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43. 残忍な二人、ニコラの存在


「それにしても、ソフィー様がご無事だったのはどういうわけなのですか? 以前は手当てが遅れて……とお聞きしておりました」


 あの時レティシアはソフィー皇后の生命を何とか救えないかと考え尽くしたが、結局のところ何も出来ずに終わった。

 しかし幸いにも、過去と違って皇后が生命を落とす事は無かったのであった。

 

「過去で母上の手当てが遅れたのは、優秀な薬師のアヌビスが長期間宮殿を空けるよう、皇帝がもっともらしい理由を作って指示したからだ。今回俺は偶然にもその前にこの世界へ来られたから、アヌビスに事情を話す事で母上の生命が救えた。どの辺りの時間軸に飛ばされるかは、そう正確なものでもないらしいから。奇跡としか言いようがない」

「そうですか。でも……そう絶妙の間で死産するなんてあり得るのでしょうか? 出産の予定日はもっと先だったわけですし」

「……その辺りは俺も勿論気になって調べてみた。しかし証拠が無い。過去も、今回もだ。死産のきっかけとなる何らかの薬物などが母上に使われたかどうかというのは、アヌビスでも分からなかったらしい。だが、確実に奴らの仕業だろう」

「でも、もしそうだとしたら。とても悲しくて、恐ろしい事です」


 結果的に元々赤子には先天的な病があって長く生きられなかったとはいえ、妻である皇后や自身の血を引く赤子を手にかけようとしたのだとしたら……その皇帝の心が、レティシアには到底理解出来ない。

 首謀者が皇帝なのかカタリーナなのかは分からないが、どちらにせよ他人の生命を軽んじていることに変わりはない。


 そのような二人と過去に同じテーブルで茶を飲んでいた事を思い起こし、レティシアは思わず身震いする。リュシアンがカタリーナの肩を持ったレティシアに対して過去に思う事があったとしても致し方なかったと、今ならそう思える。


 皇帝とカタリーナは恐ろしく残酷な人なのだ。


「でもリュシアン様が回帰なさったお陰で、私はまたソフィー様のおそばでいられて、本当に嬉しいです。悲しい未来が変えられて、良かった」


 リュシアンは心底嬉しそうに微笑むレティシアに対し、複雑な心持ちであった。

 何故ならば命拾いした皇后の生命を、今後皇帝やカタリーナがどのようにして狙って来るかは分からないからだ。

 恐らくこのまま皇后の身に何も無いわけは無いだろうと思ったが、そのような血生臭い予感を目の前で無邪気に喜ぶレティシアには告げられなかった。


「あの……そういえば第二皇子殿下であるニコラ様は、此処の世界ではどうなるのでしょう?」

「ニコラ……か」


 リュシアンが言うには過去に革命を起こした日、元々大人しい性格であった第二皇子ニコラはリュシアンの前で首を掻き切り自害したとの事だった。

 その際リュシアンに向けて「兄上、母上が申し訳ありません」と涙ながらに告げ、どうか自分の首を切り落とし、これ以上要らぬ禍根を残さぬ終わりにしてくれと頼んだというのだ。

 

 そのニコラは、まだこの世に生まれていない。


「俺は過去で、ニコラとはほとんど接する機会が無かった。カタリーナが俺とニコラを決して会わせないようにしていたからな。俺がニコラを殺すとでも思っていたんだろう。しかし出来る事なら……ニコラが再びこの世に生まれたならば、此度こそお互いを分かち合える関係になれたらいいと思っている」

「あの頃、幾度かお話しする機会がありました。ニコラ様だって本心では、兄弟として仲良くしたいと思われていたのでしょう。お話の端々でそう感じる事がありましたから」

「そうか……」


 レティシアとリュシアンが回帰したこの世界では、様々な出来事や人の性質までもが変化している。ニコラが生きてリュシアンと笑い合える日が来る事も、決して無いとは限らない。

 

「俺は今後も皇帝とカタリーナをこのままにしておくつもりは無い。レティシアは、くれぐれもジェラン侯爵とイリナには気をつけろ。いくら俺達が婚約破棄したと思っているとはいえ、奴らは何をするか分からん」

「はい、リュシアン様」


 過去ではあれほど親密な関係に見えたイリナの事を、此処では完全なる敵と思っているのだと、リュシアンの声はそう告げていた。

 いつもリュシアンのそばで彼を支え、凛々しい姿を見せていたイリナに、あの頃レティシアは嫉妬していた。だから今、リュシアンがイリナに心を開いていないという事実に安堵を覚え、そんな自分に少しだけ罪悪感を持つ。

 リュシアンの事を想いながらも遠ざけられる気持ちに関しては、レティシアにも痛いほど分かるからである。

 

 たとえイリナを見て刺殺された時の恐怖が思い出されても、此度の生では何とか彼女と分かり合える事が出来ないものかと、そうレティシアは考えていた。




 

 

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