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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
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社会人として会社員として私人として異能者として

 早いものであれから3ヶ月が過ぎた。

 麗子との関係も良好と言える。

 ただ、麗子の気質が想像していたより幼いことがわかった。

 会社での姿と二人で居るときの姿に大きなギャップがある。

 営業職として現場にいるときの冷静で聡明な仕事ぶりとは裏腹に、俺と二人の時はまるで子どもが父親に甘えるような態度でいる。

 俺がおっさん臭いせいか、つい子ども扱いしてしまうのも良くないのかも知れないが、麗子本人はそういう関係性を楽しんでいるようだ。

 毎日のように俺の部屋に来ては甘えたがる。

 俺からすれば子どもかペットかという感じになってきている。

 ただ、その関係も俺自身嫌ではないのがまた問題だ。

 恋愛経験が乏しい俺にとってはセドリックの記憶が半分くらいの経験値として作用しているようで、余計に精神年齢の差を感じさせる。

 出不精の俺とのデートはもっぱらおうちデートとなる。平日はうちで夕飯を食べていくし、週末の休みは朝からストリーミング配信の映画を見ながら麗子がベタベタするに任せている。

 同時期に付き合い始めた兼人と栄美の方は、兼人が完全に尻に敷かれていた。

 栄美は少し軽めに見えるが実はしっかり者で、将来設計が出来ている。

 持ち前の我の強さと負けん気の強さで突っ走る兼人の手綱をしっかり握って離さない。

 兼人の財布まで握ってしまっている始末で、飲み会に出るのさえ栄美の許可が必要。

 もちろん浮気なんて出来ようもないが、今では兼人の方が栄美にべったりなので当面はそういう心配なさそうである。

 9月の月末に俺たち4人は久しぶりに飲み会をすることになった。

 「祐介よぉ、俺って可哀想だとは思わねぇかぁ」

 酒が進んだ居酒屋でのことである。

 「幸せそうじゃないか。」

 俺は枝豆をつまみながら答えた。

 「その通り。しっかり生活をサポートしてもらってるんだから何が可哀想なのよ」

 栄美が日本酒のぐい飲みを傾けつつ突っ込む。実に男らしい。

 「そうだよねぇ」

 麗子は相変わらず酒の席では口数少なくニコニコしている。

 ちなみに、酒の強さで言うと、怖いことに麗子、栄美、俺、兼人となる。

 あの俺の誕生会では女性陣に完全にしてやられたのだった。

 シナリオは栄美で主演女優が麗子という話だ。

 「男なんて、ベッドに連れ込んじゃえば、後はなるようになる」と栄美が言い切ったのだとか。

 恐ろしい話である。

 「でもまさか麗子だけでなく祐介くんがねぇー」と栄美がイヤラシく笑う。

 「その話はもう良いだろ?」

 「俺も後で聞いて焦ったぜ。ちゃんとやれたのかよ?」トロンとした目の兼人が横入りしてくる。

 「余計なお世話だ。」

 その後、兼人が潰れたので久しぶりの飲み会はお開きになった。

 麗子は俺にぶら下がるように歩いている。別に酔っているわけではない。

 最近は酔ったふりもしないが代わりに人目が少なくなるとスキンシップが強めになる。

 今日は自宅に戻るというので、送っていく最中だ。

 麗子の自宅は俺が使っている同じ沿線で4つ先の駅だ。

 俺は自宅最寄り駅のホームから麗子を見送り

 それから帰宅した。

 時刻は22時45分、スマホが振動しだした。

 麗子から帰宅したという連絡か?

