色褪せた世界の境界で
もし、あの世が存在するとして、閻魔というものが存在するのであればそれってやっぱり人間なのかな…?
と考えて書き上げました。
全編シリアスでお送りします。
Arcadiaで投稿したものの二重投稿になります。
ちょびっと魔女狩りを含んでいます。
サブタイトル「閻魔王の葛藤」です。
(Arcadiaのほうに補足的な転生抄をあげてます。こちらも載せるつもりです。)
では、色褪せた世界へようこそ。
神が存在するか否か…。
結論から言おう…神は確かに存在する。
それだけは間違いない。
目の前の存在を無視できるほど私は愚かではない。
けれどもそれは現世の人々が想像するような代物ではない。
…では何か?
それはただ創造主なのだ…。
………
……
…
「貴公が我に謁見を求めた回数は今回で134回目だ。さぞかし重大な事情であろうな…?」
「はい。今回は神にお願いがあって参りました。」
重苦しい不機嫌そうな調子で言葉が紡ぎだされる。
気にすることはない、いつものことだ…。
彼が万物の創造主である以上時間すら彼の支配下にある。
忙しいという概念があるはずもない。
だが、不機嫌でないからといってどういう感情を抱いているのかと尋ねられても困る。
内心面白がっているのかもしれない、怒っているのかもしれないし、もしかすると何も考えていないのかもしれない…。
だがこれだけは確実に言える。
神はこの謁見に何の感情も抱いていない。
「手短に話せ。」
「はい。ひとつ道具を作っていただきたいのです。」
「どのような道具だ?」
「記憶を消し去る道具です…。」
………
……
…
ひとまず状況を整理しよう。
なぜ私が神と会話をしているのか。
ひとつひとつピースをはめていこう。
最初に自己紹介から入ろう…。
私は「人類」史上546人目の閻魔王だ。
死後の世界というものは確かに存在した。
それを私が知ったのは20世紀の終わり。
なぜかって…?
無論私が死んだからだ…。
死んだと同時に人々の魂はあの世に飛ばされる。
例外にもれず私もあの世に飛ばされ、閻魔様の前に突き出されたわけだ。
何か神のようなものを想像していたが、その閻魔は人間だった。
いや、閻魔に限ったことではない。
天使も悪魔もいない。
その場所には人間しかいなかった。
裁判が始まって私のこれまでの記憶が鏡に映し出された。
私はたいして悪いこともしていなかったし、
多少は人助けとかもしたので、
刑罰を与えられることなく天国と呼ばれるところへと送りだされた。
そういったわけで天国とやらで暮らし始めて数年ほどたったある日。
…辞令が届いた。
………
……
…
「記憶を消す道具…とな…。それをどのように使うつもりだ…?」
「はい、最近では人権問題がうるさくなってきておりまして死者のプライバシーを保護するために関係者の記憶を消去したいのです。」
「ふむ…。与えることに問題はないが、いささか奇妙ではないか…?その程度で守られるほどのものなのか…?」
「あくまでも当事者の感情問題ですから…。加害者に悪意はないわけですしある程度仕方のないことだと納得はしているのでしょう。その程度で十分です。」
「またしても奇妙なことだ…。仕方のないことと納得しているのであればそれでよいではないか…。」
「根本からして人間というものは矛盾をはらんだ生き物なのです。致し方ありません…。」
「我にはおよそ理解できぬ事だ…。いや、理解はできるが無縁の感情だ…。よかろう…。記憶を消去する道具とやら、確かに与えよう…。何らかの規則をつけるのか…?」
「はい、その装置を使えるのは閻魔のみ、さらに当事者の了解が必要としてください。」
「よし…。貴公ら閻魔の杓子にその機能を与えた。これで問題ないな…?」
「ありがとうございます…。」
………
……
…
「ちょっと待てよ!!何で俺が地獄に行かなきゃならないんだよ!!そもそもあんたに何の権利があるって言うんだ!?」
「では聞くが…。君が生きていた現世で君に裁判官を選ぶ自由はあったのかな…?」
「それとこれとは話が別だろうが!!ここはあの世なんだろ!?なんだって人間に裁かれなきゃいけないんだよ!?」
「…人外の存在に裁かれて…君は満足なのか…?」
「…それはっ…。」
「甘んじて罰を受けるがいい…。幸い現世で語られるほど我々の地獄は厳しくない。連れて行け!!」
「やめろ!!しょうが無かったんだよ!!ああするしかなかったんだ!!あんた閻魔だろ!?もっとしっかりと見ろよ!!俺はっ……」
ゴウンと地鳴りのような音を立てて扉が閉じる。
地獄に送られる死者は大抵あんな感じだ…。
記憶を…感情まで正確に読まれる以上言い逃れはできないし、冤罪もほとんど存在しない。
それでも迷いは生じる…。
確かにさっきの彼にはどうしようもない事情が存在した…。
だが罪を犯したことも事実だ…、罪は償われなければならない…。
だがしかし…。
やめよう…。こんなことでいちいち思い悩んでいては判断に狂いが生じる…。
常に公平であれ、常に滅私であれ、常に人間であれ…。
思い出せ…そう誓った私はどこにいった…?
