今やるべきことは
鈴木会長邸宅は庭を備えた門構えも立派な日本家屋であった。
インターホンで呼びかけると執事然とした老紳士が現れた。
彼は会長が引退時に秘書室長を務めていた藤村という男だった。
定年退職後は会長の自宅で執事をしているとの事だった。
「藤村さん、お疲れ様です。」
「お疲れ様です、所沢様。お初にお目にかかります。長谷川様。旦那様と若奥様は応接室の方でお待ちになっております。」
応接室に案内されると会長と昌子夫人がやや緊張した面持ちでソファーに腰掛けていた。
「会長」
「所沢君どうなっているんだね?雅子さんから聞いただけではまだ状況が把握できなくてな。」
「承知いたしました。その前に彼がうちの長谷川君です。今は私のサポートを中心に尽力してもらっています。」
名誉職に就いている会長とは初顔合わせだった俺はどう挨拶していいものか迷ったが
「初めまして長谷川です。」としか言い様がなかった。
「噂は聞いているよ。とりあえず二人とも掛けたまえ。」
会長の隣に雅子夫人、その対面に俺と室長が座るかたちになった。
「時系列からお話しさせて頂きます・・・」
室長に促され、俺から昨日の鈴木社長の足取りを説明した。
現在午後3時になるが、警察からの連絡はまだ無い。
「ということは、雅俊の足取りはミナミの繁華街で途切れたということか?」
「現在はそのような状況です。」
会長は深いため息をつく
「雅子さん、少し顔色が悪いように見える。別室で少し横になりなさい。」
「え、でも・・・」
「藤村、お連れしなさい。」
「かしこまりました。」
雅子夫人には有無を言わさず、藤村が呼びつけたお手伝いさんに連れて行かれた。
俺はお手伝いさんを見て度肝を抜かれた。
彼女たちの制服は大正時代のカフェーの給仕さんの装いだったので有る。
ピンクの矢絣柄の振り袖スタイルの和装にエプロンドレス髪は後でひっつめ、大きめの髪飾りで留めてある。
なんとも趣味性の高い制服だ。
『なぜ誰も突っ込まないんだ?』
俺は今のこの緊迫感のある状況とかけ離れたモノを見せられている感覚で一種のゲシュタルト崩壊を起こしそうになった。
「あらためて、所沢君、何かわしに話があるのではないかね?」
座敷に3人になったのを見計らい会長が声を掛けた。
「お察しの通りでございます。」室長は一呼吸置くと続けた。
「ヨツバの時任氏と話して参りました。」
「所沢君、詳しく聞かせてくれんかね。」
「承知いたしました。」
所沢は時任との会話を丁寧に説明した。
「なるほど・・・所沢君はどう見る?」
「この件に関してウソは無いかと」
「どう考えていいものか。わしは今少しだけだが安堵しているのだよ。長男が失踪しており状況は極めて危険と分かっているのだが、その件にあやつが関与していないと分かっただけで」
「心中お察しいたします。」
次男が長男を害しようとしているなど、親として苦痛以外のなにものでもない。
「ただ社長の身の安全については私たちの取り越し苦労の可能性もありますので、今は警察の情報を待ちましょう。」
「長谷川、社長の動向の後追いをするぞ。」
「会長、もしですが時任氏の件、公にされるのでしたらお早めにされるのがよろしいかと」
鈴木会長は目を閉じしばし考えているようだ。
「わかった。君を信じよう。」
会長は自室に退席し、俺と室長そして入れ替わりにやってきた藤村が座敷に陣取り各方面と連絡を取っていた。
別室で待機している雅子夫人には警察から連絡があり次第伝えてもらう様に話をしてある。
俺はまず社長が向かったという店に連絡を入れた。店の名前はスナックウラヌス。
そろそろ開店の準備に入っていてもおかしくない時間だ。
電話を入れると女性が応答した。
「はい、スナックウラヌスでございます。」
声の感じは30代から40代に聞こえる。店主、いわゆるママであろうか?
