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 試練の感想。

 それを聞かれて最初によぎったのは、嬉しかった、だった。


 あんな試練を出されて、ああ自分は邪魔なんだな、だから早く出て行ってもらいたいのだろうな、と疑った。

 十を数えて目を開けたとき、本当に近くにいたツチノエとミズノトが視界に入って、その疑いは確信になった。

 正直に言えば、悲しかったし、寂しかった。まだ会って二日目だけれど、記憶のない自分にとって二人と一柱だけが知り合いで、そんな人たちに拒絶されるのは胸が痛んだ。


 だから、あんな条件を出したのだ。

 十の内に試練を達成してやって、なんの面白味もなく試練を速攻で終わらせてしまって、この程度では満足できないと言ってやろうと思った。

 神の試練はこの程度か、と煽ってやろうと考えていたのだ。


 けれどツチノエとミズノトの二人は自分から見事に逃げて見せて、しかも奥の手まで持っていて、普通の相手であればあの距離で十分だったのだと示した。そのうえで自分を甘く見ていたことを認めるように二歩下がった。――もう捕まらないように。

 あれで勘違いだと分かって、本当に嬉しかったのだ。

 自分は歓迎されている客人で、ここにいても邪魔ではないのだと教えてくれたのだ。


「二人が怪我をしてもいいと?」

『あの子たちはあれでも我の子、半神だよ。そうそう死なないし、普通の怪我くらいならすぐに治るさ。痕も残らないよ』


 しかしこの神は、別の意味で自分を歓迎してくれていたらしい。


『心配しなくても、道具を使うなというルールは課していないからね。もちろん子供たちを傷つけるなというルールもない』


 たしかに説明されたのはそれだけだった。違反に関してはせいぜい森を出てはいけないくらいだが、それもツチノエとミズノトに課されたものだ。

 手裏剣やクナイで二人を傷つけても、神から自分にお咎めはない。それどころか、背負っている直刀で斬りかかったとしても許されるのだろう。……そしてこの神の言うことを信じるのならば、あの子供たちは怪我くらいはするけれど、半神の治癒力で怪我は早く治る。


『そして神は自ら決めたルールは破らない。君はどんな手を使っても、開始を宣言してから十を数えて、日没までに二人を捕まえられたら勝利だ』


 神は己のルールを破らないし、嘘も言わない。矮小な人ごときにそんなことはしないし、そもそも神の格がそれを許しはしない。間違いなくすべて真実だ。

 自分は手段を選ばなくていい。


『忍者ならば、そちらの方が得意だろう?』


 その通りだった。


「なぜ?」


 短く問う。

 相手は神だ。余計な言葉を紡がなくても、こちらの考えていることなどお見通しのはずだ。


『ツチノエとミズノトは、いずれこの忘却の森を出る。そうしたら、外の人族と関わることもあるだろう。……けれど、人は善い者だけではないだろう?』


 それは、その通り。善人ばかりではない。悪人なんていくらでもいる。


『我が地上にいられる時間は、二人が大人になるまで。その間に教えられることは教えてあげたいけれど、あいにく我は獣の神だからね。人には詳しくないんだ。――だから、君が教えてあげてほしいんだよ。人の悪意というものをね』


 よく、分かった。納得した。試練は自分ではなく、あの子たちのためにあった。

 すべては、子のために。

 神であるトキヨツヒマガツトト神が地上から去っても、ツチノエとミズノトが自分たちだけで生きていけるように。


『半神であっても、力を合わせれば神の奇跡を使えても、我がどれほど強く鍛えたところで、安心なんてできない。なにせ人は神を利用しようとし、それが失敗したら神を騙し、神を殺すための神器を奪った。そしてそれでも手に負えないと分かったから、祈りで神をこの地上世界から追い出したんだ。人は神よりもよほど信じることができない相手だよ』


 自分が二人に勝つことで、人を甘く見てはいけないよ、と教えられるように。

 自分が二人を傷つけることで、人は恐ろしいものだよ、と教えられるように。


 人は悪辣で卑怯者で排他的で利己的で悪意に満ちていて、だから決して信用するなと教えてあげる。

 それがこの忘却の森で、獣の神から自分に与えられた役割だった。


「お姉ちゃん! 釣れた、釣れたよ!」

「これってどうしたらいいの? 助けてお姉ちゃん!」


 ツチノエとミズノトの声が聞こえて、ハッと我に返る。振り向くと二人で吊り上げた魚が暴れていて、二人はそれを前にわたわたと慌てていた。

 素手で魚を獲ったり生で囓ろうとしていたくせに、どうして釣った魚を前にあんなふうになるのか。よく分からなかったけれど、少しホッとした。その子供らしさがありがたかった。


「失礼。トキヨツヒマガツトト神様。二人の方へ行ってきます」

『うん。よろしく、シノ』


 よろしくと言われても、返せる声などなくて。

 逃げるように二人の元へ向かう。


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