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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
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敵を知り己を知れば

 スキルの研究と並行してウォーターハザードの情報を得るために所沢は合法、非合法問わず動いていた。

 と言っても、本人は何本かメールと電話をしただけである。

 所沢のコネクションの幅の広さには毎回驚かされる。

 名前の割れているユニオンメンバーの内、ウォーターハザードを選んだのにも理由がある。イリュージョンの方は実際はサポート役でありあくまで協力者だ。仮想敵であることには変わらないが、実行犯であるウォーターハザードを確保するのが次の犯罪を防ぐという意味でも有効であると考えたからだが、実際、イリュージョンの方は全く得体が知れないので探しようがないというのも残念な事実だ。 

 所沢の出した指示によると過去に不自然な溺死についての情報をニュースソースから当たることと、警察内部の情報を内部協力者からリークさせるというものだ。

 ニュースに流れないような不審死は警察内部でも表面上は調べが付かない。

 そもそも事件として扱っていないのだから、初期の段階で事故として捜査は行われない。

 ただ、記録だけは残しているため遺体の発見状態や検死結果だけは残っている。

 これらを抽出し、フィルタを掛け、ある程度の数に絞ってから、どの所轄での事件か誰が関わっているのか、などを調べていったのである。

 その上で残っている「事故」の資料をつぶさにあたるという、自分なら気が遠くなるようなことを地道に続けていた。何度も言うが、やっていたのは所沢本人ではない。どういう訳か、情報提供者自身がそこまで洗い出してくるているのだ。

 なぜそこまで協力的なのかは知らない方が良いだろう。

 そこで気になるのは、ユニオンのテリトリーはどのくらいの広さのエリアになるのか?

 ということである。

 関西エリアなのか、全国規模なのかそれとも世界規模・・・さすがにそれはないと思いたい。

 組織の規模はともかく、巧妙に事故として隠されているらしい件とあからさまに怪しい件との違いは何なのか?

 ヨツバの山路氏・内藤氏の殺害についてはほぼ事件性があると断定できるような方法で殺害している。

 以前に所沢との会話の中で出た、数名の重要人物の死因についても事故扱いであるが不審死という噂が立つ程度に「雑に」隠蔽されている感じがする。

 この意味は何だ?

 いや、全ての事象に意味を求めるのは無意味だ。逆に足下をすくわれかねない。

 事実を客観的に調べていくことが近道であると結論づけ、俺たちは協力者のデータが揃うのを待つことにした。


 GTRの後藤田社長との面談は俺が前に出ると余計なツッコミが入ることもあるので、所沢に任せることにした。


 俺たちがかれんとライブ配信の打合せをしていると所沢が後藤田氏との商談から戻ってきた。

 「どうでしたか?」

 気になっているのは俺だけではない、関わった村長とベアード大佐こと大熊も気になっているようだ。

 「まずまずと言ったところかな?長谷川、兜と面、つまりヘルメットとフェイスガードも依頼された。鎧武者のイメージはそのままに実用的なのを頼む。と、作家さんに伝えてくれ。」

