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食材と鍋

「とってきたよ!」

「とっても頑張ったわ!」


 ツチノエとミズノトが集めてきたのは、キノコ各種、苔が二種類、貝や沢蟹、木の実、いくつかの野草などだった。深すぎて大樹と苔しかない森と思っていたけれど、どうやら野草はちゃんとあるらしい。それはそうか。

 知らないものも少しあるけれど、食材として知識にある種類も多い。さすが自分から言い出しただけあって、二人とも食べ物を探すのは得意なようだ。


「すごいですね。ありがとうございます。これだけあれば良い汁物が作れるでしょう」


 大樹のすごく大きな葉っぱとより合わせた繊維で鍋を作りながら、二人にお礼を言う。

 水が入った容器は燃えない。それは分かっている。知識にある。

 けれど不安だ。だってやったことがないから。いや、たぶん経験があるから知っているのだと思うけど、その記憶はゴッソリ抜けている。


 はたして、こんなもので本当に鍋になるのだろうか。


 とりあえず大樹の葉っぱは見たことないほど大きいし、とても丈夫だ。

 それを重ねて折って器にして、縁をグルリと繊維で留めたのだけれど、作るまでに何回も失敗した。そのたびに試行錯誤し、その甲斐あってなかなか上手くできたのだけど、やはりこれでいいいのか不安すぎる。ちゃんと水を入れても漏れないし、繊維をより合わせた紐に枝を通して吊せるようにもしたのだけれど、いざ火に掛けたらどうなるかやってみるまでは分からない。

 大丈夫だろうか。神の前で失敗したら大変だ。せっかくなら手の込んだものを作りたかったけれど、簡単なものにした方がいいかもしれない。


『おーい、我も獲ってきたよ』

「あ、ありがとうございま……」


 振り向いて、思わず固まった。

 魚の塩焼きがお気に召したのか料理はトト神様も乗り気なようで、自ら食材探しに出かけてくれたのだが……。

 そこにあったのは、見るだけで呼吸が止まるほどデカい熊だった。


「――獣の神ぃっ!」


 言いたいことは他にあったけれど、出てきたツッコミはそれだった。


『おおう、元気だねシノ。そう、我は獣の神だよ』

「獣の神が獣を獲っていいのですかっ?」

『命を食べて命を繋ぐのは、自然の摂理として我ら神々が定めたサイクルだけれど?』


 そうだ。神ってそうだった。人の神であっても、人に害を為さないわけではない。むしろやり過ぎてしまうことの方が多い。

 神はその強すぎる力と弱き者には理解できない力で動き、地上に生きる者はそれに振り回される。

 だから畏れ、祈り、どうか何もしないで下さいとお願いするのだ。


 それなのに食材探しを頼んでしまったのはどう考えても緩んでいる。熊一頭の命で済んだのは非常に被害が小さいし、むしろトト神様は常識的かもしれない。


「しかし……これだけ大きな獲物、我々だけでは食べきれません」

『我、元の姿に戻ればこれくらい一口だけど?』

「拙者、トキヨツヒマガツトト神様のその麗しきお姿を拝見させていただくだけで無上の喜びを感じていますので、ぜひそのままでお願いいたします」


 神に不可能はない。山を全部食べるのは可能か、という問えば、できるけど? と答える連中である。熊ごときがなんだというのか。

 ああそうだ。神であるなら、この毛玉のような姿は仮のものであっても全然おかしくない。見たい気はするけれど、迂闊に目にして失明で済めばマシな方だ。


「まあ、肉は保存方法がたくさんありますので、どうにかしましょう。……ただ、拙者の作った鍋ではとても調理しきれませんから、大部分は焼いたり干したりすることに……」

『そういう形の大きな器があればいいのかな?』


 トト神様が自分が作った葉っぱの鍋を見て、ふむふむなるほどと頷く。

 すると地面が震えた。


「――は?」


 ゴゴゴゴゴ、みたいな地響きと共に、苔と太い根っこに覆われた大地から次々と小さなものが飛び出してくる。

 そのまま宙に留まったそれは、小さな石だった。それが無数に苔の絨毯の隙間から浮いてきている。


『んー、こうかな?』


 気軽に行使される奇跡に唖然としていると、トト神様の少し悩ましい声。

 それと同時に、宙に舞った無数の小石が動く。


「ごぶッ!」


 後頭部に衝撃。痛みに目の前がチカチカした。

 浮いていた石の一つが自分の後頭部に突撃してきたのだ。今や空は危険区域と化した。


「大丈夫お姉ちゃん!」

「大変だわトト様、ちゃんと気をつけて!」

『ああ、ゴメンゴメン。シノ、そのまま身を低くしていてくれる?』


 どうやらツチノエとミズノトは無事らしい。地面に伏せたまま視線を上げると、彼らの背丈より高い場所で石を動かしていた。

 きっとそれがいつも通りなのだ。そして今回は自分の背丈が子供たちより大きいから当たってしまったのだろう。神とはうっかりミスで人を殺しかねない存在である。

 というか、うっかりミスされて死ななかったのが僥倖だ。たかが鍋作りだったからこれで済んだけれど、これがもっと派手な力の行使だったら確実に首から上が挽肉になっている。


 集まった石がくっつき始める。溶けて固まって表面を滑らかに仕上げながら、みるみるうちに形ができていく。調理用具とはこうして作るモノだったか。神の奇跡はこんなふうに頻発するものだったのか。

 少なくとも自分の知識は否定しているが、神が人の物差しで測れるはずもなし。やがて、それは大きな鍋の形になった。

 それはもう、人が中に入って手足を伸ばせるほどに大きな石鍋が。


「おおー、おっきい!」

「さすがトト様ね! これなら丸ごと入るわ!」


 子供たちは大喜びですけれども。


「……いや、これは鍋ではなくてお風呂です、トト神様。身体を洗うための湯を張るにはいいですが、人の身でこれを調理に使うのは大変すぎます」

『おや? ちょっと違ったか』


 違うとか違わないとかそれ以前に、物理法則とかを守ってほしい。ただでさえ記憶がなくて常識とかその辺りがあやふやだったりするのに、神の力をそんな気軽に使われると自分の中のなにかが崩壊していくような気がする。

 というか、頑張って作った葉っぱの鍋はなんだったのか。


『こういうのはあんまり得意じゃないんだよね。アミトジヒメでも呼ぼうかな。アレなら物作り得意だし、人の道具ならだいたい知ってるだろうし』

「天上におわす神をこんなことで呼ぶのもやめていただけますか?」

『ああ、彼女は地下だよ。根暗の引きこもりだからね。でも無理矢理引っこ抜けばいいだけだから、呼ぶのは簡単さ』


 分かった。人がどうして神に何もしないで下さいと祈るのか。こういうことか。


「そ……そんなお方を呼んでいただけなくとも、これのもう少し小さいものがあればそれでいいのです。こう、両手で持てるくらいの大きさであれば」

『ふぅん、こうかな?』


 トト神様が再度気軽に奇跡を起こすと、ちょうどいい……よりはちょっと大きめの石鍋を作ってくれる。

 うん、これでいい。石だから重いけれど、鍛え方が違うから大丈夫。


「ありがとうございます! これで完璧です! それでは、まずは肉の下処理から!」


 これ以上、神になにかをさせるわけにはいかない。奇跡は便利であるけれど、きっといつか取り返しがつかないことが起きる気がする。


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