76. 姉思いの王子、呼び出されたレティシア
今宵の夜会は、帝国でも有名な商会を営む伯爵の生誕を祝う会である。
本日の主役である伯爵は夜会へのエドガーの参加を大いに喜んでおり、何とも商売人らしく今後は商会とフィジオ王国との繋がりを橋渡しするよう約束させられたのだと、エドガーはレティシアと踊りながら話した。
「僕なんて、たかが第八王子でしかないのにねぇ」
そう皮肉を言いつつも、エドガーが卑屈になっているような様子は窺えず、むしろどこか楽しそうに見える。
「そうおっしゃいつつも、殿下はとても上機嫌ですね」
「まぁお陰で僕は好き勝手に出来るからねぇ。王位に遠いからこそ下手な後継者争いには巻き込まれないし、こうやって他国に長く滞在しても怒られない。まぁ、先に帰した妻達は寂しがっているだろうけど」
エドガーは逞しい体躯でレティシアをリードし、遠く離れた異国の地の夜会であっても、臆することなく完璧なダンスを踊る。
踊りながら移動していくうち、壁際から二人を睨みつけるようにして唇を噛むイリナの姿が目に映ったが、エドガーはそれを見てますます嬉しそうにするのであった。
「そういえばさぁ、あそこで悔しがってるイリナ嬢とその父親のジェラン侯爵が、侍女を使って姉上に毒を盛ったんだってね。本当、許し難いなぁ。僕もこの国に来て色々なところから耳にしたけれど、あのボンクラ皇帝とその愛人といい、姉上の事を粗末に考え過ぎだよねぇ」
姉思いのエドガーの静かな怒りに、レティシアはすぐに言葉を紡ぐことが出来なかった。
飄々として常に人の良さそうな笑みを浮かべるその顔から、まさかこれほどまでに鋭く尖った冷たい声が飛び出しているとは、周囲の人々は気づかないであろう。
「僕はね、レティシア嬢。たくさんの兄弟がいる中で、ソフィー姉上が一番好きだったんだ。だから姉上には必ず幸せになってほしい」
会話をしながらダンスを三曲も続けて踊っているのに、屈強なエドガーに疲れた素振りは無い。
レティシアも同じ相手とこれほど踊る事は無かったが、何曲も続けて踊る事には慣れている。
「私も、ソフィー様が幸せであれるようにお手伝いが出来たらと思っております」
「ありがとう。あぁ、早くリュシアンが皇帝にならないかなぁ。そうしたら僕も安心出来るのに」
いくら小さな声で囁いているとはいえ、他の貴族達も周囲で踊っているところで聞かれてはまずい。レティシアはチラリと周囲を見渡したが、二人の会話に気付く者は居なかった。
対してエドガーは気にする様子もなく、ニコニコと垂れ目がちな瞳を細めている。
「さて、嫉妬深いリュシアンが居たらなかなかレティシア嬢とゆっくり話す事も出来ないからね。今日はたくさん話ができて、ダンスも踊れたから良かったよ。付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ、殿下とゆっくりお話が出来て良かったです」
「喉が乾いただろう。僕が飲み物を取ってくるから、そこで待っているといい」
そう言って、ダンスを終えた二人は一度壁際で別れた。レティシアは近くの休憩用のソファーに腰掛けて、次に始まった曲に合わせて踊り始める男女を眺めていた。
「お嬢様、あの……すみません」
緊張しているのか、震える声でレティシアに声を掛けて来たのはこの屋敷の使用人だった。
「先ほど到着されたリュシアン殿下が、お嬢様をお呼びになっております」
「リュシアン様が?」
「はい。人目につくと困るとの事で……別室でお待ちですので、私が案内いたします」
「でも、ここでエドガー殿下を待っているの」
「エドガー殿下には別の者がお伝えしております。すぐに同じ場所へ来られます」
そう言われてレティシアは使用人について歩いた。多くの貴族が会話に花を咲かせたりダンスを楽しむ中で、一応エドガーを探してみたが見当たらなかった。
会場となっているホールを出て、廊下を進むといくつかの休憩室として開放されている部屋の前に到着する。
そのうちの一つの扉の前に立つと、使用人はノックをしてから返事を待つ。
中から声が聞こえて来ない代わりにガチャリと扉が開かれると、使用人は素早くレティシアを中へ押し込むようにしてから扉を閉める。
そして扉越しに廊下側から聞こえて来たのは、慌てて逃げるように去って行く使用人の足音であった。
「ひどく強引な呼び出しですこと」
押し込まれた拍子にバランスを崩し、床へ座り込んでしまったレティシア。
痛んだ膝をさすりながら目の前に立つ人物を見上げると、冷たい声色で話し掛けた。




