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お昼寝

「あたし、シノお姉ちゃんをここに連れて来たかったの!」


 ミズノトに連れてこられたのは一風変わった木の生えた場所だった。

 ここはあの中心部とは違って大きい木々はまばらで、おかげで陽の光が地まで届いていた。地面を覆っていた苔もあまりなく、今までの景色とはまた違った。……おそらく見上げるほど大きな岩がいくつも転がっていて、地面もゴツゴツとした大小の石が隙間なく敷き詰められているから、植物が育ちにくいのだろう。

 いったいここはどういう場所なのだろうか。人の何倍もある大岩がこんなにゴロゴロしているだなんて、なにか曰く付きの場所のような気がする。


「ここはとってもいい匂いがするのよ」

「ああ、たしかにいい香りですね」


 言われてみると、落ち着く淡い香りがかすかに鼻をくすぐった。……いや、匂いよりも光景が気になるのだけれど。

 本当に淡い、言われなければ分からないほどだが、たしかに一度気づけば心地よさに包まれているような気がしてくる。正直、この香りが何の香りかまったく分からないことがちょっと恐いが、悪くない気分だ。


「ここはお日様もぽかぽか暖かいし、そよそよの風も気持ちいいし、お昼寝するのにすごくいいの」

「お昼寝ですか」


 言うが早いか、ミズノトはよじよじと岩の一つに上って行ってしまう。たぶんそこで寝るのだろう。

 なるほど。彼女は目隠しをしているからか、この偉容な光景が気にならないらしい。匂いとか陽の光、風の方が彼女にとっては重要なのだ。


 ミズノトを追いかけて岩に上る。岩の表面は滑らかで、太陽で温められて心地よい。……しかしやはり堅いのはなんとも。寝る場所も岩屋だし、子供たちは堅い場所で眠るのを気にしないのだろうか。


「お姉ちゃん、夜はどこに行っていたの?」

「え」


 聞かれて、驚いた。あの散歩は二人が寝静まってから行ったはずだけれど。


「あたし、お姉ちゃんがいなくなってすごく寂しかったわ。思わず目隠し取ろうとしたくらい」


 目隠しを取るとは、おかしなことを言う。そうしたら見えるのだろうか。

 ……見えるのかもしれない。


「すみません。寝付けなかったもので、少し散歩をしていました。ミズノトは目隠しを取るとどうなるのですか?」

「んー、いろんなものが見えるようになるわ。でも、見えすぎるから目隠ししてるの」


 知識にはある。人でも希に持つ者がいて、そういう者は巫女や呪い師になるのが常だった。

 魔眼。それも半神のものだ。

 夜に抜け出した自分の姿を探そうとしたのなら、千里眼だろうか。過去視や未来視もありそうだ。そしてわざわざ封印するほどならば、弱いものであるはずがない。

 使用者に負担をかけるほどに強力なのか、あるいは遠方だろうと過去未来だろうとおかまいなしに見えた事象に干渉すらできてしまうのか。なんにしろ封印されてしかるべきな理由があるはずだ。


 あるいは……見えすぎる、とは言っているが、複数の力があることも考えられる。いくつかの神が操るという腐敗や石化の呪いを振りまく視線の話は自分の知識にもあった。

 彼女がそういう力を持っているのならば、最悪見られただけで死ぬ可能性もある。能力が完全に制御できるのかも怪しいし、子供の時分は封印しておくのがいいのだろう。


「だから、夜に寂しかったら、一緒にお昼寝するの!」


 自分が戦々恐々としているのに、ミズノトはそんなのお構いなしに岩の上に寝転がった。ポンポン、と隣を軽く叩いて誘ってくる。

 どうやら本当に、ただ自分と眠りたかったらしい。誘われるままに横になるとミズノトがくっついてくる。

 少しだけ嬉しかった。寂しいと思ってくれるくらいには、自分は彼女に好かれているらしい。


「どこにも行きませんよ。試練を達成するまで、森を出るのはトト神様に禁止されています」

「ええ。それを知ってたから、夜も目隠しは取らなかったの。でも寂しかったわ」

「……すみません」


 頭で理解しているのと感情は違う。寂しいのは寂しいだろう。

 けれど、もうしないという約束はできなかった。ツチノエとミズノトに試練で勝つなら、投擲武器で二人を傷つけないのならば、何らかの罠を仕掛けるのは必須だろう。

 自分はまた夜、あの岩屋を抜け出すに違いない。


「……ねえ、お姉ちゃんは、試練を達成したら出て行ってしまうの?」

「そうなりますね。今はなにも覚えていませんが、この身は忍者でしょうから。きっと成すべきことがあるはずなので、トト神様から記憶を返していただければ、きっとそれをやるためにどこかへ向かうでしょう」

「そっか」


 ミズノトは呟くように頷いて、それからすぐに寝息を立て始める。子供はやはり寝付きが良い。

 暖かな陽の光と、温かなミズノトの体温を感じながら、自分も目を閉じる。するべきことはいくらでもあったけれど、どうせミズノトにくっつかれてどうしようもないのだし、それにこのトト神様の神域は生きるのに忙しくなる必要はない気がした。人が生きる上で衣食住は必須だが、食と住は足りているし、暖かいから衣もそこまで焦らなくていい。トト神様が狩ってきた熊もいるにはいるが中心部には近寄らないようだし。

 ここは獣神の神域。獣の神が子育てのために用意した縄張りなのだから、快適なのは当たり前なのだろう。


 なんて甘やかで、時間の流れが緩くて、そして優しい場所なのだろうか。ここはもしかしたら、伝承にある楽園なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、滑り込んでくる睡魔に抗うことなく意識を落とす。


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