31. リュシアンの苦悩、すれ違う心(前編)
予期せぬタイミングでレティシアが現れ、医務室から逃げるようにして飛び出した俺は、廊下を早足で突き進む。
「くそ……っ」
頭にカァーッと血が上り、今すぐ叫び出したくなるような衝動に駆られた。
そうでもしなければ、この非常に不愉快な感情は払拭出来そうに無い。
今にも泣き出しそうな顔をしたレティシア。これまで何度も見てきたはずのその表情は、俺の知っているそれとは微妙に違う。
「またしても、やり方を間違えたというのか……?」
ギリギリと歯を食いしばり、険しい形相のままで皇太子宮へ戻った。人払いをした自室でドッカリとソファーに座り込み、頭を抱えて俯いた。
「結局、どうやったって苦しいでは無いか。早い段階で婚約破棄をしたところで、レティシアはあのような表情で俺を見る。どうしろと言うんだ」
苛立ちを、今此処には居ない人物へとぶつけるように吐き出した。
その相手とは、俺が心を許せる数少ない人物。皇族専属薬師のアヌビスである。
アヌビスは幼い頃から交流のあった薬師で、風の噂では「大魔法使い」だとか「お忍びで人間界に来た神様」じゃないかと言われるほど、人間離れした力を持つ人物だった。
しかし俺からすれば、年上のちょっと変わった友人のような存在で。
「アヌビスよ、お前は俺を謀ったのか?」
この十歳の身体にはまだ慣れない。声は中途半端に低くなり、大人びた口調はとても似合わなかった。
「抜け出せない悔恨の苦しみから解放してくれると、そう言ったのでは無かったか」
恨み言を言ったところで、俺を此処に送ったあのアヌビスはこの世界にいない。
元はと言えば、全ては自らの犯した過ちのせいなのだ。物事を側面から見る事が出来ず、人として未熟だった己の罪。
胸の内に溜まった澱を無くしたくて、大きく息を吐き出した。目を瞑り、こうなってしまった元凶の日へと思いを巡らせる。




