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お風呂と双子と手裏剣と

「湯加減はいかがでしょうか?」


 ミズノトも湯船に入れてあげて、二人が着ていた服を畳みながら聞いてみる。すぐにまた着るだろうけれど、他にやることがない。

 布地を見てみるとやはりボロで、子供らしく遊び回っているのか、土や苔の汚れがすごい。もう夜だし干せないからやめておくけれど、これもいつか洗った方がいいだろう。針と糸があれば繕うのだけれど。


「気持ちいいよー」

「とっても温かいわ」

『もっと熱い方が好みだね。本当はマグマ湯とかがいいんだけど』

「申し訳ありませんが、子供たちに合わせていただけると助かります」


 温度を上げるだけなら追加の焼き石を投入すればいいのだけれど、トト神様の好みの温度にはならないし、ツチノエとミズノトが本当に料理になってしまう。


「ねえ、お姉ちゃんは入らないの?」

「まだ空いてるから入れるわ」


 ツチノエとミズノトにそう聞かれたけれど、子供たちはともかくさすがに神と一緒に入浴するのは不敬なのではないか。

 そう思って遠慮しようと言葉を探したが、その前にトト神様が周囲の空気を震わす。


『そうだね。シノが用意した風呂なのだし、一緒に入るといい』


 そう神に言われては、断るのは逆に失礼だろう。

 まあ大きな熊が入るような湯船だし、自分が入っても大丈夫そうだ。野外で服を脱ぐのは少し抵抗感があったが、ここには子供と獣神様しかいない。


「それでは、失礼して」


 手早く服を脱いで、軽くかけ湯をしてから湯船に入る。

 湯加減はやはりぬるいけれど、それが疲れた身体に染み入るようだ。


「うあー」


 肩まで浸かったら、思わず声が出てしまうほど。

 なんだか流れでつい食事に風呂にと働いていたけれど、そういえば今日はいろんなことがあった。森で倒れていて、ツチノエとミズノトに出会って、森を駆け回って、そして神にまで出会って。

 疲れるのは当たり前だろう。というか、自分はなぜ最初に倒れていたのか。疑問に思うと同時、身体の芯に溜まっていた疲労がずしりと重石になったかのように襲ってくる。


「ねえお姉ちゃん。外だとお風呂や料理は普通にあるのかしら?」


 ミズノトがそう聞いてきて、そしたらツチノエも続く。


「お姉ちゃんのみたいなカッコいい服も、たくさんあるの?」


 外から来た客は自分が初めてだというし、どうもこの森しか知らなさそうな二人には興味があるのだろう。答えを待つ二人の表情は期待でキラキラ輝いていた。


「ええ。料理も、お風呂も、服も、いろいろなものがたくさんありますよ」


 問われるままに答えると、二人は顔を見合わせる。


「うわぁ楽しみだね!」

「早く行ってみたいわ!」

「どんな食べものがあるのかな?」

「あたし、お祭りっていうの見てみたいわ!」


 手を取り合って、お湯をパシャパシャしながら跳ねている。

 どうやら外に憧れがあるらしい。まあ、こんな隔離された場所にいてはそれも分かる。

 個人的には自然豊かでいいところだと思うのだけれど。


『うんうん、大人になってからね』


 トト神様は長い毛が浮力になってしまっているのか、ぷかりと浮かんで仰向けになっていた。子供たちが触れないよう石の上に乗っていたはずなのに、その役目も放棄してしまったようだ。

 まあそれは自分が気をつけておけばいいだろう。それより、大人になってから、という言葉が気になった。それでは、まるで子供たちをここに閉じ込めているかのよう。いや、自分は神の所在を知ってしまってここから出られなくなったのだから、閉じ込められるのは納得だけれど……。

 うん、良い機会だ。


「ところで、なぜ獣神にあられるトキヨツヒマガツトト様の聖域に人の子がいるのですか? 彼らはたしかに獣らしい耳や尻尾もありますが、まさか獣神様が新しく創造なされた種族になるのでしょうか」

『二人は我と人の娘の子だよ』


 なるほど、獣神様と人が交わってできた子か。それで二人とも獣の特徴があって、あの歳で忍びである自分が驚くほど身体能力も高くて、ミズノトは目隠ししてても平気で動き回れて……

 …………――は?


「トキヨツヒマガツトト神の……子?」

『うん。双子でねー。二人は半神ということになるね』


 あまりにあっさりと言われて、しばし思考が止まる。

 なるほど、獣の神と人の娘の子。トト様は父様というのは合っていたのか。たしかに獣の姿をしていても神ならば人と交われば子供くらい作れるだろうし、それならば人と獣の両方の特徴があっても……っ!



「きゃああああああああああああああああああああっ!」



 悲鳴と共に毛玉を湯船から蹴り出す。それは高く跳ねて、ぽよんと地面で弾んでコロコロ転がり、大樹の根っこに引っかかって止まる。


『……我神ぞ?』

「たとえ神でも、人と子を成せる者が乙女の柔肌を見ていいわけないじゃないですか!」

『えー。我、もっと出るとこ出てる方が好みだから――』


 スコンッ、と獣神のまん丸な目と目の間に手裏剣が刺さった。


『……神器だったら神核に届いてた。消滅を意識したのはココノエヤツタバミと殺し合ったとき以来なんだけど』


 手裏剣を生やしたままフルフルと震えるトト神様。どうやら自分の忍びとしての腕は、やはりかなりのものらしい。


「とにかく、次からお風呂は別々です! いいですね!」


 ツチノエとミズノトを抱き寄せて身体を隠しながら、断固として言い張る。無礼でも不敬でも、これだけは譲るわけにはいかない。

 乙女の肌は、神でもみだりに見てはならない聖域なのである。

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