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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
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前世の記憶

 「おい、セドリック起きろ!」

 俺は身体をガクガクと揺さぶられて目を覚ます。

 「なんだ、お前か。どうした?」

 いつものワニのような厳ついバートンの顔が視界に飛び込んでくる。

 目覚めに見る顔じゃないなと思いながら身を起こす。

 「先頭の方で魔王軍と戦闘が始まったようだ。」

 俺たち新部隊は後方に位置しているため状況がつかみづらい。

 山岳地帯を抜けている現在、通れるルートは限られており険しい谷底を蟻の行軍のように進んでいた。まだ夜明け前だ。

 四天王と言われる魔族の幹部の城まではまだずいぶんあるはずなのだが・・・

 まぁこの距離なら魔法も届くまい。

 そう思いながら道の両側に切り立った崖を見上げると悪い予感が働く。

 この崖を一気に崩されたりしたら大半の兵士は生き埋めである。

 強力な戦闘スキルの持ち主はいざ知らず、俺のようなクラフトワーカーは逃げ場もないだろう。

 その時、近くで兵士の叫び声が聞こえた。

 「敵襲だぁっ!」

 辺りが騒然とする。

 無理もない。後方支援部隊は補給部隊中心で構成されている。戦闘能力は著しく低い。

 「打ち落とせっ!弓隊迎撃準備!魔道士部隊、防御魔法急げ!」

 どうやら魔物は飛行タイプのようだ。先鋒の死角を縫って崖を大廻りして後方を襲撃しに来たようだ。

 確かに補給物資が失われれば行軍も撤退もままならない。

 なかなか知恵者がいるようだ。

 感心もしていられない。なんとかせねば

 「大将、なんとかなんねぇのか?」

 バートンはタンクの護衛なので岩に押しつぶされてお陀仏などと言うことはないだろうが、他が全滅したのではどうしようもなくなる。

 「お前、投擲は得意だよな?」

 俺は考えながら問いかける。バートンのスキルは防御力の強化だ。しかし普段は防御に振っているがかなりの重量物も投擲できると俺はふんだ。

 そして製造する。

 「これを投げれるか?」

 作ったのは棘だらけの巨大な鉄の玉だ。それに持ち手が付いている。

 「なんだこれは?鉄の玉か?さすがにこれはそんなに遠くへは投げられないぞ?」

 「大丈夫だ。見かけほど重くはない。ちょっと重い鎧くらいの重さだ。」

 中空にしてあるからな。

 「いっちょ投げてみていいか?」

 そう言うとバートンは持ち手をつかむと背中側に振り、反動を付けてオーバースローで棘付鉄球を投げ飛ばした。

 それはうなりを上げてすっ飛び、崖の頂点に当たり粉々に砕け散った。

 「こらーっ!勝手なことをするんじゃないっ!」

 護衛部隊の隊長に怒られてしまった。

 「十分な威力だな。空を飛ぶ魔物は基本的に細くて小さいから一撃で始末できるぞ」

 「大将、こういうのは作れるか?」

 バートンが言うには鉄球をすこし小ぶりにして2個を鎖で繋いだボーラーのようなものだった。

 ボーラーとは鉄球などを紐で繋いで回転させて投げる武器だ。

 足に絡めたりするのが本来の使い方だが・・・

 俺は話を聞いて作ってみる。

 「そうそう、こんな感じだ。」

 早速鎖を握りしめ、両手でブンブンと振り回す。

 「こらっ!危ねぇぞ!バートン!」

 回りから声が上がるがバートンは振り回すのを止めない。

 「敵襲!来ます!」

 偵察の役目を買って出ていた護衛隊の兵士が叫ぶ

 バートンはチラリと崖に沿って飛んでいる3匹の魔物に視線を向けると

 「ふんっ!」

 気合いとともに巨大ボーラーを投擲した。

 鉄球は遠心力でお互いを引っ張り合いながら高速回転して魔物に一直線に飛んだ。

 魔物が遥か下方からうなりを上げて飛んでくる物体を見た瞬間何か声を上げたように見えたがそれは聞こえず、3匹まとめてバラバラになる衝撃音だけが俺たちに届いてきた。

 これは思った以上の威力だ。

 防御に全振りしているようなバートンがそのバカみたいな筋力でロングレンジ攻撃に転じるとは魔物以上に俺たちが驚愕していた。

 その時である俺のスマホが鳴り出した。

 誰からだこんな時に?