 7月のイベント前の告知ライブをかれんチャンネルで行っていた時に事件は起こった。


 その日は毎月恒例になったキャンプオフの告知や当日のイベントの案内などを行う生ライブ配信、多くの視聴者がかれんチャンネルにアクセスしていた。

 コメントやスパチャ、いわゆる投げ銭が集まる中、コメントをチェックしていたスタッフがおかしなコメントに気がついた。

 「イベントを楽しみにしている。水場には注意が必要だ。」

 多くの応援コメントに紛れてそのコメントはあった。

 コメントはどんどん流れるが視聴者も見られる設定にしていたので、数人の目には留まったようだ。

 『なんか、変なこと書いてるやつがいるぞ』

 『水場って何だ?』

 『炊事場じゃない?』

 『トイレ』

 一部のコメントが反応している。

 「水場ってやっぱり炊事棟のことかな?そうだよねぇ真夏になるからゴミとか散乱させちゃうと直ぐに臭っちゃうからねぇ。みんな、ゴミの始末はちゃんとしようね!」

 かれんが話を誘導する。

 『最近のキャンパーのマナーは悪い!』

 『にわかのせいだ!』

 『ここでにわか言うかね?』

 『にわか歓迎!マナー良くいこう!』

 『ゴミ放置ダメ!絶対!』

 コメントの流れがマナーやゴミ問題に向かう。

 「そうだよー。ゴミは片付けないとねぇ。社会のゴミとかも。なんてね?」

 かれんがギリギリを攻めた発言をするから見ている方はヒヤヒヤである。

 所沢は声を上げて笑っている。

 「やっぱり星野くんは面白いねぇ」

 そう言えば、榊組の毒島の情報を送ってきた情報元への「かれんからのご褒美」企画はどうなったんだっけ?

 「ああ、あれな。まぁまた今度詳しく教えてやるよ。」

 もう終わってたのか。自分が関わった話の結末が知らされないまま終わっていくのはちょっと疎外感があって気分が良くない。

 「そんな大げさな話じゃないんだがなぁ・・・長谷川も山本くんの件で大変だったし、色々あったから後で情報共有しようとして忘れてたんだ。すまんな」

 その日、久しぶりに俺は所沢に誘われ、ビジランテの会合の後で飲みに出た。

 かれんはSNSの更新のため毎日早く帰るし、梶原医院長は楽しい実験のため断ってきた。

 場所は所沢行きつけのバーである。

 「ここはカクテルももちろん美味いが、ビーフカツサンドが絶品に美味いんだ。」

 オーセンティックバーとビーフカツサンドという取り合わせはマッチしているのかしていないのか?俺には判断できなかった。

 「お飲み物はいかがいたしましょうか?」

 物静かなバーテンダーが聞いてくる。

 「私はダイキリを」所沢が俺に視線を送る。

 「ではモスコミュールでお願いします。」

 「それと、ビーフカツサンドを出してくれないか?」

 「かしこまりました。少々お待ちください。」

 そう言うと、バーテンダーはフードのオーダーを通した後、所定の位置でカクテルを作り始めた。

 このバーテンダー、仕事の所作が流れるようで美しい。

 このような動きになるまで一体どのくらいの年月を費やしているのか気になるところだ。

 ダイキリのシェイカーを用意して、モスコミュールを作り、最後にダイキリをシェイクしてほぼ時間差なく二人の前にカクテルを提供する。

 モスコミュールは銅のマグカップでキンキンに冷やして作り、氷も入っているので冷たさが維持しやすい。ダイキリはショートカクテルなのでぬるくなる前に飲みきるので飲む直前に提供するのがベストだ。

 仕事を始める前に仕事の段取りが組み上がっている。

 美しい仕事ぶりだ。

 俺も仕事をする際には段取りを重要視する。

 時に異能のスキルを使うときは創造する順番が一番大事だ。

 「そうなのか?」

 所沢が思考に割り込んでくる。

 「そうですよ。例えば、AとBを混合するものを創造するときはABAABという行程になったりしますが、この順番が狂うとイメージ通りに仕上がりません。」

 「なんかDNAの塩基配列みたいな話だな」

 「そう言われるとそうですね。」

 そんなこと考えたことなかったな?

 「それで、星野くんの話は?」

 「そうだったな。DMで公募した写真の人物追跡ゲームな。答えはもちろん榊組の毒島とユニオンの中山だったわけだが、基本的に毒島のみ情報提供があった訳だ。

 その毒島の第一報を秒単位で順位を調べた結果Oさん(仮名)に行き着いたわけだ。」

 後で、ウズメのスタッフが調べてくれたようだ。あのときはそんな余裕なかったしな。

 榊組へ襲撃を掛け、俺が倒れて病院で寝ている間に、ウズメのスタッフとかれんが「ご褒美」のデートを終わらせてしまったようだ。

 「そのおかげで、今回の新事業のプロジェクトが開始されたようなもんなんだけどな。」

 「どうしてですか?」

 「その当選者がGTRの社員Oさん(仮名)だったわけだ。もともと星野かれんのファンだったのだが、会って一日一緒にいたことで、かれんのスキルに完全に当てられてな。もう熱狂的な信者になってしまってな。イベントで危険がないように開発中のVRシステムのセキュリティシステムを無断で持ち出すに至った訳なのだが・・・」