「私、株式会社クロシエの長谷川と申しますが、お店の責任者の方でいらっしゃいますか?」
「はい、ママをしております淡路奈津子と申します。鈴木社長にはいつもかわいがって頂いてありがとうございます。」
俺は通話をスピーカーにして室長にも聞こえるようにする。
「少しお聞きしたいことがあるのですが、弊社の鈴木が昨日お邪魔しておりませんでしたでしょうか?」
しばしの沈黙の後
「昨日はお見えになりませんでしたよ。」と奈津子ママの返答があった。
室長を伺うと顔を縦に振る。どうやら嘘ではなさそうだ。
「そうですか。では鈴木から何か連絡などはございませんでしたか?」
「失礼ですが、どういった御用向きでそのようなことを?」
少し警戒心が混じった様な声音になった。
「失礼いたしました。私、所沢と申します。少し前にお邪魔したことがあるのですが、覚えていらっしゃいますか?」
室長が会話をスイッチする。
「所沢さん、ええ覚えていますよ。鈴木社長とご一緒に来られましたね。」
「先ほどの長谷川は私の部下の者でして、怪しい者ではございません。うちの社長と連絡が取りたいのですがちょっと行き違いで連絡が取れないのですよ。昨夜そちらに行くという話は聞いていたので何かご存じないかと思いまして。」
「鈴木社長からは何も、ただ・・・時任さんからうちで鈴木社長に会うのでボックス席を予約していて欲しいと連絡がありましたが、時任さんも来られませんでしたね。」
「そうでしたか。いや突然変な電話をしてしまい申し訳ありませんでした。時任さんから予約の電話が入ったのはいつ頃でしたか?」
「昨日の夕方、5時くらいかしら?」
「ありがとうございました。詳しくは時任さんとは連絡が取れますので一度聞いてみます。では失礼いたします。」
電話を切った。
「どういうことです?時任社長は何も言ってませんでしたが」
「ウラヌスのママの話にも嘘がなかった感じだ。多分何者かが時任氏の名前をかたって鈴木社長を呼び出したと考えてもおかしくないし、スナックに時任という名前を出すことで、容疑を向けるなどの工作かもしれない。」
「何者って何者なんです?」
「流から考えると山路社長、内藤常務の事件にも絡んでいる可能性が高そうだな。」
今回の一連の流れを見ると表面的に時任氏が山路、内藤両氏を殺害し、鈴木社長も拉致もしくは殺害しているように見える。
鈴木社長が亡くなったとしたら、血筋で言えば腹違いの時任氏が鈴木家の最後の男子直系にあたる。鈴木社長に子供がいないためである。
今回の事件を受けて、鈴木会長から時任氏の件が公表されるだろう。
それこそが時任氏がこの一連の事件における主犯の様に見える要因でもある。
俺たちは時任氏の潔白を所沢のスキルにより知ることが出来たが、これとて証拠があるわけではない。
一番利益を得る者を疑う理論から言えば間違いなく時任氏になる。
警察もその線で捜査するだろう。
真犯人を早めに見つけないと色々と面倒ごとが起きそうである。
タクシー運転手の証言によりミナミのスナックビルの前まで移動したのは確認が取れている。降車時刻は20時45分頃
スナックへ来店予約があったのが当日17時頃
その件については既に時任氏に連絡を入れて本人ではないと確認済みだ。
時任氏の名をかたり何らかの手段で鈴木社長をスナックビルまで呼び出したのは間違いが無い。
その際、電話など音声通話で呼び出すことは難しい。
鈴木社長は時任氏の声を知っているからだ。
となればメールかメッセージなどの通信手段となるだろう。
具体的にはLINEか通常のメールかショートメッセージ辺りが一般的であろう。
その件について警察へ連絡を入れる。とにかくミナミの繁華街からの鈴木社長の足取りを追うのは警察が一番早い。
