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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
18/48

桜の花は

 翌日になり経理、財務関連部署の人間も招集され、具体的に株式会社ヨツバのM&Aの計画が始動し始めた。と言っても、株式会社クロシエは業界の大手企業ではあるが株式公開をしていない。

 株式会社ヨツバについても未上場の会社である為、筆頭株主になるのは創業者一族であることが多い。

 ヨツバの未公開株のほとんどを前社長の山路家の山路智子氏が保有している状況である為、5億円で決まった。

 M&Aの価格の基本は時価純資産+実質営業利益が一般的だ。

 ちなみに売却価格などについての話は後日になって聞いた話だ。

 一部署の係長辺りがリアルタイムで耳にする話しではない。

 所沢室長はもちろん話の中心辺りに陣取っていたが。

 鈴木社長襲撃犯の捜査については警察が捜査本部を所轄に設置して捜査に当たっている。

 ヨツバ役員連続殺人事件との関連性も含め、捜査しており、時任社長は逮捕拘束されること無かったが、未だ重要参考人として捜査に協力していた。

 慌ただしい中出はあったが、かれんチャネルの恒例オフ会が迫っており、経営企画室のメンバーはそちらの準備で大忙しである。

 今回は野点(のだて)の趣向なので茶道の講師がいた方がいいとなったのだが、なんとその臨時講師はベアード大佐こと大熊がやることになった。

 これには栄美や兼人も最初は笑っていたが、裏千家の許状だけでなく、茶名まで持っており正式に講師として職に就けるレベルと聞いて黙ってしまった。

 確か、茶名を取るのに10年くらい掛かるはずなのでは・・・

 「自分の家系は歴代茶の湯を嗜む家なのであります。私も幼少の頃より心身共に茶の湯にどっぷりとはまっていたのであります。」

 人は見かけによらないというか、バリバリに英才教育を受けているじゃないか。

 「野点は気持ちよく最低限のルールに沿って楽しんでもらえればそれで良いと思うのであります。」

 その最低限のルールというのが、英才教育組と一般人に隔たりがある気がしてならないのだが・・・

 キャンプ場でも緋色の毛氈(もうせん)が敷かれた大きな縁台を用意してくれた。

 この野点イベントに乗っかる形でマスターエルクからアウトドア野点セットが限定発売され、当日のイベントでも現地で販売する用に200セット用意していた。

 実は、先日ベアード大佐、伏見をマスターエルクの高波氏に紹介するため、会食を行ったのだが、この席で3人が意気投合してしまったのである。

 考えれば3人ともクリエイティブな分野にスキルポイントを振り分けているような人種だ。これは必然なのかもしれない。

 そこでアウトドア野点セットの販売となったわけである。

 よく間に合ったなと思ったが、もともと木で作ったククサのような茶碗はマスターエルクの新製品にラインナップしていたらしく、そこに茶筅(ちゃせん)と和柄の巾着袋を合体させた合わせ技的な感じで新発売としたようだ。

 しかしこういった、セット販売方法は侮れない。

 セットにすることで新しい価値や意味を創造することはままあるのだ。

 しかもカレンのYouTubeの概要欄からの直リンクからしか買えないという徹底ぶりで9800円という値ごろ感も有りネット販売の300セット即日完売し、当日販売の200個も予約だけでキャンセル待ちになってしまっていた。

 「かれんちゃん効果もスゴいなぁ」

 高波がため息をつく。

 高波の作る商品のクオリティは高く、かれんチャンネル企画で販売した商品に対するクレームはほとんど出ていない。

 転売問題が数件と偽物がオークションサイトに出回ったのが1件と使用方法の間違いからの破損が数件有った程度だ。

 チェアーや焚き火台は堅牢さについてオーバースペックだと言われる程度には作っている。もちろん俺が作ったモノも多いのでそれは断言できる。

 キャンプ用アウターにしても国内でも縫製にこだわっている。

 高波肝いりのオイルマッチのクラファンでの資金調達は普通に考えれば順調なのだが、かれんのブランド名前で売ったモノとは勢いが違うのは否めない。

 「オイルマッチの方ももうすぐ目標金額に達するでしょ?」

 「いや、もう昨日の夜には達成しているんだけどね。」

 しまった。やぶ蛇である。

 「お、おめでとうございます。」

 「ありがとう。今回はかれんモデルじゃないけど、かれんチャンネルで宣伝もしてもらったし、そういう意味では恵まれてると思ってるよ。」

 「定番になりそうですか?」

 「そうだねぇ。うちのラインナップにしては高価格帯なのでどうだろうなぁ。いつの間にかマグネシウムのファイヤースターターが一般的になったようになればねぇ。」

 「設計思想的には歴史があるんでしょ?」

 「もちろん、昔から有るんだけど、アウトドアブームで再燃したアイテムではないよね。」

 「逆に考えれば、火付け役になるかもしれないじゃないですか?マッチだけに・・・」

 「長谷川くん。キミそういうこと言うキャラだっけ?」

 「・・・失礼しました。」

 なんでとっさに親父ギャグ的なことを言ったのか自分でも意味不明である。こればっかりは前世の記憶のせいにはできないなぁと反省する。

 ともあれ、4月後半に野点オフ会、5月のゴールデンウィーク後半に5月のオフ会と立て続けにキャンプオフを開く強行軍となるが、5月のオフ会には特別なイベントは用意していない。その分用意は楽であるはずなのだが、参加希望者がかなり多そうだ。

