の空き部屋をココハナ企画室として提供してもらえることになった。もちろんうちの課長が手回しした結果のようだ。

 表向きの企画室代表は田中課長となっているが、仕切っているのは所沢課長の方である。

 まずプロジェクトの基本になるクラファンの立ち上げ。既存のクラファンプラットフォームに登録してプロジェクトを開始できるようにする。

 最重要案件はかれんの「サブアカウント」を作成して、動画を上げて本アカから導線を引くこと。

 今回の動画の内容はアルコール分解向上のサプリメントなので、エビデンスになるような内容にすることにした。

 元かれんのお店のスタッフが協力してくれて動画を作成する。この辺りは株式会社ウズメ・プロジェクト動画作成チームが請け負ってくれている。

 今更ながらこのプロジェクト自体が星野かれんありきで作られている。

 偶然手に入れたフォロワー100万人のインフルエンサーをいかに生かすかをクロシエの誰かが絵を描いたとしか思えない。

 課長もさすがに人事にまで手を出していると思えないが、手に入った駒を最大限活用する辺り、やはりただ者ではない。

 自分は製造工場の工程管理や品質の管理を行うことになった。それは必然だ。なにせ商品は書面上で交わしている仕様書によるものでは無く現物ありきだからである。

 工場は長野県信濃町にあり大阪からでは新幹線、在来線を乗り継ぎ片道7時間も掛かる。

 と言うことで、必然的に泊まりの出張になる。

 もちろん動画作成チームと星野かれんも演者として同行となる。

 工場とは何回かやりとりをしていて見た目も効果も同等品が完成した。

 そのやりとりは動画としてドキュメンタリー風に作成し、現在鋭意編集中となっている。

 資金集めの前に商品が出来上がってしまっているのもやらせっぽいが、クラウドファンディングで資金が集まらなくても作る予定の商品である。

 何より、俺の中ではサプリメントの酢酸菌とアミノ酸の配合比率は決定している。

 既に何ヶ月も人数は少ないが、治験を行っていたからだ。

 俺を含めて飲み会では必ず配っていたので俺の中ではデータは揃っている。

 ただ、それは表には出せない。

 本気で第三機関に治験を依頼した場合、恐ろしい金額が掛かる。特にサプリメントなど口に入れたり、血液検査したりする類いの治験は一人当たりの金額も破格に高い。

 最後はちゃんと治験データを取るにしても最初からレシピが決まっているのはありがたい。

 動画ではかれんの元店舗のキャストたちが飲用していて、翌日に二日酔いがしなくなったとか悪酔いしなくなったとか、なかなかの好評を博していた。

 かれん自身がキャストにインタビューする感じで数パターンの動画が作成された。

 企業案件であるとはっきり動画内で伝え、誇大広告にならず、一歩引いた目線が信憑性を与えている印象で好感度が高い。

 各キャストたちの個人アカウントでも拡散されてプチ程度にはバズっていた。

 他のクラウドファンディングに比べ支援返礼品の納品期日が格段に早いのも功を奏してあっという間に目標金額の800万円を突破した。

 初期ロット数1000個の生産で計算していたが、急遽2000個発注が決定した。

 早期支援は20%、通常支援は10%の割引になるが完売御礼で1ヶ月後の出荷を待つばかりとなった。

 仕入価が950円なのでトータル6,600,000円の利益となる。そこから諸経費が引かれるが第一弾の手応えとしては十分である。

 この後、ソーマは一般流通に乗ることになり定価の5000円で販売される。もちろん第二営業のECサイトでも販売予定だ。

 まずはテストケースでの成功を受けて、第二弾の企画がスタートする。

 が、その前に祝勝会でしょうと田中課長が言い出した。

 そして、企画に参加してくれた元かれんのラウンジ「シャングリラ」での打ち上げは思いのほか高額だったことは反省点として記憶にとどめるべきだと俺は思った。


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