 麗子ではなかった。

 同僚Aこと伏見健吾の番号からだ。

 この時間に珍しい。というか、番号の交換をしているだけで掛けたこともないし、掛かってきたのも初めてだ。着信のアイコンをタップする。

 「もしもし」

 「もしもし、長谷川さんの携帯でお間違いないでしょうか?」

 「はいそうです。伏見くん?」

 「あ、長谷川くん。こんな時間にごめんね。ちょっと緊急事態で誰も連絡が付かなくて」

 そうだろうな。給料日後の金曜日だ。暇な人間を探す方が難しい。

 「どうかした?」

 「トラブルなんだ。まだ会社にいるんだよ。主任も課長ももう連絡着かなくて・・・」

 まてまて、もっとわかるように話せ。

 「伏見くん、ちょっと落ち着こうか。まずトラブルは何だ?」

 「納品したはずの商品が届いていないんだ!」

 「どこに納品予定の何が届いていない?輸送中のトラブルか?発注ミスか?」

 あわあわして話にならない伏見に答えられるようにしてやる。

 「うん、発注数はあってるみたい。でも先方で納品数をチェックしたら足らないって」

 「来週の月曜日じゃ間に合わないのか?」

 「明日の土曜日から大売り出しらしくて、欠品したらどうするってカンカンでさ・・・」

 「どこの会社?モノは何?」

 「ダイフクドラッグ、商品は男性用洗顔」

 ダイフクと言えば結構な大口だ。仕入業者への当たりもキツいので有名だ。

 「間に入ってる卸しは?」

 「株式会社サンキュー。納品の指定は今日、直にダイフクに入れる予定で、大半は入ってるんだけど、堂山店で納品数が合わないって6時前に連絡が・・・」

 伏見の言う洗顔料の資料なら俺も持っているし、社販で買った現物もバスルームにある。

 「何箱足りないって?」

 「一箱12本だよ」

 正直俺は座っていたベッドから滑り落ちかけた。

 「たった12本か?」

 「そうだよ。たった12本だけど相手が怒ってて」

 半泣きの伏見がそう言う。

 「お前、今本社にいるんだろ?じゃあ、サンプル用に何箱かくらい融通の利く商品あるだろ?」

 「それがあるにはあるんだけど・・・勝手に持ち出したら・・・」

 「そんなこと言ってる場合か?とにかくお前はそれを持って家に戻れ。明日朝一で店舗に直接持って行く。それと課長にメールを入れておけ。それでなんとかなるだろ?」

 「大丈夫かな?」

 伏見はとにかく気が弱くそのせいで判断をミスる傾向がある。

 「大丈夫だ。最悪課長に怒られたら俺のせいにしていいから」

 この一言で伏見は気が軽くなったのか俺の提案に乗った。

 なんか出来の悪い部下を持った気持ちになった。同期なのに。

 またスマホが鳴る。

 「まだなんかあるのか?」

 表示を見ると麗子からだ。

 「もしもし、祐介くん。家に着いたよ。」

 「おかえり。」

 「なんか伏見くんから電話が入ってたけど・・・」

 あいつ麗子にもヘルプ要請しようとしてたのか。

 「ああ、それは大丈夫。終わったよ。なんか小さなトラブルがあったみたいであちこちに電話してたみたいだ。かけ直すほどのことじゃないよ。」

 それから麗子とは他愛もない話をして電話を切った。

 翌朝、早めに身支度を調えてダイフクドラッグへと出かける。

 伏見一人じゃまた対応しきれなかったらまずいからだ。

 伏見に連絡を取り店の前に8時に集合した。

 「失礼いたします。株式会社クロシエの長谷川と申します。店長様はおいでになりますか?」

 開店準備のアルバイト店員に声をかけた。

 「奥にいるよ。」

 そう言って奥を顎で指す。

 まぁ、両手が塞がってるから仕方ないけど態度が良くないな。

 「失礼します。」

 そう言いながら店長らしき人物を探す。

 奥の方でアルバイトに指示を出している40代とおぼしき男性に当たりを付ける。

 伏見は洗顔剤の箱を持って着いてくる。

 「お忙しい中失礼いたします。私クロシエの長谷川と申します。」

 名刺を差し出す。

 「クロシエさん?朝から何ですか?」

 「昨日、うちから納品させていただいた商品に不備があったと聞きまして、直にお持ちさせて頂きました。」

 伏見が洗顔料の箱を差し出す。

 「ああ、あれね。悪いね。うちのバイトが置き場所間違えてて、納品はされとったんですわ。」

 伏見の顔が一瞬引きつる。

 「そうでしたか。それは大事に至らなくて幸いです。では問題がなかったと言うことが確認出来ましたのでこれで失礼いたします。あ、これ弊社の新製品の試供品でございます。よろしければお使いください。」

 俺は営業用の試供品セットを手渡す。

 何か言いたげな伏見を促しその場を退席する。

 「悪かったね。バイトにはよく言って聞かせとくから」

 後ろから店長のが声を掛けるので振り向きつつ軽く会釈をして足早に店の外へ出る。

 「長谷川くん、なんだよあれ!」

 憤る伏見に俺は答えた。

 「気持ちはわかるけど、うちのミスじゃないことがわかって安心しただろ?こういう積み重ねが信頼を得る近道なんだよ。それと主任と課長にメールしとけよ。」

 俺は伏見と別れて帰宅することにした。

 帰りの車内で伏見からショートメッセージが届いていた。

 『さっきはありがとう。お礼を言うのを忘れてた。今度昼飯奢るから』

 俺は『お互い様だ、気にすんな。飯は遠慮なく奢ってもらう。』と返信しておいた。

 

 「と言うことがあったんだ。」

 俺はむくれる麗子に説明していた。

 今朝、早くからサプライズでベッドに忍び込むつもりで連絡なしに来てみたら俺が連絡もなく留守という逆サプライズを掛けられたと言って膨れているのである。

 なんだよ逆サプライズって?