通常の捜索願いだけでは無く、殺人事件関係の絡みで在る事は認識しているはずなので、少しは期待できると思う。
俺も知り合いの警察関係者に連絡を入れ、プッシュしてもらう。
時刻は午後5時になろうとしていた頃、社長夫人の携帯が鳴った。
俺たちは応接間でその着信を見守っていた。
「はい、鈴木でございます。」
震える様な声音で夫人が電話を受ける。
「はい、はい、え・・・」
夫人は気分が悪くなったのかソファーに倒れ込んだ。
所沢室長が電話を替わり受け答えする。
「お電話かわりました。」
「はい、そうですか。どちらの病院ですか?分かりました至急向かいます。」
そう言って電話を切った。
「鈴木社長が見つかったぞ。ただ、胸部を刺され意識不明の重体だそうだ。長谷川行ぞ!」
「はい!」
俺たちはタクシーで市内の救急病院へと急ぐ。
タクシーに乗り込むと所沢はすぐに救急病院へ連絡を入れ、個人情報保護だの何だのと言いつのる病院に対して所沢は落ち着いて説明し、社長の容態を聞き出す。
「長谷川、もしかしたらお前の力が試されるかもしれない。」
所沢室長はいつにも増して真剣な面持ちで俺に向き直る。
「社長の状況は肺静脈と心臓が傷ついており、心肺停止状態だ。緊急手術を行うとの事だ。」
「・・・」
「おそらくは人工心肺で延命している状況だろうが長くは保たないだろう。」
「・・・」
「新しい心臓が必要かもしれない。」
「新しい心臓・・・」
室長の言わんとすることが分かったが、そんなことは無理だ。
俺のスキルで社長の心臓を複製しろと言っているのだろう。
「現物を目の前にすれば複製も可能なんだろ?」
「それはそうですが・・・」
いや、無理無理無理そんな複雑なものなんてコピーしたことがない。
「だいたい、医者が協力してくれませんよ。」
「大丈夫だ。運がいい。俺はあの救急病院に色々と貸しがある。」
その内容は怖くて聞けないが、とにかく違法すれすれでもなんとかさせると室長は言った。
俺たちは程なく救急病院、梶原総合病院へ到着した。
受付に行くと室長は医院長に取り次ぎを依頼した。
戸惑う受付だが室長の圧に負けて医院長に電話を繋いだ。
医院長に電話が繋がると所沢は受話器を受付嬢から奪い取ると医院長に話し始める。
「あ、梶原先生?どうも所沢です。ちょっと急なんですが今からそちらに向かいますのでよろしお願いします。」
そう言うと、受話器を受付嬢に返すとさっさとエレベーターへ向かって歩き出した。
俺も後を追う。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。長谷川はとにかく心臓をどうするかだけ考えておいてくれ。」
それこそ無茶な話なんだが・・・
「どうも、医院長先生。お忙しい中申し訳ない。」
医院長室のドアを開けながら所沢は全然申し訳なさそうにない挨拶をする。
「あまりにも礼を失しているとは思わないのかね?非常識というレベルの話だ。」
「まあまあ、ちょっと緊急の要件なんですよ。大目に見て下さい。」
梶原医院長は均整の取れた白衣姿の伊達男だった。
「で、何なんだ。」
「先ほど心肺停止の急患が運び込まれたはずだが知っています?」
「いやまだ聞いてないね。」
「うちの社長なんですよ。」
「そうなのか?で、どうしろと言うんだね。」
「緊急手術で心臓移植を行って欲しい。」
「は?移植だと?」
「そうだ。新しい心臓はこちらで用意する。」
「そんな話は前代未聞だ。」
「心臓移植はしたことあるんだろ?」
「それはあるが・・・」
「じゃあ、問題ないな?」
「問題大ありだ!そもそも出所の分からない適合するかどうかも不明な臓器を移植しようなんて馬鹿げてる!」
「その点は大丈夫だ。100%適合するものを用意する。それと、この男を手術に立ち会わせてくれ。傷ついた心臓を取り出し、新しい心臓を渡すまでの間までていい。」