 軽装備の鎧の隠しに手を伸ばすがスマホは見つからない。

 ああそうだ、これはアラームの方だ。

 俺はそこで目が覚めた。

 

 やれやれ、また前世の記憶を元に夢を見ていたようだ。

 バートンか・・・アイツも転生したのかな?

 ウェイトリフティングで優勝している姿を連想してしまう。

 今考えても前世の戦闘スキル持ちは化け物揃いだった。

 俺はベッドから抜け出しいつものモーニングルーティーンを半自動でこなしていく。

 朝食をテーブルに準備してTVでニュースを流す。

 事件事故の類いで目を引くものは無い。また煽り運転で逮捕者が出たとか、その程度の話くらいか。

 俺はレタス、トマト、ベーコン、トーストを野菜ジュースと共に食らいつくし、オンタイムで家を出た。


 「おはようございます。」

 一通りスタッフに朝の挨拶をして自席に座り、PCを起動させる。

 朝のハーブティを入れるため席を立つと所沢室長からお呼びが掛かった。

 「正式に時任氏のヨツバからクロシエへの異動が決まったぞ。」

 「役職は?」

 「副社長だそうだ。」

 クロシエには副社長というポストは元々無かったので事実上の次期社長の腰掛け人事のようだ。

 「鈴木社長の容疑者から外れるのを待っていた感じですか?」

 「それも有るだろうが、その社長の容態に懸念の声が出始めているのが要因の一つと俺は考えている。」

 現会長がリーダーとして会社を牽引しているが、なんと言っても年齢も年齢だ。できるだけ早期にトップの座を引き継ぐ人事計画を立てたいところだ。

 梶原医院長の話では、意識を取り戻してもそれなりの期間リハビリに専念する必要があるとの事だ。今のまま社長のポストを事実上の空白にしておくのは組織運営としてよろしくない。

 時任氏のリーダーとしての資質は実績から考えて十分と言える。あとは副社長として何か大きなプロジェクトなりを成功させて社長への花道を作りたいというところだろうと所沢は言った。

 プロジェクトかぁ・・・

 うちに関係ある話しなんだろうか?

 「十分関係があるぞ。経営企画室は名称が変わって経営戦略室として時任副社長の直轄となるんだからな」


 翌日、臨時取締役会が行われ、時任副社長が誕生した。同時に経営企画室は経営戦略室となり新たにスタッフも増員された。

 田代典明、俺と同期の神聖魔法使いの男と勝手に呼んでいる。本当に魔法が使えるわけじゃないが、ヒーラー的な冷静な判断力と少し俯瞰して物事を見ている目線がそのような印象を俺に抱かせる男。

 クロシエ販売の方へ出向していたが、所沢が呼び戻したようだ。肩書きは主任である。

 兼人達と俺の同期と同じ役職である。

 俺だけ副室長の肩書きが付いているので頭一つ出ている感じではある。

 表だった業績はないが、株式会社プロトとしての業績を認めてもらっているということだろう。

 かれんのコラボ商品は、プロト無くしては完成しないものなのは確かである。今後の量産に向けてマスターエルクの高波さんは苦労しているようだが。

 田代の役割は俺とはまた違った目線での所沢室長のサポートになるとのことだ。

 村長こと伏見とも相性が良いようだし、頼りにしていい人材だと思う。


 新体制の中に麗子の名前がないのが辛いが、所沢の計らいで休職扱いとなっており、傷病手当が支給されている。

 もちろん麗子の両親にも事件のあらましを伝えずに、自宅で意識を失っていたということで話をしており、一度は梶原総合病院にそろって出向かれたが、それ以後は完全介護状態と言うこともあり病院に任せきりという形になっている。

 面会は俺と所沢室長が行ったが、麗子が言っていたとおり距離感のある態度であった。

 「あれはダメだな。」

 両親が帰った後に所沢が一言発した言葉だ。


 改めて経営戦略室の職務として大きく分けて2種類の業務がある。

 まず、俺と星野かれんを中心にした今まで通りの新商品の開発とそのeコマース、販売コンテンツの作成である。

 そして、時任副社長をトップに所沢室長と田代が中心になるクロシエの中長期計画の策定である。

 『これからの時代は性別にとらわれず、美容のコンテンツは今以上に発展すると思います。当社は他社に先んじて男性用美容用品を手がけており、その蓄積されたノウハウは業界屈指と自負するところであります。ご存じのことと思いますが、私が代表を務め、現在クロシエのグループ会社となった株式会社ヨツバは医薬品の製造販売を行うこととなり、クロシエブランドでも美容と医療の両輪で業界を牽引していけると考えております。』