 「一本くらいライン送ってくれても良いのに!」

 「着いてくるだろ?」

 「む!そりゃ着いて行くかもだけど」

 「悪かったよ。お昼奢るから出かけよう。」

 俺たちは神戸の港町界隈に出かけることにした。

 元町から南京町、港のショッピングモールなど結構歩いた。

 麗子はこのベタなデートスポットがお気に入りだ。ノスタルジックな異国情緒が魅力なのだとか。

 俺も思う。小さなトラブルに小さな幸せ。こういう日常が幸福なのだろう。

 前世では生きていくための苦労が多かった。

 日々鮮明になるセドリックの記憶と価値観。全てを思い出したとき、俺は今までの俺でいられるのか。

 港の海風に吹かれて気持ちよさげにしている麗子を見ながら漠然とした不安が脳裏をかすめる。

 今世でも心の不干渉領域には熾火のようにくすぶり続ける熱がある。

 過去にとらわれず、未来に不安を覚えず、今生きていることを幸福に思おう。いまはそれでいいと思った。


 俺は入社して一年になろうとしていた。

 会社の社風も悪くないし上司や同僚にも恵まれていると思う。

 麗子との生活も日々俺に潤いを与えてくれる。

 一年の営業部勤めを経て、俺は開発部へ転属するか営業部で引き続きキャリアを積んでいくかの岐路に立っていた。

 ありがたいことに営業部からは残留することを請われていたし、開発部からもラブコールがあった。

 なぜ開発部からも声が掛かるかと不思議に思うかも知れない。

 入社当初の希望部署が開発部であることで俺を頭数に入れての人事計画を建てていたというのが大きいだろう。

 ただ、この一年近くで営業部の実績的に俺の穴を埋める人材が確保できるか極めて不安であると担当課長からは言われた。

 正直なところ、俺はセドリックの能力を手に入れたことで、逆に開発の仕事に情熱を燃やせるか疑問になってきていた。

 解析の能力と創成の能力を使えば、簡単に何でも作ることができる。

 日々、この能力を試し続けた結果、色々なことがわかってきた。

 初めて創造したコットン100%のタオルのように見知った物は調べるまでもなく生み出すことが出来る。

 ネットで設計図など開示されていて俺が頭の中でこういう物だと理解した物も思ったより容易に作り出すことが出来た。

 ただ、スマホなどの構造が複雑な物は簡単にはいかない。

 例えばスマホのバッテリー一つ作るだけでどれほどの内容を理解しなければならないかだ。

 主成分のコバルト酸リチウムは創造できても、カーボンを積層した負極などを組み込む形が完璧に理解できない。

 セドリックが生きた前世とは技術力やテクノロジーが違いすぎる。

 そもそも同じ世界とは思えないが。

 試しに、前世で造り慣れた剣や槍など武具は容易く作れるが、ファンタジー世界の鉱物由来のミスリルやオリハルコンはさすがに無理そうだった。

 アダマンタイトはダイヤモンドと混同されることがあるが別の物質のようである。

 チタン製のナイフなどは案外簡単に作れたのが意外だった。

 チタン製の焚き火台を作って、上司の誕生日にプレゼントしたらものすごく喜ばれてしまった。一応知り合いのメーカーの試作品という体にしておいた。

 日本刀を作ったときは刀の構造からしっかり調べた結果、現代刀クラスのものは作ることが出来た。

 色々と試しているうちに困ったことに気がついた。

 つまり、作った物は現物としてそこに存在することになるのだ。

 俺のスキルでは創造はできても消去が出来ないということだ。

 食べ物であれば食べてしまうから問題ないが、出来損ないのリチウムイオン電池なんかは始末するのが結構面倒だ。なので、最新技術系の化学製品の試作は止めることにした。

 あと、生命の創造はどう考えても倫理に反すると思ったがどうしても興味が湧いてミジンコを創造してみた。

 出来上がったのはミジンコの死骸だった。

 完璧に作っても動かないのだ。

 なんだか命の神秘を感じたので、あまり大きな物は作らないことを心に誓った。 

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