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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
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大夕食会の準備

 大夕食会の準備は盛大に行われていた。

 運営の方ではメインステージ前にキャンプ料理コンテストにエントリーされた料理の数々を提供するテーブルを20台並べる。

 コンテストと言っても1チーム何点出してもよいことになっているし、本気で優勝を狙いにいくチームと、自分の料理を楽しんで欲しいチーム、ウケ狙いのチームなどバラエティーに富んでいる。

 各一般参加者は、自分たちのキャンプテーブルを広場に持ち込み、料理を披露する。

 大雑把ではあるが、チーム人数分の食事量は作って提供すること。

 食物アレルギー義務表示対象品目(特定原材料)の「えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生ピーナッツ」の8品目を使っている場合は標記すること。

 アルコールを含む飲料などを出す場合は未成年には提供しないなど。

 ごく一般的なルールがある。

 大夕食会はチーム同士のコミュニケーションの場にもなっていて、数ヶ月前にこの場で出会ってカップルが誕生したという話から更に盛り上がりを見せるようになったとも聞いている。

 最初の頃は炭焼きのバーベキューが大半を占めていた大夕食会だが、回を重ねる毎にこった料理も提供されるようになった。

 最近はダッチオーブンを使った料理が人気を集めているとか。

 ダッチオーブンとはパンを焼いたり、肉を焼いたり、煮込み料理を作ったり、揚げ物をあげたりと多用途に使える蓋付きの重たい鉄の鍋である。

 たき火に放り込んで使えたりするので本当にオーブンのような使い方が出来る。

 20年以上前から日本でも徐々に普及しはじめ、多くの愛好家がいるという。

 所沢室長や高波さんもその一人だ。

 一番メジャーどころはローストチキンで、ダッチオーブンを始めた人はまずローストチキンを作ってみたい衝動に駆られるという。

 スキルが上がるとローストビーフやアクアパッツァなど火加減の難しい料理にも手を出していくことになる。

 と、所沢が言っていた。

 流石は前世が中世の貴族だけのことはあると変に感心してしまった。

 俺の前世の記憶ではこんな鍋を使った記憶はない。もっと厚みのない鉄の鍋が主流だったように記憶している。

 ただ暮らしていたのが辺境だったからかもしれないが。


 イベントはことのほか順調に進行している。

 これからが本番だと自分に言い聞かせないと気が緩んでしまいそうだ。

 もう1時間もすれば飲酒も解禁になる。毎回トラブルが発生するのはこの時間帯からだ。


 俺たちビジランテの勝利条件1はウォーターハザードを捕獲すること、2はこのイベントに影響を及ばさないこと。

 最低でも、イベントを無事故で乗り切らねばならない。


 改めてウォーターハザードの能力の検証を行うと

 任意の人間の呼吸器系を液体で満たすことが出来る。

 被害者の呼吸器に残っていた液体は塩素が検出されていないため水道水ではないこと。

 気管や肺に直接水を注ぎ込む能力があると推測される。

 どういう能力で水を発生させているのかは推測さえ出来ない。

 正直、自分の能力でも同じ様なことは出来るはずだ。いや出来ると思う。

 しかし口腔にテニスボールを発生させるのとは意味が違う。

 「いや、普通はテニスボールの方が難易度高いだろ?」

 横にいた所沢がツッコむ。

 「相手の口は見えるのでイメージがしやすいんですよ。気管や肺は見えないから正確に位置をイメージしづらいので」

 所沢は肩をすくめてみせる。

 どちらにせよ、物理的な制約を受けないと考えて良いだろう。

 メインモニターを見るがアラートは表示なし。

不審者はエリア内に侵入していない。

 「お疲れ様です。」

 兼人が仮眠から戻った。

 管理人さんからの差し入れのコーヒーを手に持っている。

 「もういいのか?」

 「はい、ずいぶんスッキリしましたよ。裕介のサプリも効いたみたいだ。」

 ほーと所沢が思案顔をしている。

 俺の方へ右掌を上にして差し出す。

 「使うんですか?」

 俺は見えない位置で生成した眼精疲労用のサプリを手渡す。

 早速所沢が封を切って3錠ほど口に入れた。

 「ハードカプセルよりタブレットにして甘酸っぱくしたらお菓子感覚でいいな。持ってないか?」

 それは今すぐ作れと言うことか?