「次の者!!」
………
……
…
「そもそもなぜわれわれが死者をさばく必要があるのか…か…。」
「そうです。この世界には曲がりなりにも神が存在します。その神に審議させればよろしいのではないでしょうか…?」
「もっともな疑問だが…、それには明確な回答がある。」
「それは…?」
「神はわれわれを特別視していないからだ…。」
「それは…どういう意味です…?」
「…そもそも悪とは何だ?善とは何だ?諸説あるだろうが人類にとって有益かどうかイコール善悪と考えていいだろう…。では神はどうだと思う…?」
「分かりません…。私はまだまだ一介の生徒です…。神と話したことなどありませんから…。」
「ほんのちょっとだけ想像するだけでいい…。まず、神とは何か…。わかるかね…?」
「万物の創造主です。」
「その通り、重要なのはそれ以上でもそれ以下でもない…ということだ…。万物の創造主であるがゆえに神はすべての生あるものに対して平等だ。ならば神にとって善とは何だ?過程はどうあれ多くの生命を救ったものとならないか…?その様な存在に任せてみろ。ほぼすべての人類が地獄送りだぞ…?故に神は人を裁かぬ…。」
「でしたら…神ではない天使とか悪魔とかそういった生物を作り出すことはできないのでしょうか…?正直われわれに一人の人生をさばくのは荷が重すぎます。」
「そのことも考えたが、結論はNOだ。神はすべての生命に対して平等だ…。故にわれわれ人類の為だけに新たな生命を発生させることはできないとのことだ…。またもし可能だとして…だ…。その価値観が我々人類と違わないとどうして言いきれる?彼らは現世を生きたことがないのだぞ…?」
「でしたら…機械とかなら…。」
「もちろんそれならば可能だろう。だがもし可能だとして…お前はその判決に納得できるのか…?機械にはさばききれぬ事態が生じたらどうする?感情の問題は?…
よく聞け若き閻魔たちよ。我々はすべてにおいて道理の通った判断を下さねばならぬ…。死者のほとんどは不条理に泣いた経験がある。それらの声を聞きとるために我々は存在する…。幸いなことに我らが神は協力はしてくれる…。現世には不可能な事例を裁くことも我々には可能だ…。荷が重いのであれば即刻辞表を提出しろ…。以上だ。」
………
……
…
古い…古い記録が再生される。
中世末期、魔女狩りにおける十王裁判を記録したものだ…。
「これより十王裁判を開廷する…。」
重苦しい、閻魔王の声が法廷に響き渡る。
宗教がからんだ裁判はこじれることが多い。
多角的なものの見方が可能であるが故に、判断が困難なのだ…。
裁かれている死者は教会の司祭…。
彼は多くの人々を魔女と言って虐殺した。
一方で、多くの民衆を救ってもいる。
1審、2審、3審と何度裁判が行われても判決を下すことはできなかった…。
それがこの十王裁判で決定する。
この時の閻魔王は…423代目だったか…。
閻魔王を含め秦広王から五道転輪王まで十王全員がそろい踏みである。
それだけでこの裁判の困難さを容易に感じさせる。
「まず最初に、被告の記憶を再生する…。」
複眼もかくやといった具合に大量の記憶が同時再生される。
信者に施しを与えている映像の横で魔女とされた人々に火をかけている映像が流れる。
別のところでは穏やかな家族風景を映しながら家を丸ごと燃やしている様子を映し出している。
ジキルとハイドの物語のようだ…。
唐突に映像が終わる。
重苦しい沈黙が法廷内を支配した…。
………
……
…
「こちらが新しい秦広王です。」
閻魔王に紹介されて神に一礼する。
「ふむ、今回はまたずいぶんと若いのだな…。」
「経験が有利に働くこともあるでしょうが今は激動の時代。柔軟性のある人物のほうが適していましたので…。」
「よろしくお願いします。」
「して…、秦広王よ…。貴公に尋ねたいことがあるのだが構わないか?」
「なんなりと。」
「貴公は何故苦しんでまで閻魔を続けるのだ?自由は保障されていよう?」
「…半分は義務感でしょうか…。閻魔に選ばれた故の義務…とでもいいましょうか…。」
「ふむ、残る半分は…?」
「不条理に対する憎悪です。」
「ほう…。実に興味深い。聞かせてもらおうか…。」
「単純な話です。現世にいた当時私は存在することで何人もの人々を殺したことでしょう。私が食事をしている反対側では大勢の人々が上に苦しんでいたこともあったでしょう。逆もまたしかりです。それらの不条理を排することができるのであれば、私は喜んで苦難の道を歩みましょう。」
「ふむふむ…。同じ解答を聞いたのは百代以上前だったな…。いや、実に面白い。秦広王、今後の活躍に期待させてもらうぞ。」
「御意…。」
………
……
…
常に公平であれ、常に滅私であれ、常に人であれ。
閻魔にとって唯一無二にして絶対の法だ。
常に公平であれ…。
言うまでもない、我々は常に第三者の立場を貫かなければならない。
常に滅私であれ…。
同情心や怒り、そういったものに任せて判決を下してはならない。
常に人間であれ…。
一番難しい掟だ…。閻魔は前二つとこの掟を両立させねばならない。判決を下す時…我々は常に人として判断をしなくてはいけない。機械になってはいけないのだ。
閻魔は法を持たない。
常に自分の判断で裁かなければならない。
それゆえに個々の判決はひどく…重い…。
故に迷う。
そして後悔する。
だが、それでいいのだ。
成分法であれば確かに楽だろう。
何の迷いもなく線を引くことができる。
だが、人とははたして明確に線引きできる存在であろうか?
感情とは白黒つけれる程度のものなのか?
それゆえの不文法…。
絶対者たる制約…。
そしてそれはやはり人にしか判断できないのではないか…?
機械に任せるには荷が重すぎる。
人外に任せるには価値観が違う。
こんな世界でもひとつだけ言えることがある。
人を裁けるのは人だけなのだ…。
いかがでしたでしょうか?
シリアス100%でお送りしました。
途中から神様空気ですね…
まあ、神様が空気だから閻魔さまが悩むわけです;
本物のあの世がこんなんだったらちょっと嫌…かも…。