 就任挨拶での抜粋ではあるが、ここが時任副社長の構想の骨子だといえる。

 『美容と医療』この融合こそ、今後日本の美容業界が進むべき方向性ではないかと時任氏は訴えているのである。

 日本の法律に照らし合わせると美容業界で扱える商材では「効果」を伝えられない。

 「効果」のあるものは全て医薬品であるという考えなのだ。

 一部トクホであるとか食料品には認められているが、その認可をとるのは莫大な費用と時間が掛かるのである。

 ただ化粧品類にはそう言ったものは無く、医薬部外品がかろうじて原料の効果を記載することが出来るにとどまる。

 これが薬となればもちろん許可が必要ではあるが、効果は明記できる。

 日本では医薬品の許可が下りるまで非常に時間と金が掛かる。

 膨大な量の治験データが必要だからだ。

 それを考えてもよく踏み切ったと感心する。

 それはあくまでヨツバがメインで動く事業になるだろう。

 合わせてヨツバは化粧品の製造販売の資格も取っていたので、こちらはクロシエとの共同事業になるだろう。

 「色々忙しくなって楽しいじゃないか。」

 所沢室長は本気で楽しみにしているらしい。この人の仕事への情熱は計り知れないものがある。

 「何を人ごとみたいに考えてるんだ?長谷川。お前も色々やることはあるんだぞ。」

 「何でしょう?」

 「警備の仕事だよ。GTRとの共同事業だ。」

 ああ、そういうのもあったなぁ・・・。

 「明日、後藤田社長との会食があるから、星野と長谷川は同行するように。」


 「今日は急なお呼びだてに応じてくださり、ありがとうございます。」

 某有名ホテルにテナントを構える高級中華料理店での個室であった。

 開口一番、後藤田はそう述べた。

 「こちらこそ、お招き頂きましてありがとうございます。」

 これは星野かれんから発せられた言葉だ。

 もちろん仕組んでいるのは所沢だが、関係性からいうとGTRとウズメのやり取りが本筋であり、俺と室長は同伴している形になる。

 「まずはお掛けください。親睦会というつもりで席を設けさせて頂きました。堅苦しい話はなしにして楽しんでいってください。」

 全員が着座するとワゴンを押した給仕係が入室してきた。

 それぞれの席に飲み物を給仕し一礼して退席していく。

 流れるような所作に俺は感心した。

 「では新たなビジネスの成功を祈念して、乾杯。」

 後藤田の乾杯の音頭で食事会が始まる。

 「このお店はよくお使いになるんですか?」

 ビールのグラスを傾けながら所沢が当たり障り無く話を振る。

 「ええ、ここは従業員の教育も料理の質も最高級ですから。全くストレスがない。パーフェクトですよ。」

 「素晴らしいですわ。」

 かれんがにこやかだが心のこもらない言葉を発する。

 「インスタ映えもするでしょう?」

 「ビジネスの場でそのような不躾なまねはいたしませんわ。」

 顔は笑っているがなんか目が怖い。

 「そうですか。さかずはメガインフルエンサー星野かれんと言う所ですね。」

 俺は既に帰りたくなってきていた。

 「後藤田社長、この長谷川もある筋では有名なんですよ。」

 どの筋だ!変な振り方をするのは勘弁して欲しい。

 「そうなんですか?どのような?」

 ほら、お愛想程度に投げ返してきたじゃないですか。

 「去年の年末辺りに、SNSで少しバズってたんですよ。コスプレイベントで『本物降臨』とかなんとか、な?」

 な?って何だよ!?そんな雑な振り方!

 「ええ、何というか、若気の至りで・・・」

 「あの勇者のコスプレの?」

 「ははは、ちょっと訳がありまして・・・」

 半年経ってもまだ黒歴史は黒いままだった。

 「いやいや、アレはスゴいと思いましたね!実は制作者を探したりもしたんですが、イベント会社の担当していたスタッフが突然辞めちゃってそれっきりになってたんですよ。」

 なんか嫌な感じの繋がり方をしているんじゃないですか?

