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風呂の時間

「お腹いっぱいだわー」

「お腹いっぱいだねー」


 幼児たちが仰向けで地べたに寝て、夜空の星を見上げている。日がほとんど届かないほど深い森だが、調理をした泉の周りは枝葉の屋根も切れ間があった。


 下処理に手間取ったせいで結局、熊鍋は夕飯になった。

 石鍋は鉄製に比べて分厚く重く、一度壊れると直すことは難しい。ただし取り回しが悪い反面、熱がじんわりと伝わりやすく美味しい料理ができる。……だからといって熊肉の臭みが消えるわけではなかったけれど、それを気にする者は自分を含めて一人もいなかったらしい。

 満足げに大の字になって寝ている二人は幸せそうだ。


『うんうん、過去にないくらい食べていたよ。やはり人の子は人の食べる物の方がいいんだねぇ』


 優しい声音……喉を介さず空気を震わす声なのに、妙に感情が染みたそれは柔らかい。

 残ったら明日の朝に回せばいいと考えたくさん作ったはずの鍋は、すっかり綺麗に食べ尽くされていた。


「トト神様が一番たくさん食べていましたけどね」


 人の子は人が食べるものがいいとは言うが、獣神様もたいそうお気に召したようだ。


 まあ頑張ったかいはあった。いい鍋ができたおかげでしっかり沢蟹や貝で出汁もとれたし、丁寧に灰汁は捨てたし、硬い熊肉も小さく刻んでじっくり熱を通した。

 この状況下で、できることはしっかりやったのだ。生きたままの魚を囓ろうとする子供たちはもちろん、獣神様にも満足していただけるデキだっただろう。


『ところで、シノはさっきからなにをやっているんだい?』

「お風呂の準備です。大きな石風呂がありますので、せっかくですし」


 トト神様が最初に作った鍋もとい風呂はそのまま残っていて、今はそれに泉の水を汲み入れている最中である。

 ちなみに空になった大きな鍋で水を入れているのだけれど、何度もやっていると腕がプルプルしてくるくらいツラい。そこそこ水が入るのはいいが、やはり鍋は鍋。今は切実に木の水桶が欲しい。


『お風呂かぁ。あれは好きだよ』

「おや、入ったことがあるのですか?」

『もちろん。一時期は温泉巡りにはまっていたこともあるとも』


 まあ猿とかも温泉に浸かりますしね。温泉好きな獣はいるでしょう。


『ここにはないのが残念だね。うん、たしかにお風呂も人の文化の一つだったし、どこかに温泉作ろうかな?』

「いえ、このシノめにお任せ下さい! 風呂は日々の生活に使うもの。温泉地でもなければ、こうして風呂桶に水を張って浸かるのが普通! ツチノエとミズノトにはぜひその普通を教えてあげたく存じます!」

『おお、たしかにそれは良い案だ。二人は一般の人の生活を知らないからね』


 自分が来るまで料理もしていなかったあたり、おそらくトト神様も一般人の生活など知らないと思うが。


『それじゃあ水を張るのを手伝おうか?』

「大丈夫です! もうそろそろ張り終えますので!」

『では水を湯にしようか?』


 本当に気軽に奇跡使おうとするなこのモフモフ! そんなのだから地上に留まると決めたとき、他の神々からこんな森深い場所にいろと隔離されたのではないか。

 それとも神とは皆こういうものなのだろうか。どんな下らないことにも強力な力を用いて、十二分を越えて余波を撒き散らす。ほんの数年前までそんなのがわんさか地上にいたのなら、いっそ記憶喪失になれてよかったかもしれない。


「そちらも手はずは整えております!」


 汗だくになりながら風呂に水を張り終えて、しかし休むこともできず焚き火へと向かう。

 ツチノエが作ってくれた、石を積み上げたカマドで焚き続けている火だ。このカマドはたっぷりと中身を入れた石鍋を置いてもしっかり支えてくれた。

 手頃な長さの、丈夫でまだ乾いていない生木の枝を二本、その焚き火に突っ込む。中を探って硬い感触を見つけると、枝で挟むようにしてそれを取り出した。

 出てきたのは大きめの石。


「焼き石を作っておきました。これを水に入れれば湯になります」

『ほほう、人の考えることは面白いね』


 まあ普通は下で火を焚くのだろうけれど、いくらツチノエ製のカマドがしっかりしているとはいえこの風呂を乗せたら潰れるだろうし、すでに空は真っ暗だから新しく風呂用のカマドを作るのも難しい……が、この方法なら簡単に水を湯にできる。たしかこうして作る汁物料理があったはず。

 これで奇跡は止めた! お風呂は入りたいけれど、命を賭けるのは嫌だ。神は悪気なくこの身を捻じ切りかねない。


 まあこの大きな風呂にどれだけ石を用意すればいいのか分からないから、温度調整だけは少し不安だけれど……。

 焼き石はまだ用意してあるからぬるければ足せばいいし、逆に熱すぎたなら水を増やせばいいから、そこまでは難しくもないだろう。


 二本の枝を石の下に差し込むようにして持ち上げる。風呂まで運び、水の中にゆっくり入れる。

 石に触れた部分の水が一気に沸騰する。


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