 「ブルーベリー味ならありますよ」

 そう言いながら俺はラムネ状に形成したサプリを作り所沢に渡す。

 早速一粒口に入れてかみ砕いている。

 「そうそう、こういうのだ。いくつ手持ちにある?」

 「いくつ位お望みですか?」

 「そうだなぁ、この会場に来てる参加者の分くらいかな?」

 「さすがにそれは・・・」

 「明日の朝までに届けさせられないか?サンプルを」

 「・・・連絡してみましょう」

 兼人や他のメンバーがいるので変なやり取りになってしまったが、所沢はこの即席のサプリメントをこの場で配ってモニターにしようという腹だ。

 また、量産してくれる工場と交渉しなければならなくなる。

 こんなときでも商売のネタには目を光らせているんだなぁこの人は


 イベントの方はいよいよ盛り上がってきている。

 各チーム料理も仕上げの段階に来ているのか自分たちのキャンプサイトと中央広場との行き来が激しくなっている。

 併せて炊事棟の方も混雑してきており、順番待ちが発生している。

 「何を仕掛けてくるんだろうねぇ」

 所沢はノンアルビールを片手にモニターを眺めている。

 未だ不審者発見の報は届いていない。

 休憩を終えたキャストがドローンを従えてキャンプサイトへレポートを撮りに出動していく。


 すずめが料理の仕上げをしている参加者にインタビューしている。

 「美味しそうですねぇ!これは何というお料理ですか?」

 鍋の中では濃いオレンジ色のものが煮込まれている。具だくさんのようで大きめのベーコンや豆のようなものが見える。

 「こ、これは、チリコンカンという・・メキシコ料理です。」

 取材を受けている女性は少々緊張気味だ。カメラのアングルから少しずつ外れようと右に移動していくが、すずめが袖口をつまんで引き戻す。

 「メキシコですか!本格的!ちょっと見ても良いですか?」

 すずめは女性の返事も待たず、鍋のチリコンカンをレードル(おたま)にすくい上げ、ドローンのカメラに向ける。

 ヘッドクオーターのすずめを追尾しているカメラクルーがすかさず料理をアップにする。

 俺はその様子を見て感心していた。

 「撮影のあり方が変わっていくなぁ」

 前回まではハンディカムを持ったクルーが追随していたが今やこの様相である。

 素人にとってはドローンの方がまだ緊張度合いは少ないだろう。

 すずめに捕まっている女性は別として。

 別のモニターでは栄美がそつなくレポートをしている。

 こちらは男性のチームだ。

 「今日のメインは鶏肉ですか?」

 モニターには骨付きの鶏モモ肉のローストチキンらしきものが写されている。

 「そうです!丸鶏のローストチキンはキャンプの定番ですけどね。ホントに美味しいを追求すると鶏はモモ肉なんでよねぇ!」

 「なるほど!脂がのっててジューシーですもんね!」

 「でも鶏には足が2本しかない!それじゃ一羽で2人しか最高に美味しい鶏肉は食べれない!そこでチキンレッグのローストチキンに行き着いた訳です。」

 「理にかなってますねぇ」

 「沢山の人に食べて貰いたいから、仕上げにはサクの部分とドラムスティックの部分に分けてお出しします。」

 「期待していますよ!」

 栄美がそう締めくくると男性は親指を立ててサムアップで応えた。

 「なんか慣れてるなぁ」

 俺がつぶやくと所沢がモニターも見ないで答える。

 「最近の若者は撮ったり撮られたりが日常になってきてるからねぇ。一昔前とは違うさ」

 「室長の時代の話ですか?」

 「何を言ってるんだ。僕は現役だよ?」

 かれんはレポートには出動せず待機している。

 もったいぶっている訳ではなく、ガチ勝負の方の審査委員長なのでインタビューには出ないようにしているのだ。

 「こういう勝負事はいかに公平に審査できるかが大事なんです!事前の情報を絶つことで全員が同じスタート地点で戦えるんです!」

 などと大井Dに釘を刺され、本人は見に行きたいオーラをダダ漏れにして炭酸水を飲んでいる。

 炊事棟とトイレを監視しているドローンの画像に未だに異変はない。

 炊事棟ではカップルが仲良く洗い物をしているのが見える。

 「珍しいな」

 所沢がポツリと漏らす。

 確かに、参加者の多くは女性の複数名、男性一人のパターンが多く、次いで女性一人、男性複数名という状態だ。男女のカップルでの参加は極まれなパターンだ。

 「あれはカップルじゃなかったぞ」

 兼人がモニターを確認して言う。

 「どういうことです?」

 暇そうにしていたかれんも参加してくる。

 「あの男性、受付では男同士のグループの一人だった。ちょっと目つきが悪い気がして記憶に残ってる。」

 モニターを操作すると男性の頭上に名前が出る。

 [葛原茂(クズハラシゲル)35歳独身]

 「あの女の子は?」

 [海藤茉鈴(カイトウマリン)26歳独身]

