プロローグ
人は欲を手放せない。
魔術が生まれ、魔力を操れるようになった時、人々はかつては空想上のものでしかなかった現象を、人為的に生み出すことが出来るようになった。何もないところで火を起こし、空を飛び、空間すらも飛び越えた。しかし、それでもまだ足りないと、人々は更なる魔術の開発に力を注いでいた。
そして、ある古代の魔術師が、欲に任せるまま人には過ぎた魔術を行使した。
世界は呪いに包まれ、多くの生物は恐るべき怪物へと姿を変えた。夜になれば呪いは力を増し、怪しげな霧の中を死者や死霊が彷徨い歩く。世界の在り方は大きく変わってしまった。醜い死霊たちは人々を積極的に襲い、もはや夜は人の世の時間ではなくなってしまった。都市は陥落し、人々は分断され、多くの文明が失われつつあった。
しかし、そんな人の世を救ったのもまた魔術であった。魔術師ノアによって開発された魔術、そしてそれを封じ込めた杖は聖域を生み出し、死霊を退けた。人々は杖を破邪の杖と名付け、その聖域の中に集落を作った。
また、呪いは時に恩恵をもたらした。人々の中には呪いの影響で異形となった者もいたが、人の姿を保ち、狂気に抗った者もいた。これらの人間は個人差があるものの、強靭な肉体、研ぎ澄まされた五感、第六感の覚醒など、様々な能力を呪いにより獲得した。彼らは『覚者』と呼ばれ、聖域を守護するためにその力を振るうようになった。
ノアは各地に杖の技術を伝え、各地に聖域が生まれたが、それらを維持し続けられる者たちは少なかった。次々に聖域は滅んでいき、残った聖域も互いが遠く離れてしまっているため。交流を持つことはほとんどできなかった。かくして今、人々はそれぞれの聖域で自給自足の細々とした生活を強いられている。いつか来る滅びの日、それを必死に先延ばしにしながら。
これは、そんな聖域の一つ。クオーレ聖域に生まれたディンという剣士の物語である。