くぅるびゅうてぃなくノ一?
目を覚ましてまず視界に入ったのは、岩の天井だった。
まばたきする。眠気はなくってパッチリだ。意識もハッキリしている。
「あー……あ、あ、あー」
声を出す。声は出た。身を起こす。普通に起き上がれる。深呼吸する。それもできた。手を顔の前に持ってきて、握ったり開いたりしてみる。痛みはない。
たしか森の奥深くらしき場所で行き倒れて、指一本も動かせなかった気がしたのだけれど、どうやら眠ったら快復したらしい。
休んで治ったのなら、疲労かなにかで倒れたのだろうか。それにしては体調は悪くないように思える。もしや何かの発作のような持病かもと不安になるけれど、しかし心当たりはなかった。
「いったいここは……というか、なぜ自分はこんな場所に?」
腕を組んで首を傾げても、どれだけ眉間にシワを寄せても、なんの答えも出てこない。というかそもそも、記憶はない。
残念なことに森の中で倒れていたときに覚えた記憶への糸が切れている感覚は治っていないようで、自分が何者なのか思い出せない。それどころか名前も思い出せないのは重症だ。
わたしはいったい誰なのか。森でいったいなにをしていたのか。
「うーむ……。まあ身体が動くのですし、考えるのは後でもよいですかね」
あえて声を出して、細い顎を摘まみ、うんうんと頷いてみた。
正直、なにも分からない。でも慌てたって仕方がないのは分かる。こういうときまずは落ち着くべきだ。
そう、なにごとも努めて冷静に、くぅるびゅぅてぃに対処しなければ。
「まあ、なんとかなるでしょう」
あっけらかんとそう言えば気分も軽くなる。
記憶喪失だなんて困ったものだが、思い出せないものはしょうがない。それなら考えてもしかたがない。とりあえず動けるのだから、まずは現状把握するべきだろう。
まずは自分の状態だ。身体の調子はさっき確かめた。しかし記憶と意識を失っていたので、もしや頭でも打ったのかもしれない。そう思って手で触れてみたけれど、たんこぶすらできていなかった。……まあ、怪我がないことはいいことだ。
次は場所。視線を巡らせれば、ここが小さな洞穴であることはすぐに分かった。天井は立てば頭をぶつけそうなほど低く、奥行きも狭く、なんとか両の手を広げられるほどの空間しかない。
ついでに、時間。扉などない出入り口から差し込む光は明るく暖かく、まだ日中であることを教えてくれた。
べつになんにも悪いことはしていないけれど、陽光から隠れるように影へ身を隠す。まだ確認できていないことがあるので、外に出るのは早い。
息も殺しながら、視線を自分自身へと向ける。確認するのは服装だ。自分は何者なのか、それでだいたい分かるだろう。
黒に近い紺を基調とした、夜色の装束。袖もなければ裾も短くずいぶんと動きやすそうである。帯色も装束と同じ色。伸ばした髪は後ろで括ってある。
はて、自分はどうやら身体を動かす生業らしい。とはいえ農民のような出で立ちではなさそうだ。身体をペタペタ触ってみれば持ち物もいくつかあるようで、ぽいぽいと岩の床に出してみれば、それはなかなかに特徴的な物品たちだった。
手裏剣。クナイ。鉤縄。兵糧丸。背負っていたのは反りのない直刀。
「ふむふむ……なるほど。完璧に理解しました」
床に並んだ物品たちを見てすべて理解し、その推理の鮮やかさに自分自身で驚きながら、自分は自らが何者かを口にする。
「どうやら、拙者は忍者……くぅるびゅうてぃなくノ一のようでゴザルね!」
拙者はともかくゴザルはちょっとしっくりこなかったので、やめようと思った。