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28. 十四歳のレティシア、その悪夢(後編)


 そのうち店内の貴族らしき夫婦がレティシアのそばでヒソヒソと話し始める。


「嫌ねぇ、あんな浮浪者の子どもが表を堂々とウロウロするなんて。それにしても、近頃浮浪者が増えたわよね。スリや犯罪も増えたし」

「奴らは貴族や金持ちの商人を目の敵にしている。皇帝陛下のお陰で私達貴族は益々優遇されているが、その分平民の暮らし向きは厳しくなったからな」

「その点、私達は貴族で良かったわ。飢えることも寒さに震えることも無いんだから。戦争にだって行かなくていいし」


 隣国との国境が近頃特にきな臭いというのは噂になっていた。近いうちに戦争になるだろうと。戦争に参加すれば帝国から賃金が支払われる。

 貴族達は目先の金よりも命が大事だと見向きもしないが、平民は家族の暮らしの為にと自ら戦争に身を投じる者が多くいるだろう。


「どうせなら、裏道の浮浪者達を戦争で一掃できたらすっきりするのに」

「確かに。奴らが居るから街を歩く時にはスリに気を張り、いつ強盗に遭うか分からんから常に護衛をつけねばならんのも面倒だしな」

「戦争に行って帝国の為に命を捧げてくれれば、それこそあんな人達でも役に立つのよ」


 見ず知らずの身勝手な貴族の言い分にレティシアは眩暈を覚えた。

 だからと言って彼らに意見するような勇気も無く、レティシアはそっと目を伏せるしか無い。出来ることならば耳をも塞いでしまいたかった。


「レティシア、貴女が何も言わないから適当に選んだわよ。もう、どうして貴女ってこうも優柔不断なのかしら。さ、帰りましょう」

「はい、お母様」


 レティシアが菓子店を出て馬車に乗り込む時、先程の二人の子どもに支えられて何とか歩く、頭から血を流す一番小さな子どもを見た。

 ぐったりとしたその子は足取りもふらついており、頬も赤く腫れ上がっている。


「お母様、あの子酷い怪我をしているようよ」

「なぁに? あら、浮浪者の子どもね。放っておきなさい。怪我をしているふりをして、襲って来ることもあるんだから」

「でも……」

「レティシア、いい加減になさい。帰るわよ」


 幼い頃から両親の言いなりになるよう、厳しく育てられてきたレティシアは、それ以上強く母親に訴える事は出来なかった。


「どうか、あの子の傷がきちんと治りますように……」


 街中を走る馬車にガタガタと揺られながら、レティシアは囁くような声で願った。向かいに座る侯爵夫人は憮然とした表情で窓の外を眺めているから気付いてはいない。


 ふと、頭の中で声がする。


「偽善者。口で祈るだけならば誰でも出来る。可哀想、可哀想と言うだけでお前は高価な菓子を食べ、貴重な茶を軽々しく口にしているではないか。そのドレスや装飾品だって、平民が一年間に稼ぐ金額に等しい」

「……っ! ごめんなさい……ごめんなさい」

「やはりお前は何も分かっていない。知ろうとしていない。お前のような愚かな皇后など、この帝国に必要無い」


 頭の中で響く声は声量を増し、ガンガンと痛みを伴うほどになってきた。レティシアは両手で耳を塞ぎ、ぎゅっと目を瞑る。

 向かいに座る夫人は窓の方を向いていて、レティシアの異変を感じ取る気配もない。

 

「リュシアン様、私……」

「母上を殺したのも、ディーンを罠にかけたのも、そして俺の心を踏み躙ったのも、レティシア、お前だ。そんな愚かなお前はイリナに殺されて当然。幼い頃の愛らしいレティシアはもうとっくの昔に死んでしまったのだから」

「そんな……っ! リュシアンさま……っ」

「お前など、もっと早く婚約破棄をしていれば……」


 ハッと息を呑んだレティシアが大きく目を見開くと、そこには見慣れた天蓋が緩やかに垂れていた。

 ドクドクと大きく脈打つ心臓が苦しくて、思わず胸に手を当てる。びっしょりと濡れた汗で、髪の毛も夜着も湿っていた。


「……夢?」


 やけにリアルな夢だったから、レティシアは先ほどの出来事が本当に夢なのかどうか判断がつかない。

 早鐘を打つように跳ねる鼓動が落ち着くまで、しばらくの時間がかかった。


「いいえ、夢では無いわ。確かにあの菓子店にはお母様と行ったもの。以前の人生で、確かに」


 所々記憶と違っている所はあるものの、あれは過去に実際に起きた出来事が元になっている。頭の中で響いたリュシアンの声に苦しんだ辺りからは、レティシアの罪悪感がもたらした妄想だろう。


 そっと寝台から起き上がったレティシアは、ベッドサイドチェストの上に置いてあった水をそっと口に含んだ。

 ミントの葉が爽やかな香味を運び、カサついた唇からほうっと息を吐き出せば、幾分か心が落ち着いてきた気がする。


「あれほど覚悟していたはずなのに、余程堪えたのかしら」


 実は、レティシアがディーンに会いに行ってからしばらくして、ベリル侯爵とレティシアは皇帝によって呼び出された。

 そして告げられたのは、正式にレティシアとリュシアンの婚約を破棄するという事、婚約破棄後のレティシアの処遇であった。


 

 

 

 

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