魚の串焼き
『ほほう、これは美味しいね』
大きな葉っぱを皿にして魚の塩焼きを献上すると、トト神様は器用に骨を避けて一口囓り、まんまるな目を細める。ツチノエとミズノトの影響だろうか、それとも神だからか、獣の姿とは思えないほど表情豊かだ。
焚き火で焼いた魚の串焼きはどうやらお気に召してくれたようで、獣神はそのままさらに口を付ける。
「美味しい! お姉ちゃん、これすごく美味しいよ!」
「すごいわ! いつも食べてるお魚なのに、全然味が違う! あたし、こちらの方が好き!」
子供たちも気に入ってくれたようで、子供特有の高い声で喜びながらすごい勢いで魚にかぶりついていた。慌てて食べなくても誰もとらないのに喉に詰まる勢いだ。魚の骨が刺さらないか心配になってくる。
「二人とも、落ち着いて食べて下さいね」
そう注意しても勢いは止まらない。どうしたものかと思うが、まあ獣神様の加護持ちっぽいし、その獣神様もここにいるのだから大丈夫か。
とにかく、美味しく作れたのなら良かった。一安心だ。自分は経験に紐付く記憶がないから、どうしても上手くできるか少しだけ不安だった。
料理など知識だけあっても手際が悪ければ上手くいかないものだが、下処理や焼き加減の見極めは自分でも驚くほど問題なくやれた。もし頭ではなく手や目でそれを覚えていたのであれば、どうやら自分は料理上手だったらしい。……あるいは、さばいばる上手の方かもしれないが、この状況ではどちらでもいい。
「ふむ……」
自分の分の串焼きを食べてみる。
少し焦げの入った皮はパリッとして、じっくりと火を通したから身がフワフワで、骨から簡単に離れる肉にはしっかりとした魚の味があった。そこに粗く削った岩塩がちょうど良く効いているものだから、空腹だったこともあってかなり美味に感じた。
神の聖域に棲まう魚だ。生で食べることもできるくらい、おそらく元々味が良い魚なのだろう。もちろん岩塩も良いに違いない。さらには自分の料理の腕も上等のはず。これならば高貴な身分のお方に出してもいいのではないかとすら思う。
うん、文句なく美味しい。感動すら覚えるほどだ。
が……。
「ただの塩焼きで、これほど喜ばれるなんて……」
結局これは魚の塩焼きで、感動を覚えてもそれは塩焼きとしては最上級に美味いという種類のもので、最上級の食材を使った最高級品というわけではない。
しかし子供たちの喜びようはそういう最高に美味しいものに出会った時のもので……作った方としては嬉しいのだけれど、同時に後ろめたい気持ちも感じてしまった。
ツチノエとミズノトは、本当に料理というものを知らないのだろうか。まあ火も知らなかったのだからそうか。
それは、なんだか良くない気がした。
「トキヨツヒマガツトト様」
『なんだい、シノ? それ食べないのならもらおうか?』
気づけば丸い毛玉に声を掛けていて、トト神様は視線をこちらに向けるなりそう言った。
神に似つかわしくない卑しさだ。食べかけの焼き魚なんか渡して大丈夫だろうかと思いつつ、葉っぱの皿に串焼きを載せる。
自分の分はいい。先ほど一口食べたし、忍者であれば空腹に耐えるくらいはできて当然。
それに、夕食はもっとずっと豪華にするつもりだから。
「この森には、他にどのような食べ物がありますか?」