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単純計算

「……は?」


 思わず間抜けな声が出た。

 景色が変わっていた。体勢が変わっていた。状況が完全に変わっていた。


 自分は、最初に立っていた位置で棒立ちしていた。


 サァ、と風が吹いて、木々の枝葉が揺れて、小鳥たちが飛び立っていった。

 ツチノエとミズノトを相手に距離を一足で詰め、貫手と足払いを避けられて、しかし背後に回って追い詰めた。

 それはたしかにあったことで、けっして白昼夢の類などではなかったと断言できる。にもかかわらず、自分は最初に立っていた場所にいた。開始宣言し、十を数えて目を開けたところだ。


 視線の先には、ツチノエとミズノトが最初と同じ位置で立っていた。

 ……いや、少し遠いか? それに緊張した面持ちだ。ツチノエは耳がピンと立っていて、ミズノトは尻尾が膨らんでいる。まるで窮地からからがら抜け出したばかりのよう。



『すばらしいね、シノ』



 賞賛の声が聞こえて振り向くと、トト神様も最初の位置にいた。まあこの毛玉は最初から動いてなかったけれど。


『君は半神である我が子たちをわずか八秒で追い詰め、早々に奥の手まで使わせて、さらには二歩も下がらせた。見事である。誇りに思って良いよ』


 二歩下がらせたということは、やはり二人の位置は初期よりも遠いらしい。

 目測で記憶と照らし合わせると、たしかに子供の足で二歩分だ。


「奥の手、ですか?」

『ああ。ツチノエとミズノトは我の子で半神、つまり半分は神だからね。二人で力を合わせると単純計算で、半神+半神=全神、になるから神の奇跡だって使えるんだよ』

「それは単純計算していいものなのですかっ?」


 理論が理不尽でビックリする。人間の部分はどこにいったのか。

 とにかく、つまり……子供たちが自分から少しだけ離れた状態で、過去に戻った? にわかには信じられないが、そういう奇跡を使われたらしい。

 時間の巻き戻し、事象の改変。失敗したことをもう一度最初からやり直す能力、みたいなものだろうか。いかにも子供が考えそうな奇跡。

 それはわずか十秒にも満たない時間だろうけれど、まごう事なき神の権能だ。さすが神の子供たちである。これがトキヨツヒマガツトト神由来の神力なれば、やはりトト神様が司るのはそういうものか。


 なるほどあの身体能力と鋭敏感覚に加え、時まで操るとなればたしかに、ただの人を甘く見るのも納得というもの。


『それで、シノ』


 トト神様がニッコニコの笑顔で、自分の名を呼ぶ。


『我はまだ数え終わっていなかったし、時が巻き戻ったのならまた最初から数え直してもいいけれど――』


 ああ、そうか。

 時が戻る前、トト神様はまだ八つまでしか数えていなかった。そのままでもあと二つ分の時間は残っているし、数え始める前にまで戻ったのであれば、また一つから始めてもズルではないだろう。

 しかし。


「いいえ、今日は降参します。ツチノエ、ミズノト、忍びたる自分から逃れきった立ち回り、お見事でした」


 首を横に振ってから、子供たちに笑顔で拍手した。

 二人はキョトンとして、顔を見合わせて、そしてトト神様を見る。トト神様が頷いて見せると、わっと笑顔になって、自分の方へ走り寄ってきた。


「すごいすごい! お姉ちゃん、さっきのどうやったのっ? すっごい早さで跳んでくるやつ!」

「いつの間に後ろに回ったの? 全然分からなかったわ、びっくりしちゃった!」


 満面の笑顔で二人に詰め寄られる。どうやら試練で勝ったことよりも、自分が見せた動きの方がよほど気になるらしい。

 結局触れられなかったのに、少しむず痒い。そして質問にどう答えたらいいか分からない。ああいった体捌きは訓練によって染み付いたものだろうが、記憶はないからどう練習したか説明できない。

 自慢しようにも負けているし、頑張ってああいう動きを身につけたのは記憶を失う前の自分だし、本当に困る。


 そして、さらに困るのは。

 二人のあの身のこなしと神の権能があるうえで、今回のように甘く見られることなくこの広大な森全体を使われたならば――この試練を達成するのはかなり困難であろう、ということだった。


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