 「クズが茂る。に、海被りか・・・」

 兼人が失礼な感想を述べる。

 「人の名前は笑っちゃいけないぞ。」

 そう言いながらも所沢もにやけている。

 日本語の名前は漢字一文字にも意味があるのでよく考えて命名しないとおかしなことになりかねない。

 名は体を表すと昔から言われるが、海藤茉鈴の親はよほど海に思い入れがあるのだろう。

 名字は決めれないが下の名前は親が決める事が多いだろう。

 そこには親の育て方が反映しててもおかしくない。

 ただ、年齢からしてパチンコ台に影響を受けた可能性も捨てきれない。

 その茂くんと茉鈴ちゃんは仲よさそうに笑顔で炊事場に立って談笑している。

 「即席のカップルってことか?」

 過去にもこのキャンプオフイベントでカップルが成立した例は多々ある。

 同じかれんのファンで、共通する会話も多いのであろう。

 「葛原氏は結構お金持ちなようだな?」

 「どれどれ?」

 所沢の言葉にかれんが葛原氏をチェックする。

 「あーなるほど・・・」

 「確かに。」

 兼人も理解したようだ。

 俺にはさっぱりだが・・・

 「あまりセンスが良いとは言いにくいですねぇ」

 かれんがダメ出しをする。

 兼人が自分の左手首を俺に見せて腕時計をトントンと右手の指で叩いてみせる。

 モニター越しに葛原氏の腕時計を見る。大きめな時計が目に付く。

 「フランクミューラーだな。」

 「フランク三浦?」

 「そういうボケは要らない」

 「ジャージはルシアン・ペラフィネですよね?」

 かれんが聞き慣れないブランド名を告げるが

 俺はついて行ってない。

 しかし、兼人がそんなにブランドものに博識とは知らなかった。

 俺の顔を見て兼人が

 「栄美だよ。買う必要はないが見る目だけは養っとけとうるさくて」

 「なるほど、納得だ。」

 金持ちと見抜いた室長もそれだけ知識があると言うことか・・・

 「たしか、ルシアン・ペラフィネは溺死してましたよね?」

 ギョッとするようなことをかれんが言い出す。

 「マジか・・・」

 「まさか・・・偶然だろう・・・」

 所沢も難しい顔をしている。

 ネットで調べるとルシアン・ペラフィネは確かに溺死となっている。

 事故らしいが

 「結局、葛原氏の装備品は、幾らなんだ?」

 「850万ってところかな?」

 「そんなもんよね。時計が800万で他が50万くらいかな?」

 「腕時計に800万ってタイムトラベル機能でも付いてんのか?」

 「そんなの付いてたら、なん兆円もするでしょうよ!」

 「いや、売ってないだろ!」

 そんなやり取りをしながらカップルを見ていると女子の方が葛原氏の耳元に口を寄せる。

 「お!積極的だな!」

 兼人は喜んでいるが、こういうのを覗き見するためにドローンを飛ばしているわけじゃないので少し気が引ける。

 「財力もその人の魅力のうちだ。大人になれば分かるさ。」

 「室長、それは負け惜しみに聞こえますよ」

 「所沢さんの魅力は財力だけではありませんよ!その知略も大きなアドバンテージです!」

 大井Dが横から割って入る。

 なんか話がこんがらがり始めてるが・・・

 「あの葛原氏ってこのオフ会では浮いてますよね?」

 「いろんな人がいますが、なんか特別なオーラが出てるというか・・・」

 『さすがにドローンのモニター越しじゃ心の声は聞き取れないな』

 所沢の声が頭に届く。

 「まともな商売してる感じはしませんね。」

 「フランクミューラーを普段使いにしてるって感覚がもう俺たちとは世界観がずれてる。」

 ステータスアイテムとして持つにしてもフランクミューラーは場違い感が否めない。

 格式ある会合のパーティー会場などでは見栄えもするのだろうが・・・。

 俺の腕時計は麗子と色違いで揃えたオメガとスウォッチのコラボモデルで4万ほどのものだ。

 これでも奮発した方なのだが・・・。

 余談ではあるが、最近の若者は腕時計や車にお金を掛けるのは時代錯誤と笑うらしい。

 周りを見回すと男性は全員腕時計を装備している。

 これはそう、装備なのだ。戦士が剣を持つように、魔法使いが杖を持つように

 俺にはフランクミューラーの良さは分からないがきっとスゴいステータスアップの効果があるのだろう。

 『おい、長谷川。自分の世界に浸るのは後にしろ。』

 所沢から思念が届く。

 いかん、集中せねば。

 俺は炊事棟からトイレの方のモニターを監視する。

 男女別に入口がなっているので出入りは2箇所を監視しているが特に異常は感じない。

 だがこちらは当たり前だが隠された空間が多い。

 なにか犯罪を起こされても現場を押さえることは難しい。

 「ちょっと軽く見回ってきます。」

 俺はヘッドクォーターを出て、キャンプ場を一回りすることにした。

 「ちょっと待て、ドローンを一機付ける。」

 所沢が言うと、TKOのメンバーがドローンの設定を一部変更する。

 俺を見て頷くので終わったらしい。

 俺は賑やかなキャンプ場へと足を踏み入れた。


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