 所沢が含み笑いをする

 「後藤田氏バレて、結局会社を挙げての試験運用という形になった訳なんだ。」

 「なんか結構大きな話になってるじゃないですか?どうして教えてくれなかったんですか?」

 「俺もそこまで話が進んでいくとは思ってもみなかったんだ。だからわざわざ精神的に不安定になっている長谷川に聞かせる話でもないと思っていたんだがな。」

 所沢がダイキリを飲み干して言った。

 確かにあの時の俺は完全に精神の均衡を失っていた。所沢の催眠術(?)とお薬の力で躁状態になっていたが、効果が切れたらそれこそ何をしでかしたか分からない。それは自覚している。

 「それを自分で受け入れられている今は随分改善したと思うね。」

 所沢がサイドカーをオーダーしてそう呟く。

 所沢はショートカクテルしか飲まないな。

 俺はふと思考がそれる。

 「そうでもないがな。カクテルと言えばスピリッツと果汁とリキュールの組み合わせが基本だ。そして無限の組み合わせがある。俺はカクテルを作るバーテンダーに敬意を評して基本となるカクテルを楽しんでいるんだ。」

 ただ好みの味なんじゃないのか?

 所沢はただニヤリと笑ってサイドカーを飲み干した。


 「さて、ウォーターハザードから宣戦布告があったわけだが、どう迎え撃つかの検討会を行いたい。」

 翌日、いつもの医院長室で所沢が切り出す。

 「室長のことだからログイン情報とか既に取ってるんでしょ?」

 「さすがに天下のYouTubeのアクセス情報なんて、一般人の俺なんかに手に負えないよ。」

 出た、このニヤリと笑った顔。

 正攻法ではない何かで話を進めている顔だ。

 「長谷川、何か言いたそうだな?」

 「いえ何でも」

 俺はあえて流すことにした。

 「ヤツは必ず次のキャンプイベントでちょっかいを出してくる。ヤツの正確な能力が知りたいところなのだが・・・」

 「中山情報だと水を使ってターゲットを溺死させる位しか知らないようだ。」

 梶原医院長がポツリと言う。

 ユニオンは本当に横のつながりの無い組織らしい。

 「またイリュージョンとか言うヤツと組んでたら危険ですね。」

 「その点は俺も考えている。せっかくの新型セキュリティシステムだ。しっかり使わせて貰おう。」

 セキュリティシステムについては兼人が担当している。連日忙しくGTRに通い詰めてるようだ。

 兼人からは顔認識だけではなく、今回事前登録した参加予定者のデータもその場でアクセスできるようになったと聞いている。

 個人情報保護法の壁はあるものの、提供して貰っているデータの信憑性についての裏取りは出来る範囲でやっている。その人物の危険度を5段階で評価して表示することが出来るようになっている。

 裏取りが全く出来ない人物はSNSなどネット上に全くアクセスしていない人間と言うことになるが、そもそもかれんチャンネルに登録している人間のはずだからそれは考えられない。

 そうなれば、偽装された情報で登録しているくらいしか考えられない。

 そういう人物は事前に確認してマークする必要がある。

 と簡単に思っていたのだが・・・

 「案外いるね・・・」

 俺の感想を口にしたのは村長だ。

 「思ったよりね。多くても3、4人だと思っていたが、12人とは」

 今回の事前登録者は120名だから8%になる。

 「兼人、これちゃんとデータ照合とかできてんの?」

 「うーむ、やはり個人のデータを拾う難しさかなぁ・・・」

 「マイナンバーにアクセスできれば話は早いと思うのでありますが」

 大熊が不穏なことを言い出す。

 「それは完全にアウトなヤツだろ」

 「でありますな。」

 「まぁイベント当日までになんとかするさ」

 所沢は平気な顔をしているが何か策はあるのだろうか?


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