55. シャルルに会いに、仮の護衛はまさかのディーン
レティシアは皇太子宮に向かう廊下を進んでいた。しかし、すれ違う侍従や侍女は皆レティシアの方をチラチラと見ては驚いた顔をする。
「あの……お忙しいのに、申し訳ございません」
「いや、突然殿下に呼び出されて何かと思えば。仮とはいえ、レティシア嬢の護衛を託されるなど光栄です。それにしても、ジェラン侯爵はとんでもない奴ですな」
「だからって非番のディーン様に護衛していただくなんて……恐れ多いです」
リュシアンはどうしてもアヌビスと話さねばならない事があるからと、皇太子宮まで一人で大丈夫だというレティシアに、非番だったディーンを呼び出して護衛につける事にしたのだった。
「何を言うのですか。どうせ非番でも鍛錬場で剣を振るっているのですから、レティシア嬢と共に皇太子宮に行くなど容易い事です。休憩みたいなものですよ」
わはは……と笑うディーンに、レティシアは再度礼を述べる。英雄ディーンが宮殿内をウロウロしていると、やはり目立つ。
すれ違う人々皆目を輝かせてディーンを見たり、中には先の戦での活躍に感謝を込めてか、深く深くお辞儀する者もいた。
「皆、ディーン様に注目をしていますね」
「これだけ目立つ中を襲う恐れ知らずな奴は居ないと思いますが、油断は禁物ですぞ」
「はい、ありがとうございます」
皇太子宮の庭園に到着し、庭師の孫シャルルを見つけたレティシアは、騎士団長で英雄でもあるディーンの突然の登場に驚いて言葉を無くしてしまったシャルルに優しく語りかける。
「お手伝いしているの? 偉いわね」
クルクルの癖毛に葉っぱをくっつけたシャルルは、剪定した枝葉を集めて運ぶ作業をしているところであった。
そばにはシャルルの祖父も居て、突然のディーン登場と皇太子の元婚約者レティシアが孫に声を掛けてきた事に驚いて、梯子から落ちそうになった所をディーンに助けられるという一幕もあった。
「あのぉ、それで……孫が何か?」
祖父は孫が何か粗相をしたのでは無いかと、心配そうに尋ねてくる。
老齢の祖父が地位ある者を前にしても孫をそっと背中に隠すところに、シャルルが祖父に大切にされているのだと感じ取り、レティシアは思わず頬が緩んだ。
「いえ、シャルルと私はお友達になりましたの。それで、宜しければ少しお話しする時間を頂けませんか? せっかくお手伝いしているところを申し訳ありませんけれど、そう時間は取らせません」
「はぁ⁉︎ 孫と、お嬢様がですか……?」
「ええ、そうよね? シャルル」
シャルルににっこりと笑いかけるレティシアを、半信半疑といった様子で見つめる祖父は、続いて孫の方へと視線を向けた。
「うん、友達になったんだ。じいちゃん、ちょっと話してきてもいい?」
「お、おぉ。それは構わんが……」
「ありがと」
シャルルが箒と枝葉を入れる袋をその場に置くと、すかさずディーンが手伝いを買って出た。
「それでは私が手伝ってしんぜよう。さて、この辺りの枝葉はどこへ運べば良いのかな?」
「そ、そんな! 英雄ディーン様にそのような事させられませぬ!」
「かまわん、かまわん。これも鍛錬と思えば幸い。さぁさ、どこへ運べば良いのか早く教えてくれ」
ワイワイとやり取りする庭師とディーンを尻目に、レティシアとシャルルは少し離れた場所へと移動する。先を行くシャルルはレティシアの話を早く聞きたくてウズウズしているようで、思わずといった風に早足になっていた。
「この辺なら誰も来ないよ。それにしてもお姉さん、ディーン様と知り合いだなんて凄いね! じいちゃんすっごく驚いてた」
くるりと振り返ったシャルルは、まずは一言そう告げた。
しかし実はそんな事よりも早くニコラの事を聞きたがっているのが、そわそわとした動作からありありと読み取れて、そこに愛らしさを感じたレティシアはふわりと柔らかな笑みを浮かべて口を開く。
「そうね、お祖父様を驚かせてしまったわね。ところで、ニコラ殿下の事だけれど……」
「あ、うん! 大丈夫なの?」
レティシアの言葉に被せるように問うシャルルは、ハッとして気まずげに眉をハの字にした。
「ふふっ、どうやらお風邪を召していたようよ。けれど、もうすぐお元気になられるんですって。だからまたすぐに会えるわ」
「本当⁉︎」
「ええ、本当よ」
「良かったぁ……。悪い病気だったらどうしようかと思ったんだ。僕のお父さんとお母さん、病気で死んじゃったから」
「まぁ、そうだったの」
このように幼い子どもが父母を病で早くに亡くし、おかげで友達まで悪い病気では無いかと不安になったのだ。
レティシアは泣き笑いのような表情を浮かべたシャルルの頭をポンポンと優しく叩くようにして撫でた。
「大丈夫、また遊べるわ。でも、今後も近衛兵には気をつけて。決して見つかってはダメよ」
「うん、分かってる」
「それにしても、どうしてあなたとニコラ殿下は知り合う事になったの? あなたは普段、皇太子宮の敷地から出ることはないでしょう?」
レティシアはずっと不思議だった。あの時はシャルルが本来居る事を許されない場所で居たものの、普段皇太子宮で働く者たちは決してその敷地を出ないはずだからだ。
「あぁ、それは……」
シャルルから教えられた事実によって、レティシアは意外な事実を知る事になる。




