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夜に思う

 自分は忍者だった。忍びの者だ。経験の記憶はなくとも、知識の偏りがそうであると言っている。服や装備もそれを裏付けている。

 忍者が得意とするのは諜報や工作、暗殺だ。悪辣と卑怯の代名詞と言ってもいいくらいである。

 なので自分の体術はそのためのものであり、決して真っ向勝負のためにあるのではなかった。


 例えば、平地より森の方が得意だ。障害物に身を隠しながら立体的に動ける。

 例えば、素手より手裏剣やクナイを投げる方が得意だ。接近戦も苦手ではないが、遠間から一方的に戦う方が楽である。

 例えば、正面から立ち会うより無防備な相手を奇襲するのが得意だ。そういう局面を作る方法ならいくらでも知っている。


 つまるところ、自分はそういう存在だった。そしてトキヨツヒマガツトト神はそんな自分に期待した。

 人の悪意を見せよ、と。






 結局今日は、なにも手に付かなかった。釣りで遊んで、釣った魚を焼いて食べて、また双子が釣りをするのを眺めて、そうしている内に夜になってまた魚を食べて、お風呂に入って一日が終わっただけ。

 やりたいことはいくらでもあったのに、できることはあったはずなのに、なんにも進まなくて陰鬱になる。これはあんなことを言った毛玉が悪い。


 双子が寝静まるのを待って岩屋を抜け出し、森を歩く。月明かりもあまり届かない深い森だが、自分はかなり夜目が利くらしい。おかげで特に明かりがなくとも、ゆっくりと進む分には問題なかった。――そういうところも忍者向きだ。嫌になるほど、自分は悪辣な者なのだと思い知らせてくる。

 苔に覆われて滑りやすい森を、大樹に手を添えながらゆっくり進む。別にこっそり森を抜けだそう、だなんて大それたことは思っていなかった。神の裁定を無視するほど頭は弱くない。ちょっとした散歩のつもりだった。

 自分はどうするのか。


「ここには、落とし穴を掘ると良さそうですね」


 歩きながら地形を把握していく。


「ここは網を被せる罠が効果的でしょうか」


 把握した地形をどう活用するかを考えていく。


「ここの木と木の間に障害物を敷けば、あちらへ誘導できそうです」


 逃げる相手を追い詰めるための構築をする。


 正直に言えば……もう、外に出たいという焦りはなかった。もしかしたら任務の最中だったかもしれないが、どうせ失敗した忍びは死んだものとして捨て置かれるか、口封じに殺されるかだ。この忘却の森に追っ手は来ないだろうし、来たところで任務の記憶を失っているだろう。

 記憶を失う前の自分は困るかもしれないけれど、今の自分はそんなに困らない。多少責任感のようなものは感じるけれど、この状況なら仕方がないと思うし。なんなら一度はこの森を出ることを諦めたほどだ。


 しかし……二人が生きていくために教えるという目的があるのならば、話は変わってくる。他ならぬ自分自身の偏った知識が、ただ肉体的に強いだけでは世を渡っていけないとハッキリ言っている。

 この森で世間知らずに育ち外に出た彼らはきっと苦労するだろう。特に初対面でいきなり突撃して抱きついてくるような二人なら、特に。

 少なくとも自分には、トト神様の言葉は否定できない。人は悪辣な者も多く、悪意を持たない人などいないから。


「……嫌ですね」


 自分は卑怯なことをして、あの二人の子供たちに嫌われて、そうしてトト神様から記憶を受け取りこの森を出ていくのだ。それは、心が締め付けられるように痛かった。

 笑顔で手を振って別れるなんてできない。きっと自分が外へ出て行くとき、子供たちは顔を見せないだろう。

 それは、本当に寂しいと思った。たとえ、今のこの記憶がなくなっていたとしても。


「ここには、草を結んで転ばせる罠を」


 罠と言っても、考えるのは危険のないものだった。落とし穴には枯れ葉を敷き詰めておけばいいし、転んだところで擦りむく程度なら大丈夫だろう。

 警戒心を育てるために、実際に酷い怪我を負わせる必要はない。そんな教え方は人だってしない。

 森に罠を仕込み、人はこんな卑怯なことをしてくるのだぞ、と教えてあげればそれでいいのではないか。幸いなことに、トト神様は罠を使うことも禁止はしていない。傷つけろも言われていない。

 それなら、まだしも嫌われないのではないか。それが半神である彼らの教育に十分か否かは分からないが――


「……草?」


 しゃがんで確かめる。地面には苔から飛び出るようにして草がまばらに生えていた。よく見れば、この辺りは木々が細い気がする。枝葉の間に隙間があって、綺麗な星明かりが届いていた。

 考え事をしている間にけっこう遠くまで来ていた……とは思えなかった。さすがにこの暗さではあまり早く歩けない。きっとここだけ木々が若い理由があるのだろう。あの神の縄張りなら、なにかの拍子に天変地異くらい起こしそうだし。

 なんにしろ生えている草は知識にないもので、その内の一つだけ花が咲いていた。暗くて分かりにくいけれど白に近い薄紅色の花弁だ。

 深すぎて下生えもない光景しか見ていなかった森だが、こういう場所もあるらしい。……なら、もっと探せばさらに得意な場所もあるのではないか。


「戻りますか」


 一言口に出して、踵を返す。

 とりあえず、鬼ごっこで勝つには準備が足りない。森を見回り、罠を仕込み、そして相手を知る必要がある。

 あらゆる思考を後回しにして、来た道を戻る。せっかくの夜の散歩だったが、結局気分は晴れないままだった。


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