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神域の意味

 ――この森は、子を守る神域だった。


 神が地上から去ろうとする間際、人と子を成した獣神はしばしの時間を所望する。

 子らが大きくなるまでのわずかな時間、地上に留まろうとした獣神に課せられたのは隔絶の盟約だった。

 これ以上、神が地上世界を荒らさぬように。


 ここは縄張り。親が大切な子を育てるための巣なのだ。 


「大人になってから、ですか……」


 可愛らしい寝息をたてる子供たちに両側からひっつかれて身動きとれないまま、呟く。


 寝所は自分が寝覚めた岩屋だった。

 どうやら入り口を塞ぐ戸もないここが子供たちの寝る場所のようで、自分はここで子供たちと眠ることを許された。体温の高い子供に拘束されて、ピコピコ動く兎耳と狐耳に鼻先や首元をくすぐられているのに微動だにすることすらできないのだが、まあ野宿よりはマシだろう。

 ちなみにトト神様は初めて会ったあの巨樹のウロへ引っ込んだ。あの神はあそこで眠るらしい。己の子でも眠る場所を分けるあたり、線引きはしているのだろうか。――あるいは、線を引かなければならない理由があるのだろうか。


 外に憧れるツチノエとミズノトに対し、トキヨツヒマガツトト神は大人になってからと言った。

 それはつまり時間制限。二人が外に出ても大丈夫な歳を迎えるまで待って、獣神は天上へと去り忘却の森は役目を終えるのだろう。

 それまでこの森は獣神と、ツチノエとミズノトしかいないはずだった。自分が来たのはあくまで特例だ。


 故に、特例は特例なりの扱いを受ける。


 忘却の森で記憶を失うのは禁足地に立ち入る罰であり、神の所在を知ってしまった自分は森を出られないという。

 それは神々の盟約に基づく決定であり覆すことはできないし、こうして事情がある程度分かってしまえば、当事者としては理不尽を感じずにいられないけれど……納得の措置であることも理解できた。

 ここには神がいて、半神の幼子が二人いる。さらには、その幼子たちはきっと、大きくなれば森の外へ出てくるのだ。


 それを自分が事前に外で吹聴してしまえば、二人の身柄は多くの国々で取り合いになることも考えられる。場合によっては大きな戦にだって発展するだろう。

 ツチノエとミズノトは大渦の中心のようになってもおかしくはなく、そしてそれは神々が危惧する地上世界への影響そのものだった。


「…………忍者であるこの身は、この情報を秘匿しないのでしょうね」


 忍びは主に忠誠を誓い、諜報や工作を行う者。これほど大きな話を手に入れたのであれば、報告しないわけにはいかない。

 記憶をなくしても知識として当たり前にそう知っているのだから、自分もその通りの人物であるのだろう。

 つまり自分としても、この森で知り得た物事を口外しないと約束はできない。……であれば、この森から出られないのはもはや確定だ。怒りを買うのが分かっていながら、口先であの獣神を騙そうなどとは思わない。


「この子たちが外に出られるくらい大きくなるまで、あと何年でしょうか」


 視線だけを動かして、自分にひっついて眠る二人の子供たちを見る。

 半分神なら人とは違うかもしれないが、通常なら一人前になるまで十年ほどか。すでに体力的には一般人を凌駕していそうな気がするし、もう少し早くてもいいかもしれないが……まあ年単位の時間はかかるだろう。


 この二人は、獣の神の膝元で獣のように生きてきた。それは獣神の血が流れる者としては、きっと正しい。

 しかしやがては森の外に出て人里へ赴くだろう、人に寄った見た目である二人は、やはり人らしい生き方を知るべきである気がする。

 自分は人だから偏った考えをしているのかもしれないけれど。


「……長らくお世話になりそうですし、働きますかね」


 自分がここに来たことに意味があるのならば、きっとそういうことになるのだろう。


 とりあえず、この隙間風どころではない寝所をどうにかするところからだろうか。扉を木で作るにはどうすれば良いだろう。石床にそのまま寝るのもツラいものがあるし、柔らかい布団とまではいかなくとも、今日食べたあの熊の毛皮を加工すれば絨毯くらいは作れるかもしれない。

 それとも衣服が先か。熊の毛皮は切って紐で繋ぎ合わせて子供たちの服にした方がいいかもしれない。あるいは、獣の皮が他にもないかトト神様に聞いてみるのもいいだろう。

 食事に関しては……今日の調子ならば、食料に関しては問題ないように思える。けれど自分でも一度、食材調達に行ってみた方がいいかもしれない。もし自分の知識にしかない食べられるものが見つかればもうけものだ。

 風呂については……まあ問題ない。今日はちょっと油断したけれど、皆の後で自分一人で入るようにすればそれでいいだろう。ただ水桶は早急に欲しい。あの石鍋で水を張るのは重労働すぎる。


 いざここで生活していくことを考えたら、やることはいくらでもあった。なにせなにもないも同然なのだ。

 とにかく思いつくものを片端から頭の中で並べて、重要度と危急性と難易度を比べながら優先順位をつけていく。

 今、自分にできることはなにか。……自分が、この幼子たちにしてあげられることはなにか。それを考えている内、疲労に誘われた睡魔が静かに自分を眠りへと落とす。






『というわけで、シノがこの森を出るための条件を考えたよ』



 そして翌朝、トト神様はわざわざ岩屋まで足を運んで、そう言ったのだった。

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