「どういうことだ?」
「後で臓器保存液につけた心臓を手術までに用意する。緊急を要するのですぐに取りかかってもらいたい。それと、移植の瞬間は医院長だけが手術室に残る様手配してくれ。」
「馬鹿な!何を言ってるんだ?」
「医院長先生、分かってるだろ?」
所沢の声が1トーン低くなる。
「・・・保証は出来ない。」
「大丈夫だ。あんた結構腕はいいからな。」
俺たちは医院長室から出ると緊急搬送された鈴木社長の元へ向かう。
俺は臓器保存液の成分を調べ保冷パックと共に生成する。
それを持って手術室前に待機していると医院長が現れ手術着に着替える。
「検査結果からはとにかく心臓の損傷が激しく通常では、助けようがない。」
検査結果を見ながら梶原医院長がため息をつく。
俺も手術着に着替え、保冷バッグを手に手術室へ入る。
鈴木社長は既に手術部位以外を緑色の布で覆われ人工心肺と思われる機械に繋がれていた。
医院長は目で俺を促す。
「スタッフは一度室外に出てくれ。この男に最後のお別れを言わせてやってくれ。」
かなり無茶苦茶な理由でスタッフを手術室から追い出す。
俺は鈴木社長のむき出しになった心臓をニトリルグローブ越しに触れる。
コピーする部位と傷ついてしまっている部位を判断して必要な部分だけをコピーしていく。足本に置いた保冷バックの中、臓器保存液の中にコピーされた心臓が形成されていく。絡み合った神経系が特にやっかいだ。
「まだかね?」
こちらに背を向けている梶原医院長がいらだたしく声を掛けてくる。
もう少しだ。だがかなりキツい。あっという間に俺の血糖値が下がっていくのが分かる。
たぶんだが、俺の脳は今スゴく発熱しているのだろう。
頭が沸騰するとはこの事だ。血管が切れそうだ。
俺はなんとか倒れる寸前でやりきった。
「終わりました。」
俺はそう言うとそのばに倒れ込んだ。
梶原医院長が振り向き、何か言ったが俺は認識できなかった。
俺は意識を失った。
「よう大将。お疲れだな。まぁ一杯飲めよ。」
俺は横になっているようだ。ただやけに頭が重い。目を開けるのが億劫で仕方が無い。
声の主は分かっている。厳つい顔の盾役の大男だ。この状態で酒を飲ませようとはとんでもないヤツだ。
俺は起きようとするが身体は動かない。それどころか目も開けれない。
ああこれは金縛りというヤツだ。疲れていると脳だけが覚醒状態で身体が寝たままという話を聞いたことがある。
寝る前は何をやっていたんだったか?そうだ遠征に出ていた。ものすごい大魔法を食らって身体が焼けて・・・そう電子レンジに放り込まれたような・・・
なんだか記憶が曖昧で今、何処にいるのかも思い当たらない。
「長谷川。おいしっかりしろ。長谷川!」
課長の声だ。いや室長になったんだった。
「所沢さん・・・俺は今何処に?」
身体がだるくてしゃべるのも面倒だ。できるだけ単語を減らしてしゃべる。
目を開けるのもツラく感じるため目は閉じたままだ。
「病院だ。大丈夫か?」
なんで病院に・・・あそうだ、社長の手術だ。どうなったんだ?
俺は目を開けた。
「室長。社長は?」
「ああ、移植は成功した様だ。今はICUにいるよ。」
「俺は?」
「手術室でぶっ倒れた。今はぶどう糖の点滴を打ち続けている。」
見回すと俺の腕には点滴のルートが取られていた。
「今晩は病院で一泊していけ。俺はこれから会長宅へ戻る。明日朝に迎えをよこす。お大事に」
そう言うと所沢は病室を出て行った。
俺はまだ全身が鉛になったような気分だったので、そのままベッドに横たわっていた。
ぶどう糖が脳に行き渡って思考がまともになってくる。
前代未聞の大偉業を成し遂げたらしいとぼんやり考える。
だが急激に睡魔が訪れ、俺はまた眠りについた。