 キャンプ場を貸し切りにしてもらい、キャンセル待ちになっているという話も出ている。

 

 一方、鈴木社長の容態は未だ覚醒には至っていないが自律呼吸は出来ているため一旦山は越えたように思われている。

 捜査本部の方も全力で捜査に当たっているのだろうが、事件発生から3日なので進展は少ない。

 犯行時刻は被害者である鈴木社長が発見される直前であることは傷の状態から分かっている。逆に発見が数分遅かったら命は無かったかもしれない。

 改めて思う。この状況で一体何のために鈴木社長は襲われたのか?

 一晩監禁した後、殺害に踏み切った理由も意味が分からない。

 社長の意識が戻れば証言が得られるかもしれないが、いつ意識が戻るかも不明の状態だ。 そしてヨツバの山路氏・内藤氏・鈴木社長の次に誰かが狙われている可能性もある。

 所沢の話に依ればここ数年での不審な溺死案件は5件以上あり、関連性も否定できない。

 これは素人が捜査に首を突っ込んでも邪魔になるだけではないのか?

 所沢は独自に動いて犯人を挙げるつもりでいるらしいが・・・。


 俺は体調が完全復活し、久しぶりに麗子とデートを楽しんでいた。

 麗子は昨年以来カメラにのめり込んでいるようで、最新のミラーレス一眼と標準・広角・望遠ズームを購入していた。

 一体総額いくら使ったのか?聞くのが怖い。

 会うたびにレンズや三脚など装備が整っている気はしていたが、これが沼というやつか・・・。

 「なあ、麗子さんや。このプロ並みの装備って・・・」

 俺は栄美のように付き合っているからと相手の消費にまで口を挟むつもりは無い。

 無いのだが・・・

 「うーん、普通自動車が1台買えるくらいかな?」

 平然と言ってのける麗子であった。

 「最近応募したフォトコンテストにも入賞したんだよ。1月から毎月入選してるの」

 それはスゴい。

 才能があるとは思っていたが、まさかそこまでとは

 「なんで教えてくれなかったの?」

 「祐介くん忙しそうだったし、共通の趣味じゃ無いから共感持ってもらえないかも、とか思っちゃって。」

 言われて否定は出来ない。

 物作りは好きだから、写真撮影に興味が無いわけでは無いが、どちらかというと2次元より3次元の立体モノを作る方に情熱を注いでしまうだろう。

 「祐介くんも写真やらない?たぶんだけど、スゴくいい写真撮ると思うんだ。」

 「うーん、そうだね。今度カメラ見に行ってみようかな。」

 3Dでモノを作ったりコピーすることは出来るが写真はコピーできても念写みたいに映像を作るのはやってみたことが無い。一度実験してみてもいいかな。

 という感じで、久しぶりのデートは桜の名所巡りになった。

 桜の木や花だけを撮っても作品にはならないそうで、背景や建物などを入れてこその写真なのだとか。それがセンスなんだと麗子は言った。

 桜の花と一緒に微笑む麗子は俺が今まで見た麗子の中でもとびきり綺麗だった。

 なるほど、写真に残したいと思う思いはこういうことなんだと実感した。

 夕方まで写真を撮り、レンタカーを返してから地元のイタリアンレストランで夕食にした。

 イタリアンレストランと言いながら、地中海料理全般を扱っているお店で、特にブイヤベースが美味しいと評判の店だった。

 ボルドーの白ワインをボトルで頼み、前菜に生ハムのハモンセラーノ、サラダはシーザーサラダ、メインがブイヤベースでデザートにティラミスとホントに何料理だという感じだが、日本人にとっては洋食というくくりで同じカテゴリーにしてしまう。

 「日本ってニュアンスを大事にする国なんだなぁ」

 つい声に出ていた。

 「なに?それ」

 「何というか・・・ざっくりとしていながら全体が調和しているというか」

 「そうだねぇ。色々な料理や文化も取り込んで昇華しちゃう。みたいな?」

 麗子がニコニコしている。

 今日は本当にデートらしいデートをした。

 たいした話もしていないが、こういう時間が大事なのだと思った。

 「じゃあ、また明日ね。」 

 麗子は駅の改札を抜けるとこちらを振り返りそう言った。

 俺は未だにその姿が忘れられない。


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