 辞めたイベント会社のスタッフって前田氏だよなぁ

 「ここで会えたのも何かの縁だ。制作者の方と是非合わせて頂きたい。」

 「いや・・・彼は今・・・ちょっと」

 俺は所沢の様子を伺う。

 「後藤田社長、実は例の衣装の制作者は長谷川が代表を務めております株式会社プロトと専属契約を交わしておりまして、契約上情報は公開できないことになっているんですよ。」

 「そうなんですか?うーん、絶対にいいクリエイターになると目を付けていたんですよ。先を越されましたか。」

 「申し訳ございません。」

 俺も一応頭を下げる。しかしまだ諦めたという感じがしない。それ以上に尻尾をつかんだという顔をしているのは気のせいじゃないだろう。

 後藤田は少し考え込む。

 そしてニヤリと笑った。

 「そうだ、今回ウズメプロジェクトで組織する警備部門の制服を彼に発注したい。」

 突然何を思いついたのかと思えばかなり無茶な話を切り出した。

 「どうでしょう・・・かなりコストが掛かると思いますが・・・」

 「普通のサラリーマンが装備品を含めて3着用意できる位のコストなんでしょう?」

 「いえ、アレは本来の仕事とは別に趣味と言いますか・・・」

 「では正式にデザインと試作品を作ってもらうにはどのくらい必要ですか?」

 『長谷川、吹っ掛けていいぞ』所沢が思念を送ってくる。

 「デザイン料と試作品一式で100万と言う所でしょうか?」

 『おいおい、もっと行っとけよ!』

 「それでいいのかい?二次製造から全ての権利を買取にしたらいくらになる?」

 「それは、どういう感じになりますか?」

 「型取りして金型を起こして量産するんですよ。」

 「まだデザインがどんなものか見ていないのにですか?」

 「そうだねぇ、細かい話をすると、あの君が着ていたコスプレ衣装だが、アレは実用的な側面を配慮して作ってあったね?軽そうだったが、関節の部分などは可動域がかなりしっかり計算されていた。ただあのデザインはゲーム会社から著作権侵害を訴えられても仕方が無いくらいにそっくりだった。」

 「売り物ではないのでご容赦頂きたいです。」

 「オークションに掛かっていたのは知らなかったのですか?」

 「え?私の鎧がですか?」

 「ええ、300万くらいには値が付いていましたが、出品者が突然出品を取りやめて、ちょっともめていたらしいと聞きましたね。」

 前田のヤツ・・・とんでもないヤツだ。

 「今も長谷川さんがお持ちなんですか?」

 「ええ、クローゼットに仕舞い込んでありますが。」

 「譲ってはもらえませんかね?」

 なんでそんなに拘るんだ?

 「私はかまいませんが、制作者の彼がどう言うか。」

 架空の制作者の存在でうやむやにしてしまう作戦にでる。

 「おや?さっき、長谷川さん自身が作ったって言いませんでしたか?」

 そんなこと口走ったか?

 「後藤田さん、長谷川は『私の鎧』と言ったのでして、それはわたしの管理している鎧という意味で申し上げたのでしょう?」

 所沢がフォローを入れる。

 「そうですか。それはとんだ勘違いをしたようだ。」

 はははと笑いながらとりあえず話を逸らす。

 「御社で開発しているVRシステムの方はいかがですか?」

 「大変良い治験データをとることが出来たので、改良を重ねているところです。」

 商業ベースに乗せるシステムの一号機はウズメプロジェクトに導入される予定で進めているという話であった。

 2時間ほどの会食であったが、俺はとても疲れた。

 「お疲れさん。どうだ長谷川。ああいう腹の読み合いのような会合は?楽しかっただろう?」

 「勘弁してくださいよ。」

 「星野はどうだ?」

 「わたしは慣れていますから。駆け引きの多い世界で生きてきておりますので」

 この頃、星野かれんの素の性格が見え始めている気する。

 大人びていて、そつなくこなし、思慮深く、自分を律する。

 というイメージだったが、感情も豊かで子供っぽいところがある。それも魅力なんだろう。

 いかん、俺もチャームパーソンにかかっているのかもしれない。

 気をつけようと心に刻んだ。


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