初めてのお風呂
「わわっ! ビックリしたわ!」
声が上がった。仰向けに寝ていた小さい女の子が跳び上がる。
「あっ、すみませんミズノト。熱い湯が跳ねましたか?」
「いいえ、いいえ。急にその水が熱くなって暴れたから、驚いただけ」
相変わらず真っ黒な目隠しをしているのに、よく分かるものだ。これもトト神様の加護だろう。
とりあえず湯が跳ねたのでなければ良かった。二人は少し遠い場所にいたから大丈夫だとは思っていたけれど、火傷などしてはかわいそうだ。
ミズノトはそのままトコトコと寄ってきて、コテンと首を傾げる。
「ねえシノお姉ちゃん、それはなにをしているのかしら?」
「お風呂の準備をしています。たくさんのお湯を沸かして、その中に入るのですよ」
「え! あたしたち、お料理になってしまうのっ?」
そうか、これはトト神様が鍋のつもりで作ったものだったか。
「いいえ。お湯と言っても熱くまではしません。心地よい温度にして、身を清め身体を温めるのです。とても気持ちいいですよ」
「そう……なのね。お鍋っていろんな使い方があるのね」
これは鍋ではなく湯船なのだけれど、とりあえず訂正は後でいいだろう。このくらい人の文化を知らない子だと、一気に詰め込むと混乱してしまいそうだ。
湯が跳ねないよう、焼き石を慎重にゆっくり入れて、底に落とす。石の熱で水が沸騰して盛大に気泡が吹き出てくるけれど、しばらく待てば落ち着くはずだ。
綺麗な木の棒で湯船をかき混ぜながら待つ。水量で焼き石が冷やされて気泡がでなくなるのはすぐで、しばらくすると全体が熱されて湯気がたってくる。
『どうだい、シノ?』
「ちょっと待って下さいね」
神の時間間隔だとどれほど昔の話かは分からないけれど、以前は温泉巡りしていただけあって早く入りたいのか、トト神様が急かすように聞いてくるのが少し可笑しい。
恐る恐る手を入れると、火傷するほどではないけれど少し熱かった。少し考えて水を足す。
子供が入るのであれば、湯はぬるめの方がいいだろう。
「どう? シノお姉ちゃん」
「よし、良いですよ。服を脱いで入りましょう。ツチノエも、ほら、こっちに来て下さい」
「なにー……?」
ミズノトと違って反応がないなと思っていたら、そのまま眠るつもりだったらしい。食べてすぐ寝ると牛になると言おうとしたけれど、ツチノエの兎耳を見てやめた。トキヨツヒマガツトト神が獣の神であれば、牛も兎も等しくその子らに違いない。
目をしょぼしょぼさせるツチノエを連れてきて、バンザイさせてから服を脱がしてあげる。そして脇の下を持って湯船に入れようとすると、足が湯に触れたところで今の状態に気づいた。
「え、ええ、なにこれ? 料理されるっ?」
焦って足をバタバタさせるツチノエ。五歳くらいの子とはいえけっこう重いから、そういうことをされると落としそうになる。
やはり風呂自体を知らないらしい。
「お風呂よ、ツチノエ。身体を綺麗にして温めるの」
『うん。とても気持ちいいよ。ツチノエもきっと気に入る』
自分で服を脱いでいる途中のミズノトが説明すると、すでに入浴しているトト神様がそう続く。
さすが服を脱ぐ必要がない分、獣は早い。目がとろんとしてるから湯加減は大丈夫そうだ。
「トト神様。二人が焼き石に触れないよう気をつけてあげてくださいね」
『上に乗っかっておくよ。まだじんわりと熱いからね』
さすが火の上に寝転がっても汚れるくらい、なんて身体だ。熱さなんか気にならないらしい。
ツチノエがビックリしないよう、ゆっくりと湯に降ろしていく。
最初はビクビクしていた彼だけれど、トト神様とミズノトが落ち着いていたのと、湯がそこまで熱くないことに気づいたのとで、肩まで浸かる頃にはすっかり大人しくなっていた。
どうやらお気に召したらしいと安心していると、袖を引っ張られる。
「お姉ちゃん、はい!」
そちらを見ると服を脱いで目隠しだけになったミズノトがいて、元気よく両手を広げて待っていた。
……この子たちの運動神経なら自力で入れると思うのだけれど、風呂はそうやって入るものと勘違いしたのだろうか。まあいいか。
ツチノエと同じように脇の下に手を入れ持ち上げると、彼女も湯船の中へと入れてあげる。